第36話
俺はしばらくの間、刹那を見つめていた。刹那は原稿用紙に文字を書いているようだった。字は綺麗というより、殴り書き。霞と同じくらい集中している。本当に人間の集中力は凄まじいな。ゾーンに入ったとでも言うのだろうか。
内容が気になったので声を掛けてみた。
「あの、小説書いてるのか?」
本当に予測でしか無いが、原稿用紙に書くものといえば小説しかないだろう。
「そうよ」
予想は的中していたようだ。
「ていうか、綾薙君居たのね。集中してて気づかなかったわ」
失礼だな。
「さっきから居たぞ」
「あら、嫌だわ。監視してたのね」
「言い方」
ツッコむも、刹那は悪びれもせずに凛と構える。
「それで、どんな話の小説書いてるんだ?」
「知りたい?」
悪戯な笑みを浮かべる。
「うん」
「二つ書いてるんだけどね、一つ目はいじめ自殺した女の子が幽霊になっていじめた張本人と教師を自殺に追い込むって話で、二つ目は家庭環境が最悪で自殺しそうになってた所を見知らぬ少年が助け、二人で逃避行する話かな」
「どちらも暗い話だな。だけど、どっちも面白そう。俺的には二つ目の方が好きだけど」
求めてた感想と違ったのか最初から感想を求めてなかったのか分からないけど、刹那は表情を変えない。ただ、頷いている。
「暗い、と言われると思ってたわ。でもそれでいいの。これの影響で日本の自殺者が増えてくれればそれでいいから。読んでみる?」
いやいやいや、待ってくれよ。俺を自殺させる気かよ。
「自殺者が増えればいいって本当に思ってるのか? 自殺者を増やす為に小説書いてるのか? ダメだろ。そんな理由ならそれ全部捨てろ。読まない」
自分でも酷いこと言ったのは分かってる。だけど、刹那の目的は叱らなければいけないと思う。
それでも刹那は悲しい顔をしない。寧ろ、堂々としている。
「人類滅亡が私の人生の目標だからね」
「まあいい。個人の思想は自由だからな。だけど、人を不快にさせる小説なら誰にも見せるなよ」
「綾薙君にだけ見せたい。読んでくれないの?」
上目遣いでか細い声で問う。さっきまでの印象と違うのが見て分かる。
「読んじゃいけない話な気がしてな。自殺願望が芽生えたら責任取ってくれるのか?」
「寧ろ、称賛する! 拍手する」
刹那は俺が死んでくれるのが嬉しいようだ。このサイコパスめ。
「じゃあ読まない」
「ああそう。分かったわ」
刹那は手に持っていた原稿用紙を揃えて机に置いた。
「それで刹那は小説家目指してるのか? 霞は漫画家目指してないらしいが」
「やっぱり。霞さんは誰にも言えない譲れない夢があるんだって。私は小説家目指してるよ。何か他の職業をやりながら小説家になりたいの」
霞の夢……気になるな。
「刹那を応援してるよ」
「ありがとう。でもね、小説家は厳しいの。コンテストに応募しても毎回一次選考通過して二次選考落ち。選評で小説の文章スキルとアイデアは良いらしいんだけど、盛り上がりがなく、ユーモアに欠けるんだって。あと私が書くのはラノベじゃないから若者層に受けないらしい」
「コンテストに応募してるのか! すごいな。一次選考通ってて選評貰ってるなら、その改善点を直せばいいだけの話じゃないのか」
「違うの。自分のスタイルを変えたくない。一人じゃ限界がある。誰かに教えて貰える人がいないと成長できない」
刹那の言う事はその通りだ。一人じゃ限界がある。俺が教えてあげたい、と思った。思うより先に口が出ていた。
「俺が教えるよ」
「えっ!? 綾薙君小説書けるの?」
「書けないけど、本とか買って勉強する。そして刹那に教える」
怪訝そうな目をされた。
「なんか頼りない。一人でいい。それに私が本買って勉強して覚えた方が効率良いでしょ。そんなのも分からないの?」
「刹那は一人じゃない」
「何言ってるの。気持ち悪い」
明らかに嫌がられた。刹那は敵意剥き出しだ。
「まあまあ、今のは冗談だよ。落ち着け」
「良いアイデアが浮かんだわ」
「なんだ?」
「綾薙君との恋を描くっていうのはどうかしら?」
「え、本気で言ってるのか。練習とか嫌だよ。ラブコメにありがちな練習して恋人になっちゃいましたパターンは嫌だよ」
「しかもまだ刹那と俺は両想いでも片想いでもないじゃん」
「そう。だから、麻邪実さんと綾薙君の恋愛を書こうと思うの。私、恋愛小説初挑戦!」
まさかの自分じゃない。他人巻き込んでるし。
「麻邪実デレまくってるけど、付き合ってないからな」
「なんか言った?」と麻邪実が身を乗り出してくる。
「ほら、刹那がそういう事言うから」
「あら、残念だわ。でも恋愛小説書くから」
こうして騒がしい夜が始まる。




