縄御霊小学校の大縄跳び
スポ魂なろうフェスへの参加作品です
たしたしという軽快な音とともに、校庭の土煙が上がる。ここ縄御霊小学校では、年に4回、大縄跳び大会がある。
ルールは至って簡単。全く何の捻りもない。普通の大縄を一本使って、各クラス全員が参加し、多く跳んだクラスが勝ち。
ひとつだけ普通と違うのは、大会の朝、校庭の隅っこに祀られている、「縄御霊様」というちっぽけな社に皆でお参りすることだった。
太郎は大縄が苦手だった。運動神経がない。全くない。地域に一つの小学校だから、他にどうしようもなく通うしかない。
「またかよー」
「おまえ、本番休め」
初めての大会を前にして、練習に余念がないクラスメイトたち。朝練、昼練、放課後にも。縄御霊小学校の校庭は広く、全学年が練習をしてもまだ余る。
もっとも、各学年ひとクラスしかなく、生徒はそれぞれ10人程度だ。つまり、6クラス60人程度が校庭を広々と使用していることになる。
太郎は全校で一番のへたくそだった。まず、縄に入れない。
「いーちっ、にーいっ、さーんっ」
どのクラスもリズムに乗って次々と子供たちが大縄に入ってゆく。
「早くしろよー」
「太郎おそい」
「リズムが乱れるだろ!」
太郎は他の子みたいに入ってゆけない。
何回も大縄が地面を叩き、数人の子供がぴょんぴょん跳んでいる。
太郎の後ろに並ぶ子供が苛立つ。
太郎は焦ってますます入れない。
後ろの子が背中を押した。両手でドンと乱暴に突き飛ばす。
仕方なく太郎は、よろけながら縄に向かう。
「あっ」
太郎は縄に足を絡めて転ぶ。そのため、周りの子も転ぶ。
「あー」
「いたーい」
「うえーん」
一年生の太郎たちは、まだ幼くすぐに泣き出す子もいる。
「ごめんなさい」
太郎は涙をこらえ、歯を食いしばって謝るのだ。それでもクラスメイトは許してくれない。何回も失敗するからだ。
「謝らなくていいから」
「お前もう学校くんな」
太郎は黙って校庭の隅に行く。
毎朝、誰よりも早く縄御霊様にお詣りしている。縄御霊様には、お米を一粒お供えすることになっている。太郎は欠かさずお供えしていた。
今朝もお詣りしたので、今はお米がない。
「縄御霊さま。ごめんなさい。お供えもないし、いつも転んでしまいます」
太郎は心の中でお祈りをする。頭を下げると、とぼとぼ家路についたのだった。
「いち、に、さん、し」
家に帰ると太郎は短縄を跳ぶ。こちらもあまりうまくないが、毎日練習していたら少しは跳べるようになった。
でも短縄は、自分で回す。タイミングは自分次第だ。
「縄をよく見て」
いつも先生がくれるアドバイスは、それだけだ。あまり役に立たない。見ていたってタイミングはわからない。
たん、たん、たん、たん。
汗を流して短縄の練習をする。
汗が垂れて目を瞑る。
「たろ、たろ、がんばれ」
細く可愛らしい声が聞こえる。聞いたことのない声だった。可愛いらしいのに頼もしい。とても不思議な声だった。
たん、たん、たん、たん。
「99、100!あれっ」
音を頼りに跳んでいたら、なんと100まで跳べてしまった。
「太郎、跳べるぞ」
声がよろこび、手を叩く。
縄を止め汗を拭って目を開く。
あたりには誰もいない。
「こっち!こっち」
見回せば、松の枝に小さな小さな男の子が座っている。庭スレスレに低く伸びた大枝に、拳ほどの男の子がちょこんと乗っているのだ。
水干姿のヤンチャそうな小人である。
「ええっ」
太郎は目をまんまるにして男の子を見た。
「太郎は音で跳べるぞ」
「えっ」
「目で見るからおくれるんだぞ」
「えーっ」
「大縄も聞けば跳べるぞ」
太郎は半信半疑だった。
「ほんと?」
「本当だ。この縄御霊のお告げだからな」
「うん」
薄々わかっていたのだ。小さな男の子は縄御霊様だった。太郎が毎日熱心にお詣りをしていたので、特別にアドバイスをしに来て下さったのである。
「神通力じゃないぞ」
「うん」
「お告げだぞ」
「うん!」
「太郎の力なんだ」
「わかった!」
「練習しないと出来ないぞ」
「うん!」
それから太郎は音をよく聞いた。
たし、たし、たし、たし。
たし、たし、たっ!
たん!たん!たん!たん!
「なんだ、跳べるようになったな」
「やれば出来るじゃないか」
クラスメイトにも認められた。
「縄御霊様、ありがとうございます」
縄御霊様の姿は見えないけれど、太郎は毎朝お米を一粒お供えしている。
そうして、初めての大会がやってきた。
「おはようございます。縄御霊様」
「おはよう太郎。太郎は跳べるぞ」
縄御霊様は姿を現し、太郎を励ますとすぐに消えてしまった。
太郎はその一言に勇気を貰うと、小さな目に炎が燃え上がる。
「お、太郎。いい目をしてるな」
先生にも褒められて、太郎は気持ちを引き締めた。全校生徒が位置につく。青く高い空の下、白い縄の両端に回し手が立つ。真剣な顔である。
回し手の衣装には、三角の印が並ぶ。鱗を表しているそうだ。縄御霊様は龍神である。大縄大会は雨乞い祭りだ。春夏秋冬一度ずつ、川の静かな流れと豊かな雨を願い、その恵みに感謝するのだ。
神主姿の校長先生が、校庭に設えた屋根付きの舞台に座っている。静かに篠笛を構えると、目を瞑って息を吸う。
囃子方の衣装を纏う教頭先生は、締め太鼓のバチを揃えて虚空を睨む。
一年生の担任が、鼓を構えて声を張る。
「いよぉーっ」
縄御霊神社の龍神囃子が始まった。大縄大会の始まりである。
「いーちっにーいっ」
ぽんっぽんっ。
「さーんっ、しーっ」
ぴーっひょーっ。
「ごひゃくっ、ごひゃくいちっ」
先生方は、途中で演奏を交代しながら見守っている。太郎のクラスは一年生だというのに残っている。6年、5年、3年、1年。あと4クラスなのだ。
6年生がミスをして、却って固くなった5年生もダメになった。
「ごひゃくごじゅうっ」
子供の声が枯れてきた。
3年生の足がもつれる。
篠笛が鋭く響き、最後の鼓が打ち納める。
「やめっ!一年生の優勝!」
校長先生が叫ぶと、大きな拍手が沸き起こった。
太郎は思わず校庭の隅を見る。
縄御霊様のお社では、小さな小さな縄御霊様が、千切れんばかりに手を振っていた。
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