午後
いったい誰が、いつまでも君のことを覚えていられると言うのだろう。
百年前の私があんなに大切に抱きしめていたものも、
どこかへ霞んでしまって、もう触れることもできないのに
小さな傷に滲んだ熱い血の色
その身体どころか
墓地に刻まれた名前さえも
今消えていこうとしているのに。
知っているくせに
この九月が一万年でも続いてほしいと思ってしまう私は
きっともっとはやくに、
何も気づかないうちに死ねば良かった。
白黒写真についた大きな傷が
かろうじで残ったあの人の面影を切り裂いてしまった
夏の匂いがしてくる頃にいつも咲いていたツツジは
秋のうちに枯れてしまった
薄茶色だった優しい道は
冷たい色で固められて。
だけどあの人がいたことが、
あの花が綺麗だったことが、
もう何処にもないわけじゃないはずだ。
息をしなくなったら、もう無かったことになる?
触れられなくなったら、見えなくなってしまったら、
最初から無かったように押し退けられてしまうのか?
確かにあったはずじゃないか。
そう私が言ったって、みんな不思議そうな顔をするばかりで。
あの街の中で
君は
何を信じて
生きていたかったのかな。
こんな世の中
私は
誰を信じて
生きていたいのかな。
あの人は、あの影は、あの雲は。
誰も知らなくても、
誰も覚えていてくれなかったとしてもきっと、
君が夢の前で泣き崩れたことも
私が遺影を見上げて忘れたくないと思ったことも
何処にも消えて行ったりしない、
きっとなんにも無くなりはしないんだと、
今は思っていた。