第15話 乃愛ルート
「おかえり、たくま君」
その甘い声にすぐに乃愛だと分かった。
「おかえりじゃないだろ」
ここは寮じゃない。だからおかえりでは無い。
幻想的なヨーロッパを思わせる美しい白いベンチに座ろうとしたその時、「白いベンチに座っちゃダメ!」と言われた。
「何でだ? 俺も疲れてるんだ、少しくらい休ませてくれ」
白いベンチには人が居ないから座っていいはずだ。
「ねこさんいたから」
「は? 今いないし」
「さっきいたの。しろねこさん」
何言ってんだか分かんない。
「今もなお、ねこさんの残像が残ってる」
「今いないから座って支障は無い」
座ろうとしたらお尻を押し上げるように触られた。は?
「ねこさんの残し物が残ってる」
あーー! 見るとフンが付いていた。
幻想的な白いベンチにっ! あり得ない。変な物残しやがって。何で俺は気づかなかったんだ。
よく乃愛は平然としてられるな。
座れないので、立ち話をする事にする。
それにしても白い光沢のある美しい乃愛の髪は白いベンチに映えるな。
「何でこんな所に一人佇んでるんだ?」
「疲れちゃって」
「女子寮のリーダーでいることか? それとも学校でか?」
少し顔を掻きながら、
「リーダーでいること」と答えた。
そうか。乃愛も天然だけど、そんな責任重大な大仕事、疲れるよな。責任感と頑張る気持ちが強いと疲れるのも無理はない。お疲れ様、と言うべきだろうか。
「毎日お疲れ様。リーダーの仕事は大変だと思うけど管理人である俺ができる限りサポートするから」
「全然サポートになってない」
胸が痛い。乃愛ってたまに毒吐くよな。
ああ。がっかりした。
「それでも微力ながら支えてくれてありがとう」
うん。
「学校はどうだ? 楽しめてるか? 友達と」
「学校はまた寮と違う良さがあって楽しいよ。友達って何? 美味しいの?」
「それなら良かった。何でそう食べようとするんだ。友達は話しかけてくる子の事だ」
天然でバカだからいじめられてるのかと思って心配してた。その声が聞けて安心した。
「それならいるよー。時間割くけど」
「そうか」と頷く。
そろそろ日が暮れてきた。
「そろそろ帰ろっか」
俺が乃愛の手を引き、歩みを進めようとしたら、
「ちょっと待って。キスがしたい。たくま君と」と真剣なストレートな眼差しで言われた。
言われてドキッとした。してもいいかな、と不覚にも思ってしまったのは何なのか……
まだ関わって1日も経ってないのに。
頬が反射的にピンク色に染まった。視線が左右に激しく動く。どぎまぎして冷静さを欠いていた。
「冗談でもそういうこと言うな。本当に好きな人に言え」
俺は動揺してそんなぶっきらぼうな言い方になってしまった。乃愛が本当に好きかなんて心を量る事は出来ないのに。
「なんて冗談。何、真顔になってるの?」
やっぱり冗談か。乃愛の方が上手になってるのは不服だけど。
この胸のざわめきは何だろう……初めて感じる。初めての感情に乃愛は戸惑っていた。たくま君と一緒にいるとドキドキする……。まだ好きかは分からないけれど私にとっては大切な人、と乃愛は胸に想いを秘めていた。
「ここのベンチって男女で座ると恋が実るんだって」
最後にこの言葉を残して乃愛はベンチから立った。
座らなくて良かったのか悪かったのかは俺には分からなかった。心のどこかで「ねこ、ナイス!」と思う自分がいた。