ブラックバカラその8
玉子さんは、開花したバラを一鉢一鉢、説明してくれた。
アキトさんが選んだバラ。
それは、何番目に来て、アキトさんがその時どういうことを言っていたのか。
アキトさんの本当のお気に入りはどのバラだったか?
そういったことを話す玉子さんは、幸せそうだった。
アキトさんのお気に入りだったバラはアンソニーメイアンという鮮やかな黄色のバラだった。
あの時、美咲があまり良くない意味を持つと知りながら黄色のバラを買ってきたのは、何のことはない、アキトさんが好きなバラが黄色いバラだったからなのだ。
わざとなのか、まるで誰かに向けた悪意のように振る舞っていたが、美咲はちょっと分かりにくいところがある。
「玉子さんが好きなのは、どのバラなんですか?」
すると玉子さんは、クリーム色にピンクの縁取りの花弁をもつ、やや大ぶりな花のバラを指差した。
「これ。コッペリアっていうバラなの。あとね、そっちの、アシュラムも好き。」
アシュラムは、オレンジ色のバラだ。
「赤いバラは少ないんですね。」
そうなのだ。
バラといえば赤色のイメージが強そうなのに、このサンルームでは、レッドライオン以外にも数鉢、赤いバラはあるものの、少ないのだ。
淡いオレンジ色と黄色、クリーム色のバラの割合が高めだった。
それ以外に、薄いピンクと白、薄紫のバラも一群を形成してはいるが、一番目に付く中央の場所にあるのは、優しいオレンジ色のバラだった。
「最初の頃はね、バラといったらやっぱり赤ってことで、アキトさんも赤いバラを集めてたの。でも、赤いバラって集団になると、なんていうか、暗い感じになっちゃってね。」
玉子さんは、そのわずかに残された赤いバラの鉢の方を見つめて言った。
「赤の色が強くなると黒ずんだ感じになるの。男の子には分からないかな? 赤いベロアみたいな感じって言っても。」
アキトさんは、その後、赤いバラ以外のオレンジや黄色のバラを増やしたのだという。何種類かは、枯れてしまったものもあって、赤のバラは徐々に減っていったそうだ。
サンルーム内のバラがすべて赤いバラだったとしたら、それはかなり重い感じになっていただろう。
淡いオレンジ色のバラと黄色のバラ中心の空間は、明るくて、悪くないと思えた。
借りていた本の返却日が明日に迫っていたので、バイトの前に市立図書館へ行くことにした。
事前にゼミのレポートの資料になりそうな本をネットで検索し、予約もできるシステムがあるので助かる。
ついでに、例の『星の王子さま』と『秘密の花園』も予約した。
あまりに有名な作品なので、題名はもちろん知っていたが、これまで読んだことはなかった。
この2冊を堂々と学校図書館で借りたり、まして書店で購入できる男は、そう多くはいないと思う。
同級生にでも見つかったら、只事ではすまないだろう。絶対に揶揄われるし、変なあだ名が付けられる恐れもある。
予約で押さえてもらっておくことで、本棚の辺りで、子供連れの母親などから変な目で見られる心配が無い、というのは実に助かる。
図書館の職員には、変な男だと思われる可能性はあるだろうが、まぁ、向こうはプロだ。態度には出さないだろう。
「返却です。あとネット予約もしていたのですが。」
俺は、貸出・返却コーナーで、職員に声をかけた。
コーナーの職員はほとんどが女性で、制服は無いようだが、皆、地味目の衣服を着ていた。中に2名、ピンク色の揃いのエプロンを付けた若い女性がいた。
エプロンを付けた女性の1人が、奥側から取り置きしておいてくれた本を纏めて運んできてくれた。
コーナーの席に座っていた職員が、返却した本を1冊ずつ、ぱらぱらと捲って確認をすませ、後ろの台に積んでから、手元のパソコンに入力をしてカードを返してきた。
「あの、違っていたら悪いのだけれど、この本でいいのですか?」
取り置きの本の表紙に貼られたバーコードを機械に読み取らせながら、職員が、俺に訊いてきた。
それは、『秘密の花園』だった。
俺は、焦った。
「え、あの、どういうことですか?」
変な趣味の男だと警戒されたのだろうか? 周囲に聞かれたらまずい。いや、後ろめたい趣味は無い。大人が児童書を読んじゃ悪い、ということもないはずだ。
「ガーデニングの歴史やプラントハンター、植物の本ばかり借りておられるようですし、学生さんですよね。ひょっとして、ガーデニングに関連した小説を調べてらっしゃるのではないですか? この本は児童向けに書き直されたものなので、翻訳本とは違うんです。」
職員は、親切にも、ネット予約で取り置きしておいた“児童向け”とは別に、ちゃんとした“翻訳本”の方の『秘密の花園』も用意してくれていた。
俺は、ありがたく、ちゃんとした方を借りることにした。
アンソニーメイアン:フロリバンダ、1992年仏国作出。花色は黄色。
コッペリア:ハイブリッドティーローズ、1952年仏国作出。花色はクリーム色・ピンク色に杏色の覆輪。
アシュラム:ハイブリッドティーローズ、1998年独国作出。花色はオレンジ色。




