ブラックバカラその6
結局、俺たちは、その後も延々と話し続けた。
美咲が言うところの守秘義務というやつは、患者の氏名、生年月日の他、診断名、予後及び治療方針、経過など、およそカルテに記載される内容全てが含まれのだという。 個人を特定するあらゆる情報が基本的にはアウトなのだそうだ。
つまり、アキトさんの話と分かって聞いていた俺に、あの話をしたのは、やっぱり、まずいようだ。
「身内の場合でも駄目なんですか? その、やっぱり、そういう話出るじゃないですか。お葬式のときとか、法事の時とか……。」
確か、祖父の葬式の時には、見舞いに行った時の話やら、医者から受けた説明やらの話をしていた気がする。精進落としという名の会食で、何でか、酒まで出ていた。俺が中学の時だったので、はっきりは覚えていないが、普通に、祖父の病名や、いつ頃から状態が悪くなったなんていう話をしていたはずだ。
「法律上では身内であってもアウトなんだ。実際のところはグレーかもしれないけど。宮野君に話しちゃったのは完全にアウトだと思う。」
「誰にも話せないんですか?」
「そうだね。医者同士だったら業務連絡の範疇に納まる部分もあるかもしれないけど……。職場結婚が多いらしいのは、そういう点もあるのかな? 出会いがないっていうのが大きいみたいだけど。」
もう、深夜と言っていい時間だった。外の雨音は、まだ続いていた。
「ありがとう。少し落ち着いた気がする。宮野君には、重たい話ばっかりしちゃって、正直、しんどいと思うけど。」
美咲は、そう言って、窓の方を眺めた。
俺は、美咲の言葉を否定できず、やっぱり、窓の方を見た。
「雨、止まないね。」
「止みませんね。」
止まない雨のおかげで、美咲を帰さずにすむ言い訳は、まだ、できそうだった。
「宮野君は、将来、歴史の研究を続けたりするつもりなの?」
美咲は、何冊目かの本を、また広げてページをぱらぱらと捲りながら、訊いてきた。
「普通に就職すると思います。まぁ、就職活動は頑張らないと駄目そうですが……。就職にあたって、直接役に立つような内容じゃないんで。」
今はまだ2年生であるが、あっという間だということは先輩方から既に散々聞かされている。
実際、同学年の間で、企業のインターンシップの話題が出るのは、決して稀ではない。
周りに黙ってそういう形の就職活動を開始しているやつも、いるのだ。それは、非難されるようなことではない。むしろ、本人の努力の範疇だと思う。
ただ、俺自身は、もう少し学生生活を楽しみたいし、学生時代だからこそできることを、しておきたい。それだけだ。
美咲は、医学部というある意味で特殊な学部に所属しているため、きっと、違うのだと思う。
学生でありながら、半分、いや、ひょっとしたら、もっとずっと、職場研修に近いことをしているのかもしれない。
年上で、学年も上で……。美咲との間に、それ以上に越えられない壁みたいなものを、感じざるを得なかった。
「死んじゃいそうに見えた?」
唐突に、美咲の口から洩れた言葉に、我に返る。
「1人でいたくなかったの。死にたいとは思わないけど……。思わないから、少しだけ、誰かにいて欲しかった。話さなくていいと言ってくれて、ありがとう。嬉しかった。」
“死にたいとは思わない”その言葉が聞けたことで、ずっと、重く圧しかかっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。
まだ、雨は降っていた。
アルコールが入っていたためか、さすがに少し眠くなってきた。気付くと、美咲も、うつらうつらしているようだった。
部屋の中が、少し寒い。
俺は、押し入れから毛布を出し、美咲に掛けた。
その気配で、美咲の意識が少し引き戻されたようだった。
「ありがとう。……宮野君は?」
「余分なのが無いんです。あ、車の中には入ってますけど……。」
「取りにいったら濡れちゃうよ。一緒に包まろう。」
何だか変な気分だったが、美咲の言う通り、1枚の毛布に包まって、灯りの付いた天井を見上げた。
少し体が暖まってきたのと、美咲の表情が柔らかくなっていたのを見たせいで安心感が生まれた。そのうち、眠気がさらに強くなり、目が覚めた時には、外が明るくなっていた。
雨は止んでいた。




