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彼のためを思い出す

 ───はっ!?


 春の風が気持ちいい4月、わたしはマンションの玄関先を掃いていた。そして唐突に思い出すは、神様なる絶世の美人との会話である。


「何故、今思い出したのか……」


 穂高灯、33歳。両親が亡くなって、実家は妹のみちるが家族共々引き継ぎ、わたしはこのマンション3棟を引き継いだ。

 マンション3棟、である。広い敷地内にちょっとした街のように作られたそれらは、中央に噴水付きの公園まである。そして、周りをぐるっと洒落た柵で囲ってあり、敷地玄関はこれまたホテル入り口のような豪華さだ。

 これは……この世界線の我が穂高家は、ずいぶんと潤っている様子。そういえば生前、この世界線の父が不動産を買ったと言っていたがこれのことか。

 この世界線での記憶は、ある。神様との約束を思い出したのがたった今、というだけで。

 収入も、ある。このマンションはわたしのものなので、賃貸料で暮らしていける。主な職はマンション管理人だが、ほとんどは不動産屋に任せている状態で、マンション周りの掃除くらいしかしていない。


「結局、暇でパートしてるんだけど」


 神様、これって職付きって言える……?

 首を傾げたところで、マンションから住人が出て来た。


「あっ、灯さん!おはようございます!」

「おはよう、茉莉ちゃん」


 元気に声を掛けてくれたのは、502号室の近藤こんどう茉莉まつりちゃん(24)、春から新社会人の娘さんである。


「これから出勤?がんばってね!」

「はい!いってきます!」

「いってらっしゃい!」


 まだパリッとしたスーツを身につけ、彼女は颯爽と走り去っていった。がんばってこい。応援している。

 いやあ、こういうのもいいなあと思いながら竹箒を動かすことしばし。


「──いや、須田真紘は?」


 ふと、本件を思い出した。今わたしは33歳、つまり、彼が死ぬまであと1年しかない。えっ、思い出すの遅くない?まずくない?須田真紘、まだ生きてるよね!?

 思い出せ、須田真紘、須田真紘──彼とわたしは……


「あ、知り合ってる」


 何ならすぐ思い出せた。というより、思い浮かんだ。彼は今、このマンションで発熱により寝込んでいた。


「やばいやばい、すぐ行かなくては」


 ほぼ玄関掃除が終わっていたのをいいことに、わたしは颯爽と自分の部屋に帰っていった。


「いやあ、しかし……これがわたしの部屋かあ。すごいなあ」


 1人暮らしで3LDKだよ。リビングなんて20畳あって、ペントハウスで広々ベランダ付き!今世のわたしは暮らしも困らず、自分も幸運な様子で何よりだ。

 あ、いけないいけない。作っておいたおかずをいくつかタッパーに詰め、冷凍うどんと栄養剤を共にバッグに突っ込んで部屋を出る。今日はパートがなくてよかったと思いながら、須田真紘の部屋──707号室へと向かった。


 一応ピンポンを押して、特に返事を待たずに合鍵でドアを開け入室する。リビングはカーテンが引かれ、薄暗いままだった。


「わたしだけど、起きてる……?」


 わたしは声がでかいので、かなり声量を落として声掛けをしてみる。が、特に返事はない。昨日は38度あったし、まだ起きてないのかもしれない。

 奥の寝室をそっと開けて、また小さく声を掛けてみた。


「真紘……?」

「う、ん……あ、灯さん……?」

「よかった生きてた……!」


 身じろぎをしてこちらを向いた真紘に、ものすごい安堵が全身を駆け巡る。神様、まだ生きてましたよ!よかったですね!


「真紘おおぉお!」


 さっきまでの気遣いは吹っ飛んで、駆け出したわたしは勢いのまま抱きついた。


「体がまだ熱い!でも生きてるね!よかったね!結構ガタイがいいんだね!」

「あ、灯さ」

「よくお顔を見せて。ああ、ちょっと暗くてよくわかんないけど、やっぱりすごく整ってる。ずいぶん綺麗なお顔して……すごいね、ほんとに綺麗な顔してるんだね」


 遮光カーテンではないらしく、薄暗いながらも漏れた光から見えるのは、それはそれは美しく爽やかな造形の顔だった。この世界線では何度も見た覚えのあるそれだが、思い出した今改めて見ると、何とも感慨深い。

 こんなイケメン、実在するんだなあ……。


「……ねえ、灯さん」

「ん?」

「だいぶ近いけど……」

「え?ああ、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」

「興奮……?」


 わからないか、まあ、わからないよな。

 真紘の顔に這わせまくっていた手を放して、えへへ、と適当に誤魔化した。上手くいったはずである。

 困惑気味だった真紘も特に気にする風もなく「そっか」と小さく笑った。


「ごはん食べられる?うどんだけど。まだ寝てる?」

「せっかくだから食べようかな」

「じゃあ作るね。出来たら起こすよ」

「ううん、だいぶ楽になったから少し起きるよ」


 そう言ってベッドから起きた真紘は、すらりと背が高かった。180cmあるって言っていた気がする。髪をかき上げる仕草がまた、びっくりするほど色っぽい。


「どうかした?」

「あ、ううん。何でも」


 まじまじと見つめていたが、ただの気持ち悪い奴だと気づいてすぐやめた。

 リビングに出れば、真紘はソファに座ってテレビをつける。天気予報は今日は快晴と言っていて、それを聞いた真紘がカーテンを開けた。明るくなったリビングは綺麗に片付けられていて、1人暮らしなのにえらいなあと思う。


「おじさま達、帰って来ないの?」

「どうかな。あっちに家を買ったって言っていたから」


 バッグからがさがさと持ってきたものを取り出しながら、須田家の面々を思い出す。このマンションは5階までが賃貸、6階から10階までは買取となっていて、須田家は揃ってここを買って住んでいた。ただ、真紘が大学に入った頃、おじさまが海外赴任になり、どうやらそのままアメリカに住み着いたらしい。1人っ子の真紘は、そのままここにずっと住んでいる。

 そう、父がこのマンションを買って、新築時に越してきたのが須田一家というわけだ。生前は母がマンション管理人をしており、家族ぐるみで知り合い。自然といえば自然に知り合っている。神様すごい。

 うどんを茹でながらおさらいをしていると、いつの間にか真紘が横に立っていた。


「灯さん」

「どしたの?」

「ねえ、灯さん」

「え、なに?」


 ずいずいと顔を寄せてくる真紘に、ちょっと狼狽える。そんな綺麗な顔、間近で見たら目が潰れる。さっき穴が開くほど見てたけども。


「……この顔、そんなすき?」


 そんなふわっと笑うな。威力がすごい。


「嫌いな人いる?だって、こんなに綺麗だよ」


 親御さんに感謝した方がいいよ。


「うーん、そうじゃないんだよなあ」


 何がだ。

 うどんをザルに揚げ、水を切りながら考える。お皿に盛って、別で作った温かい汁をかけ、ネギを散らして卵を割って……あ。


「出来たからほら、テーブル行って」

「うん、ありがとう」


 そうだったそうだった。

 自分の分もテーブルに置いて、腰掛けて手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 よし、聞こう。


「ねえ、真紘。あのさ、宗田さんとは、どう?」

「宗田?」


 早速、うどんを啜る手を止めた真紘に、あれ?と疑問符が踊る。宗田さんと付き合ってたんじゃなかった?そう、前の世界線では聞いていたけれど……そういえば、この世界線ではどうなんだろう。そういう話を聞いた覚えがない。


「宗田薫子さん。知ってるよね?」


 同じ大学だったよね?あれ、違うのかな。4つ違うとその辺りはよくわからない。

 伺うような視線を受けながら、伺ってるのはわたしの方なんだけど、と思いつつ。上手くいってないなら相談に乗りたいし、上手くいってるなら惚気の1つも聞いて安心したい。

 何故か隣に座った真紘を食い入るように見つめたまま、箸を持つ手に力が入った。

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