天使とは
大規模なミーティングにはパースレールのほとんどのメンバーが参加していた。
そしてそこにはポーラ達エルメント・ジュエルのメンバー、
さらにアルカナフォートから数十人参加している。
驚くべきことはアルカナフォートのマスター、ステラを始め、
ティーナ、ソニアなど円卓のメンバーまで参加していた。
そしてこれは一般にも公開されている。
リンシェンが局の機密情報とされたこの情報をハッキングで入手し、
アルフォートさんに死に対する局の対応に疑問を持たせるようメリオル全体に拡散してしまったからだ。
もちろんリンシェンは大目玉をくらったが、それと同時にハッキングの腕を買われ、
新たな防衛システムを開発すること、局の監視下に入り、同じことが出来ないようにされた。
あとでポーラとリーシャにこってり絞られたのは語るまでもない。
まあそのおかげで民間も協力的だ。
アルフォートさんは民間でもかなり顔が利くようで、多くの人が支援を申し出てくれた。
(長年、多くの人に慕われた結果か。すごい人だったんだな)
鬼神と言われた戦闘時の顔と皆に慕われる平時の顔。
どちらもあまり知らなかったことに後悔し、その偉大さに感服した。
「それでは、始めさせていただきます」
壇上に立つアローニャに全員が注目する。
そしてある過去の写真を映し出すと極めて冷静に話し始めた。
「アルフォートが最後に携わったクエストは“天使”と呼ばれる生物の調査です」
空想上の生き物の名前にどよめく声が出る。
ほとんどが存在していないと思っていたが、一部に大きな衝撃が走る。
セレス、そしてセレスとアルフォートの過去の事件を知る人間だ。
セレスは震える手を必死に抑えている。
アローニャがこの情報を隠したのはセレスを守るためでもあることを理解した。
「アルフォートは過去、この生物の強襲を受け、左足と魔力を失いました」
事件としては一般にも知られている。
だがその生物が“天使”と呼ばれていることまでは知られていなかった。
「そして、こちらがある模擬戦の映像です」
映し出されたのはトウヤとセレスの模擬戦の映像だ。
場面はちょうどトウヤが暴走する瞬間だった。
そして暴走が始まると、翼のようなものが背中から現れた。
はたから見ると、それは“天使”のようにも見える。
「この映像、よく見ると翼部分に魔法陣が描かれているように見えます」
拡大、鮮明化され、一般人にも理解出来るよう丁寧に説明されている。
「そしてアルフォートを襲った“天使”の翼にも同じようなものが確認出来ます」
映像を並べ比較すると、確かに確認出来た。
「なら同一犯であいつがやったんじゃねぇのか!」
突如どこかの魔導士がトウヤを指し声を上げる。
一気に注目されるが、アローニャが即座に訂正する。
「最初の天使は今から十年ほど前、地球では二十年前の話です。
そもそも彼は産まれていないので、その可能性はゼロです。
軽率な発言は自分の首を絞めることになります。控えてください」
ただ恥をかいただけの行動に、どこかの魔導士は体を小さくした。
「さらにこちらの映像をご覧ください」
映像が切り替わると今度はリンシェンの姿が映し出された。
(あれは……猫娘と言ったか?)
リンシェンが独自に作り出した全身強化魔法だ。
強化と言っても基本は操作系魔法の応用に過ぎない。
「リンシェンさん、背中部分の魔法陣について、解説していただけますか?」
急に話題をふったが、予め示し合わせているように立ち上がり話し始めた。
「背中の魔法陣は両腕、両足を動かす操作補助の役割をしていて、
このように配置することで自分で動かすよりも早く動かすことが出来るようになります。
さらに処理を分散させることで一カ所で操作するよりも効率よく動かすことが出来ます」
突然いつものしゃべり方から変えたのに驚いたが、言っていることは解り易い。
時と場合によってしゃべり方を変える。鬼教官リーシャの賜物だろう。
「ありがとうございます。このことから肩の配置は腕や頭の操作を複雑にするため、
そして形状から体を浮かせることで移動させるのに都合が良いものと推測できます。
以上のことから、個人の推測ですが……」
急に言葉に詰まる。ここから先が重要な事なのだろうか?
「私とアルフォートは“人を操る実験”ではないかと推察しました」
“人を操る実験”と言う発言に動揺が走る。
ここから様々な不安がよぎる。
十年前のアルフォートはSランク、それに勝る天使は同等以上。
今も実験が続いているならそれ以上になっている、
かつあの目立つ翼を隠す方法を身に着けている可能性が高い。
仮に普通の人間と見分けがつかないようにされていたら?
今隣にいる人間が天使でないとどう証明する?
今までの信頼が一気にひっくり返る推察に気が気ではなかった。
スッと手が挙がる。
「質問してもいいでしょうか?」
手を挙げたのはトウヤだ。
「どうぞ」
「今局が確認している、人またはそれに似たものを操る魔法はどれくらいあるんですか?」
「操る度合いにもよりますが、沢山ありますよ。例えば……魅了とか」
リリスのことを言っているようでピクリと頬を動かしてしまったが、
主要な人物が知っているだけで、一般的には亜人であることと崩れる石像のことしか知られていないはず。
トウヤに解り易く伝えるための手段だろう。
「なら操られている本人が無自覚な状態で自由に操れるものは?」
「幾つか確認されてますが、候補が多いですね」
「そう……ですか」
求めていた答えとは違ったが、言っていることは間違っていないので納得してしまった。
その様子を見たアローニャはどこか嬉しそうだった気がするのは見間違いだろうか?
「私もアルフォートも相手の目的がわからない以上手の打ちようがないので、
アルフォートに調査を指示、人選は彼に任せて進めていました」
この人選が他八名だったのだろう。
「実験が続いているならどこかで魔導士と遭遇させている可能性が高い。
そしてそのような話がギルド内に全く広がっていないということは、
遭遇した魔導士は全員、報告出来ないようにされているだろう。
それを基に調査した結果がこちらです」
全員に調査資料が送られる。
資料はクエスト中に死亡または生死不明となった魔導士の名前と、
その魔導士が携わっていたクエストの場所が書かれていた。
この資料を見た数人から声が漏れる。
特に一般からは嘆くような叫びが聞こえた。
無理もない。犠牲者の家族、または友人たちは事故として割り切っていた。
クエストは命に関わることもあると覚悟している。
しかし実験動物にされたとなればその割り切りも揺らぐだろう。
「共通点が無いわね」
資料を見たポーラがポツリとつぶやく。
実験であれば何かのテーマがあるはず。
ならばターゲットにはテーマに合う何かがあるはずだ。
しかしそれが無いとなると、無差別に選んでいるのだろうか?
アルフォートさんが調べたのはパースレール内で発生した事件のみだ。
中の事情に詳しい、と言っても人数が多いので全てを把握しているとは限らないが、
そういう人間が見てわからないことは、よそ者にもわからないだろう。
「どうやら、こっちが本命みたいよ!」
ソニアが何かに気づいたのか、大きな声で話し始めた。
「これを見てください。先ほどの調査結果をうちのギルドに反映した結果です」
全員の前に映し出された資料は、見えなかった共通点を示していた。
資料はアルカナフォートでクエスト中に死亡または生死不明となった魔導士の名前と、
その魔導士が携わっていたクエストの場所が書かれている。
「え!?同じ場所!?」
「さらに発生日を加えます」
同じ場所で発生した事案は必ずアルカナフォートの魔導士が後だった。
「まさか局の仕組みを使って誘き出しているの!?」
パースレールで受理した魔導士が死亡またはそれに類する扱いになった場合、
格上と言われているアルカナフォートへ引き継がれることが多い。
局としても失敗のまま終わらせたくないし、アルカナフォートの魔導士側も
プライドが高く、格上であることを示したいので引き受けることが多い。
「くだらないプライドを上手く利用されたんでしょうね」
そのプライドで相手の思うように操られてるなんて当人は思ってもいないだろう。
だがそのおかげで相手の狙いが見えてきた。