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彼のためのあの日と添い寝

 何かに満足したらしい真紘は、そのまますやっとご就寝あそばされた。やっぱり、ちょっと体調が悪かったのだろう。ベッドサイドに置きっ放しだった冷えピタに手を伸ばし、胸に埋めた綺麗なおでこに貼ってやる。


「しかし、ほんとに綺麗だな……すごくない?嘘みたいに綺麗な顔」

「また、顔のことばっかり……」

「あれ、ごめん。起きちゃった?」

「うとうとしてたくらいだから大丈夫」


 そう言って真紘はぎゅっとわたしに抱きついた。いつの間にか腰に回されていた腕は、思っていたよりずっと逞しい。

 ……ねえ、ちょっと待って。よく考えたら、いや、よく考えなくても、これってちょっとおかしいのでは?何でわたしは、こんな顔面国宝みたいなイケメンを胸に埋めてベッドにいるの……!?よくさっきまで普通でいられたね!?どういう神経してるの!?

 こ、これは、気を悪くされないよう、そっとベッドを出るしかない。


「どこ行くの、灯さん」


 回された腕をそうっと退かそうとしたなら、逆に力を込められた。す、と真紘の視線がわたしに刺さる。


「あの、いや、あのね。よく考えたら、これってちょっとおかしいかなって」

「うん」

「だからその、ベッドを出た方がいいかなって」

「だめ」

「だめなの!?」

「だめ」


 だめかあ。


「ええ……ちょっと、だいぶドキドキしちゃうなあ……」


 こんな綺麗な顔を抱き締めて寝るだなんて、出来るだろうか。前世を考えると、とんでもないご褒美である。といいつつ、せっかくとばかりにまじまじと見入った顔は、やっぱり、とてつもなく綺麗だった。うっ、目がやられる。


「また顔……」


 さっきまで意地悪く笑っていた真紘が、何故か落胆していた。


「いいじゃない、顔はよくてなんぼよ。スタイルだってすごくいいし、羨ましいよ」


 全く、一体こんな恵まれた美しさを持つ彼が、何故、死んでしまったのだろう。性格だってすごくいいのに。ちょっと繊細なんだろうか。

 思わず頬っぺたを撫でさすれば、真紘は気持ちよさそうに目を細めた。何てことだ。可愛らしさまで同居している。


「まあ、いっか」

「そうだよ、たまにはいいでしょ。俺、灯さんにこうされるのすき」


 すり、と寄ってきた頭をまた撫でながら思い出す。


「そういえば、真紘が高校のとき、添い寝したっけね」

「……うん」

「彼女に振られちゃったんだっけ?すごい顔してた」


 ふふっと思わず笑ってしまったが、失礼だったろうか。


「あ、ごめん。いい思い出じゃないか」

「あのときの俺、すごい顔してた?」

「うん。何ていうか……愕然、みたいな?」


 こんなイケメンだもんな、まさか振られるとは思ってなかったんだろう。それについては真紘は悪くないと思う。振られた理由はわからないけれど。


「愕然……ああ、そうかも。俺、そんな気持ちだった」

「理由もわからず息子がそんな顔して帰ってきたから、おじさまもおばさまも心配しちゃってね。ちょうどわたしがここに住み始めたばかりで、相談に来たんだよね」


 そんなこともあったのだ、懐かしい。思い出を語ると、わたしもしっかりこの世界線で生きているんだなと感じる。


「そのあとすぐ、真紘も連れて来られて」

「結局、灯さんちに泊めてもらったよね」

「ほんと……生きててよかった」


 思い出す前に何かあったら大事である。


「あれくらいじゃ死んだりしないよ」


 真紘は大袈裟だな、と苦笑したが、それについてはあまりわたしは信用していない。


「……じゃあ、何であんな顔してたの?」


 普通に生きていて、あんな顔する場面はなかなかないと思う。真紘の中で、何か、とてつもない衝撃があったとしか。あのときの真紘は、とてもじゃないが放っておけなかった。1人にしたら本当に死んでしまうんじゃないかと、わたしは焦燥に駆られたのだ。


「うーん……あれは、そう、衝撃がすごかった、というか……」

「やっぱり……」


 イケメンだから振られてびっくりしたのだろうか……。おそらく、ご両親の話を聞く限りでは振られたことなんてなかったようだし。

 憐れんだ視線を向けたなら、何故かわたしも同じような視線をいただいた。解せない。


「俺、その、振られたこととかなくて」

「まあ、そうだろうね」

「いや、自慢とかじゃなくて」

「大丈夫。続けて」

「何が大丈夫なの……?まあ、とにかく振られたのはいいんだけど、言われた言葉が結構衝撃的で……」

「何て言われたの?」

「……」


 いや、そこで黙らずに!大事なとこだから!わたしが何とか、その心のわだかまりをね、解消するから!任せて欲しい!


「……すきな人がいるんでしょ、て」

「……すきな人」

「……うん。俺、そうだったのか、って、頭殴られたみたいで」


 なるほど。つまり、思わず浮かんだ人物が、真紘からしたら全く予想外の人物であった、と。わたしは経験したことはないが、そういうこともあるんだろう。


「人に言われて気づくことってあるよね」


 わたしはこの間、サイドファスナーが開いていたことを行きずりのお姉さんに耳打ちされたばかりである。


「で、そのあと、その人と付き合ったの?」


 真紘なら百発百中だろうから、よもや彼からのアタックで振られることはないはずだ。


「……付き合ってない」

「えっ」

「……何人かとは、その、付き合ったりしたけど。もしかしたら思い違いなんじゃないかって……彼女にはそのとき、彼氏がいたし……」

「……辛かったね……!」


 思わず真紘をぎゅっと抱き締めた。まさか、まさかこんなことがあったとは!

 わたしがのうのうと碌でもない男と付き合っている間のまさか、である。こんないい男を泣かせた奴は誰だ。わたしが泣かせてやる。もう、よしよししてあげちゃう。今日はずっと撫でてあげよう。


「今はその彼女、彼氏はいないみたいなの?」

「あー……うん。長く付き合ってたけど、ちょっと前に別れたみたい」

「じゃあ、いけそうな感じ?」

「……どう思う?」


 どう、とは。


「彼女をよく知らないからなあ。たぶん、真紘が迫ればイチコロだとは思うけど」

「……そうかな……」


 何故か訝しげな顔を向けられたが、割りと事実を言ったまでだと思うけど。何なんだ。


「まあ、何かあれば遠慮なく話して。わたしは、真紘のためにいるんだから」

「……わかってないよね?」

「何が?」

「……何でも」


 呆れたような顔で、それでも擦り寄ってくる真紘は、とにかく可愛かった。


「明日は土曜日だし、日曜日もあるし。早くよくなって、それから考えよう」

「何を考えてくれるの?」

「真紘のその恋についてでしょ」

「うーん……いや、いいんだけど違うっていうか」

「はっきりしないな」


 君、それ何如せんによっては死ぬかもしれないんだぞ。わかってないだろうけども。


「じゃあ、明日と明後日も一緒に寝てくれる?」

「いいよ」


 それで気が晴れるならば付き合おう。と言おうとして、力がこもった腕に、また少し、ドキドキしてしまった。イケメン、すごい。

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