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彼のためにいる真実

 何故、無言なのか。何故、わたしを見つめてくるのか。もしや聞いてはいけないことだった……?


「……宗田が、どうかしたの?」

「え、いや、その」

「何かあった?」

「……何かしらあるのは、そちらでは?」

「誰に何を言われたの?」


 ずいっと綺麗な顔が寄せられて、どうやら彼は怒っているようだった。えーっ、何で!?


「ね、ねえ、どうしたの?」

「灯さん、教えて。誰に何を言われたの?」

「誰にも何も言われてないけど」


 神様には言われたけども。


「じゃあ、どうして急に?」


 あれ、この感じは……


「もしかして、付き合ってないの……?」

「付き合ってない。付き合ったこともない。大学時代の友達だよ」


 えーっ、前と全然違う設定!?混乱するからやめて欲しいな、こういうのは!

 この世界線でそういう話を聞いてこなかった自分は、この際、しっかりと棚に上げる。


「もしかして、ずっと誤解してた?」

「うん」


 何なら前世から誤解してました。いや、前世はそれで合っていたはず。おそらく。

 真紘は大きく溜め息をついて、そして肩を落とした。話を続けにくいので、黙ってうどんを啜る。うどんは美味しい、罪はない。

 果たして、これでどうやって真紘を救うのか。全く道筋が見えない。


「……灯さんは?」

「わたしが何?」


 ぽつりと返された言葉の意味がわからなかった。


「聞いても、いい?」

「どうぞ」

「灯さんは、その、前の彼氏とは最近どうなの?」

「前の……ああ、一真かずまのこと?」


 もう1年も前に別れた彼氏は霜月しもづき一真かずまといって、わたしの2つ歳下だった。何がびっくりって、彼は前のときも付き合っていて別れたことがあるのだ。


「別れて1年だし、特に何も……ああ、たまにパート先に来るくらいかな」

「来るの?」

「まあ、商店街のパン屋さんだしね」

「……大丈夫なの?」


 心配してくれるらしい。やっぱり、この世界線でも真紘は真面目で誠実なのだ。とはいえ、心配されるようなことは特にない。


「一緒に住もうって、こっちに越してきちゃったからね。結局、一緒には住まなかったけど」

「えっ、そうだったの?」

「うん。まあ、別れてよかったし、これも運命だったというか」


 既定路線というか。


「わたしのことはいいんだよ。特に困ってることもないし」


 まだ何か言いたそうにうどんを啜る真紘に、そう言って笑った。本当に何も困ったことなど……まあ、あるにはあるが大したことはないのだ。寧ろ、心配なのは君だよ、君。わたしはただ、君のために。


「わたしは、真紘のためにいるんだから」


 ぶはっと、真紘はうどんを噴き出した。


「ちょっと大丈夫?ほら、麦茶飲んで」


 真紘は29歳のはずだが、急に咽せたりして気管支は大丈夫だろうか。それとも体調のせいなのか。心配である。

 背中をさすってやれば、少し楽になったようで小さくお礼を言われた。うどんは食べ終わったようなので、そろそろ少し横になった方がいいのかもしれない。


「やっぱり少し横になりなよ。ほら、連れてってあげるから」


 おとなしくなった真紘の手を引いて、寝室に連れて行く。何も言わないな、どうした。気持ち悪くなってきちゃった?大丈夫?


「……ねえ、灯さん」


 ベッドに腰掛けた真紘が、探るような視線を送ってくる。体調悪くて、1人が寂しくなったのかもしれない。よし、わたしが何でも聞いてやろう。


「どしたの、言ってみて」


 なかなか優しく言えた気がする。誰かに優しくされた思い出というのは、生への歓喜と執着を生むかもしれない。前髪を掻き分けてやれば、顔が少し赤らんでいたので、やっぱり体調がよくないのだろう。


「……一緒に寝て、欲しいんだけど……嫌、かな」


 う、上目遣いが!イケメンの上目遣いが凄まじい!甘えたなイケメン、威力がすごい!


「あ、灯さん?」


 目頭を押さえて顔を背けたわたしに、真紘が焦ったように声を掛ける。ああ、ごめん。嫌なわけじゃないんだ。ただ、威力がすごくて。


「だ、大丈夫。わたしでいいなら一緒に寝よう」


 朝掃除した後、着替えたし。ちょうどスウェットだから、そんなに寝づらいこともない。

 しかし、添い寝かあ……人肌恋しいのかな。可愛いな、ぎゅってしてあげよう。

 そっとスペースを空けてくれた真紘の横に滑り込んで、そのまま真紘の首下に腕を差し入れた。


「ちょ、灯さん!?」

「何?痛かった?」

「痛くはないけど……っ」

「じゃあいいじゃない、たまには。苦しくはない?」

「苦しくはないけど……っ」


 腕枕ついでに、真紘を抱き込んで頭を撫でる。さらさらとした髪の毛は、こんなところまで完璧なのかとわたしを感嘆させた。すごいなあ、何て綺麗なんだろう。

 撫でられているうち、真紘の体の力が少しずつ抜けていくのがわかる。29歳で緊張することもないだろうに。


「ねえ、灯さん」

「何?」

「さっきの、ほんと?」


 さっきの?


「俺のためにいるってやつ」

「ああ、あれね」


 そういえば、思い出したのが唐突だったので驚いたが、この世界線でわたしは真紘のことをとても気に掛けていたように思う。ずっと忘れていたとしても、やっぱり根っこの部分が覚えていたのかもしれない。

 だって、わたしが知る限り、彼はとても真面目で誠実で、優しい人だったから。何があろうと死んで欲しくなんかない。わたしが救えるなら、救ってみせる。忘れてたけど。


 だって、


「わたしは、真紘のためにいるんだよ」


 それは、紛れのない真実である。

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