ザ ダークレディその3
『ハイツエグランテリア』へは、夜7時少し過ぎに着いた。駐車スペースに車を停め、玉子さんの住宅スペースの玄関がある2階へ上がる。
エレベーターもあるのだが、特に大きな荷物もなかったので階段の方を使う。すると、すぐ後ろから階段を昇ってくるコツコツという靴音が聞こえた。
振り返ると、黒のタートルネックのニットに黒のジャケット、黒の細身のロングスカートと全身黒一色の衣服で固めた、手脚の長いひょろっとした女性だった。
時間的に周囲は暗かったが、中性的で凛とした表情をしていた。
「こんばんは。」
こちらが声をかけると、女性の方も、
「こんばんは。」
と返してきた。予想に反して、ハスキーで低めの声。
2階まで上がると、女性は、俺とは反対方向に通路を進み、奥の方まで行ってドアを開け、部屋の中へ入った。
昨日の今日である。今夜は問題なかったようだ。しかし、約束していたので、そのまま玉子さんの家の前でインターフォン越しに、来訪を伝える。
すると、ロックの解除音がした。そして、玄関ドアが中から開けられる。
「いらっしゃい。宮野君。」
「お邪魔します。これ頼まれていた結束バンド。店員さんにも確認したので間違ってないと思うんですが……。」
「ありがとう。確かに。レシートある?」
俺は財布からレシートを取り出しながら、階段のところで、ワカナらしき人と会ったことを話した。
「こちらと反対側の端の部屋に入りましたよ。早めに帰宅されたのかもしれませんね。」
「さすがに2日連続では来ないかとも思うけど、帰宅時間はずらしたのね。」
玉子さんも納得したようだった。
「あ、来たね、宮野君!」
「はいはい、町田先輩。カカシが戻って参りました。」
「ねぇ、2人ともやめてちょうだい。そういう言い方良くないわ。」
客室の方から食堂側に移動してきた光華に合わせて、ふざけてみせたのだが、玉子さんは嫌そうに言う。
「タマちゃんは、ちょっと気真面目過ぎるんだよ。気楽に行こっ!」
「先輩は、少し気楽過ぎだと思いますよ。」
「え~。私っくらいがちょうどいいんだけどなぁ。」
俺は、光華にも、先ほどワカナが早めに帰宅した様子を話した。
「何事もなければいいよ。でもそれだと、宮野君には悪いことしちゃったな。無駄足じゃん。」
「夕飯をご馳走になるから、無駄じゃないです。いい匂いしてますね。」
「よく考えたら、買い物してなかったの。カレーで悪いんだけど。ご飯は多めに炊いたから。」
玉子さんは、遠慮がちに言ったが、カレーは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。俺はしっかり、おかわりもいただいた。
その後も、特に異変は起こらず、その夜9時には帰宅の途についたのだった。
2日目と3日目の夜も特に問題はなく、タダ飯だけいただいている状況に、さすがに心苦しくなった俺は、3階のサンルームの作業の手伝いを申し入れた。
3階のサンルームに出ると、前回植え替えた鉢も、順調に芽吹き、緑を増やしていた。
「水やりは午前中に終えてるから、異常がないかの確認だけお願いね。鉢が多いから、それだけでも助かる。」
この時期は、アブラムシの発生が起きやすいのだという。屋外と違ってサンルームなので付きにくいが、絶対ではない。あと、葉に白い粉が吹いたような状態になっているものを見付けたら緊急事態。
うどん粉病という、あまりにも直接的な名の病気だ。サンルーム内の方が早く拡がってしまうらしい。
玉子さんと光華と俺とで分担して、目視による確認をする。確かにこれだけプランターやテラコッタ鉢が多いと、確認だけでも時間がかかる。
4日目の今夜も問題なく済んだ。そう判断して、9時近くになるのを確認し、玉子さんの家の玄関を出ようとドアを開けた時、外から、言い争う2つの声が聞こえてきたのだった。