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彼のための生まれ変わり

 穴に落ちた。

 ──穴に、落ちた?


「えっ?」


 穴なんて空いてた?マンホールでも開きっ放しだったとか?突然、足元がないとかある?

 周りを見回しても全くの闇。暗いのは苦手なのでやめて欲しい。暗いのだけは、本当にだめなのだ。


「それはそれは!申し訳なかったね!」


 場違いなくらいの快活とした声がすると、またもや突然、視界が開けた。ま、眩しい!


「今度は眩しかったか!すまんな!」


 徐々に目が慣れてきて、少しずつ辺りの輪郭が鮮明になる──と、そこは一面お花畑だった。わあ、綺麗……いや、綺麗だけど、そういう問題じゃない。

 しかして、そこには1人、絶世の美人が立っていた。え、死んだ?


「君は察しがいいな!」

「え、まじなの?」


 すごく困るんだけど。


「困るかね?」

「困りますよ」


 意味がわからないし。


「君は……ああ、これが資料か。穂高ほだかあかりくん、34歳、155cm、37kg……痩せすぎじゃないかね?フリーター、彼氏なし、と」


 どこからともなく資料なるものを取り出し、絶世の美人が朗々と歌うように読み上げるは、まさかのわたしの個人情報である。どうでもいいが、体重や彼氏の有無は関係あるのか。失礼である。


「太らない体質なんです。彼氏はまた出来るかもしれないし」


 つい言い返してしまったが、やっぱりどうでもいいことだった。


「灯くん、君にお願いがあるんだ」

「……あの、その前にいいですか」

「お手洗いかね」

「違います。あの、わたし、本当に……」

「ああ、そうとも!君はこれからトラックにぶつかって死ぬんだが、飛び出した猫を庇ってということだったのでね!それは流石に可哀相なので、穴に落としたんだ!」

「え、じゃあ猫は?」


 それだと猫は死んでしまうのでは!?


「そういうところを買っている」


 何の話だ。猫はどうなるんだ。


「猫がすきかね」

「いえ、わたしは圧倒的犬派ですが……」

「そうかね。猫なら大丈夫だから安心したまえ」

「なら、よかった……」


 ……よかった、か?猫はよかったけれど、わたしはよくはないのでは?死んでしまった、ということなのでは?

 何故かはわからないが、おそらくこの絶世の美人の言うことは嘘ではないと思える。何というか、雰囲気が人のそれとは違った。今まで見たことも会ったこともない何か、荘厳というのか、人知を超えた雰囲気がある。

 そしてわたしは、案外、冷静であった。よくはないけれど、そうかあ……死んだかあ……。


「悔いはあるかな」

「そうですね……どうかな……」


 去年、母が亡くなった。父はだいぶ前に亡くなっており、実家は結婚した妹が家族で移り住んでいる。わたしの仕事といえばバイトだし、代わりはいくらでもいるんだろう。毎日楽しく暮らしていたが、悔い、悔いと言われると……どうしよう、意外と悔いがない。


「悔いなく生きていたというのは、いいことだとも!」

「まあ、そうかもですが……」


 真剣に生きていたかというと、おそらくそうではないのだろうなと、少し思った。少しだけ。

 これが例えば、件の須田真紘だったらどうか。たぶん、きっと、悔いはあったのではないか。それでも辛くて、生きているのが堪らなくて。


「そう沈んだ顔をしてはくれるな、灯くん!」

「はあ」


 そんな顔をしていたか。わたしも案外お人好しだな。


「そこを買っている。そんなお人好しの君に、須田真紘を救っていただきたい!」


 ……?

 快活に放たれたその言葉を全く理解出来なかった。須田真紘が、何故、急に出てくる?


「……彼もわたしも、死んだんですよね?」


 確か、そう聞いたんだけど。

 ぽん、と手を打ち「話していなかったか?」と首を傾げる絶世の美人に、わたしも首を傾げた。


「わたしはね、神なのだ!」


 神。絶世の美人は、まさかの存在だった。え、ほんとに?何事?


「まあ、聞いてくれたまえ。須田真紘を知っているかな?」

「知り合いではないですが、まあ」

「彼は死んでしまった。色々あったのだろう。しかし、今後の世界のために、彼はなくてはならない人材だった。よって、世界のために、彼が生きている世界線を作らねばならない!」

「はあ」


 とんでもない話になってきた。とんでもなさすぎて気の抜けた返事しか出来ない。


「しかし、どうやっても彼は死んでしまう」


 絶世の顔を少し曇らせ、神様は嘆いた。どうやっても──つまり、色々試してはみたということだろうか。それでもだめって、須田真紘に一体何が……?


「生まれを変えても、美人をぶつけても、大和撫子をぶつけても、金持ちをぶつけても、何をしてもだめだった。彼は努力の人でな、彼自身に問題はなかったはずなのだが……」


 うーん……何とも言えない。とにかく、須田真紘は神様から見ても、失くすには惜しい人材なのだろう。すごいな、須田真紘。素直に感嘆してしまう。


「それで君なんだよ、灯くん!」

「えっ、それはちょっとどうかと思いますけど!?」


 美人も大和撫子も金持ちもだめで、生まれを変えてもだめだったのに、そこでまさかのわたしを投入!?自分で言うのもあれだけど、無策すぎでは……?


「君はどう思っているか知らないが、君の幸運は半端ない!周りを幸せにする幸運だからな!」


 自分を、ではないのか。いや、わたし自身、充分に恵まれて幸せだったと思うので特にどうとは思わないけども。


「君のそのへこたれない精神も重要なのだよ!君も死ぬには惜しい人材だ!しかし、この世界線で死ぬことは既定路線だった。なればどうかね、別の世界線で、須田真紘を救ってはくれないか!」


 つまり、


「生まれ変わって、てこと……?」

「まあ、そうなる!須田真紘とは……ああ、知り合いではなかったのだったね。次はちゃんと知り合えるよう上手く取り計らうから、安心したまえ!なんと、職付きだ!」

「職付き!すごい!」


 よくわからないが、このご時世に職付きとは!


 こうして、結局よくはわからないが、わたしは別の世界線で、須田真紘を救うことになったのである。

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