第17話 麻邪実ルート
そのベンチには二人の男女の影があった。一人は知ってそうな姿だった。体貌痩躯で黒髪ツインテール。ツインテールを上に上げてるから多分麻邪実だと推理した。
「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」
華やかに髪をバッと払いながら言うその態度に理解しかねた。
ていうか、何で俺が待たせてるみたいになってんの??
「そんな約束してたっけ? それと左の男の人誰?」
「約束も何もあたしはたっくんをずっと待ってるよ、いつまでも何処ででも」
愛が重い。
「たっくん? おいおい、やみちゃんどういう事だよ」と男性は麻邪実に語りかけた。
「こいつはあたしの彼氏だょ。ヤミ太こと悠太。で、立ってるのは寮の管理人さん。愛称くらい付けたっていいじゃん。そんなキレないでー」
彼氏も病んでるのか。ヤミ太って事は。
「彼氏いるなら最初から言ってくれれば良かったのに」
「言わなくたって想像つくでしょ?」
「想像つかないよ。そしたらあーんなんてしなかったよ、彼氏がいるならね」
その一言で彼氏の顔が変わった。
「あーんしたってどういう事だよ。寮でそんな事ばっかりやってんのか? それなら寮退所させるよ。浮気じゃねーか」
修羅場になった。
「いやいやいや。これは愛情表現の一環で。寮で仲良くなる為に行ったことで……浮気じゃない! 許して」
「たっくん、ここでそれ言うの酷いよ。秘密にしてって言ったじゃん」
「言われてない」
もう完全に空気が黒くなった。俺は帰りたい。
「愛情表現なんてする必要ないだろ。別れよう」
「ちょっと待って! 考え直して」と麻邪実は彼氏の袖を引っ張った。
修羅場ってるな。
「それに好きな人に殺されるのが幸せって言ったりアプローチとか沢山してなかったか?」
「そんな事までしてたのか」彼氏はぽかんと口を開けている。呆れを通り越して諦観の域にまで達してるぞ。
「俺とたっくん、どっちの方が好きなんだ? たっくんって言ったらたっくんを殺す」
ちょっと待って。何で俺が殺される展開になってるの。
「勿論、悠太だよ。当たり前じゃん」
「そうか。でも、もうこの男と何もするなよ。全部、たっくんがやみちゃんをたぶらかすから悪い。だから、殺す」と目が本気になりながら彼氏は宣告した。
おいおいおい。
彼氏も色々と終わってるな。変な彼女だからマトモな奴が付くわけないよな。
「ちょっと落ち着いて、ヤミ太」
「他に彼氏はいないのか?」と俺が聞く。
「そんなのいるに決まってるじゃん! 学校の彼氏と寮の彼氏と大人の彼氏が必要なの。じゃないと愛が満たされないわっ」
「「えー」」
何でそんなに彼氏が必要なんだよ。
「大人の彼氏って何だ?」と彼氏。
「22才の彼で車で送り迎えしてもらう。キスとかもする。パパ活?」
麻邪実も一途に見える。彼氏も一途に見える。なのに何で浮気するのか。
「ダメだ、別れよう。いや、でも……やみちゃんとは一生を誓った仲で他に近づいた者は斬首する。深い愛を与え合う。やっぱダメだ」
もう別れるか別れないかハッキリさせろよ。さっさと別れてほしい。
「俺は決めた! 特定してその大人の彼氏と寮の彼氏・たっくんを殺す!! 殺人犯になっても構わないっ」
彼氏はポケットからサバイバルナイフを取り出した。
怖いから逃げた。
俺は麻邪実の手を引き、庭園を駆け抜けた。
「じゃあ、またね」と彼氏に手を振る麻邪実。彼氏は振り返さなかった。
ただ、「愛してるー」という雄叫びだけが耳に入った。
「いいか、彼氏いたら俺とは付き合えないからな。覚えとけ」
「そんなー無理だよ。ヤミ太と別れるなんて。……死んでも無理」
泣きそうになりながらも声を振り絞った。
彼氏に性格がよく似ている。俺は一途で重くて浮気する麻邪実と付き合うのは嫌だし、彼氏といた方がいいんじゃないか、と思った。
「ヤミ太ー!! 別れるなんて嫌だよー好きだよ、全国の男性ー。あたしを愛してー!」
麻邪実は雄叫びを上げた。
「真似しなくていいから。寮の子たち待ってるから落ち着いて帰ろう」
そっとハンカチで麻邪実の涙を拭いた。
「こんな修羅場の後に。修羅場初めて体験した」