彼が死んだと聞いて、
「え、そうなの?」
騒がしい居酒屋の店内で、ビール片手にわたしは思わず聞き返した。
「そうなんですよ。びっくりですよね」
「まさか、あの須田真紘が自殺するなんて……誰も想像しなかったなあ」
「確か大手企業に就職して順風満帆だったって聞いたけど」
「友達が同じ会社なんで聞いたんですけど、課長昇進が決まってたみたいですよ」
「それ、自殺する理由ある?」
「それが……」
後輩が声をひそめる。わたし達4人は、ぐっと顔を寄せた。
「ほら、宗田薫子っていたじゃないですか。彼女に振られて乗り換えられたみたいで」
「そうなの?彼女、1回見かけたけど、すこぶる美人だったよね」
「今売れっ子の内海屋翔平っているじゃないですか。若手俳優の」
「ああ、この間のドラマがすごく評判よかったって」
「観ました?」
「いや、観てないけど彼は知ってる」
「その俳優がどうやら宗田さんの乗り換え相手らしいですよ」
「宗田さんってお嬢様だしね」
「そうなの?」
「そうですよ!先輩知らないんですか?宗田物産の社長令嬢ですよ」
「すごい……それはまた」
乗り換え先が今をときめく若手俳優。自身は社長令嬢とは、すごい次元の話である。でも、振った振られたなんて、よくあることでは。
須田真紘を見かけたこともあったけれど、彼は彼で類を見ないイケメン才色兼備、1人に振られたくらいでと思ってしまうのは、わたしが真剣に恋愛をしたことがないからだろうか。いや、人知れず複雑な何かがあったのかもしれない。
その後、噂は噂の域を出ず、ただ出身大学が同じだった元ヒーローが死んだという事実だけを残して、あっという間に後輩達との飲み会は終わった。
とはいえ、わたしは彼等より4つ歳上なので、須田真紘のことなど大学に遊びに行った際に見かけた程度。本当に噂しか知らないなあと帰りがけに思い馳せる。
「学年主席であれだけの爽やかイケメン、卒業後も企業で躍進……何があったのか」
春の夜風が気持ちいい。そんな中、全くもって知らない彼を考える。噂で聞くには、明るく真面目、ついでに誠実でもあったというではないか。素晴らしい人材である。
そんな彼が、自殺した。
何となく、知らないながらももったいないと思ってしまう。卒業後でも噂になるくらいだから、きっと、周りはさそがしショックを受けていることだろう。
人望もあったというから、誰かに相談とかしなかったんだろうか。それとも、真面目だからこそ出来なかったんだろうか。
わたしなんて、すごい頑張ってようやく有名大学を出たというのに、せっかくそこそこの会社に就職出来たというのに、結局はフリーターになっちゃって、大してうだつの上がらない生活をしている。それでもバイトは楽しいし、悩みなんて精々が、将来がちょっと不安くらいなもの。
「いや、将来がって結構大事だな」
……それでも、毎日楽しく生きているのに。
「話くらいだったら、わたしが聞いてあげたのにな」
呟いてから、いや知り合いでもないのにと思い直して。
そして、穴に落ちた。