ゼフィリーヌドルーアンその5
特別、予定は無かった。
俺が余計なことを言わなければ、ファミレスに寄った後に、場所を移動して、路上運転にも付き合っていたはずだ。
俺の発した不用意な一言のせいで、美咲を傷つけてしまったのは確かであり、ならば、その埋め合わせのためにも、美咲の希望に沿うべきだ。
「どこに向かえばいいんですか?」
俺の問いに、美咲が返したのは、市のはずれにある霊園の名だった。
「途中でお花屋さんに寄って欲しいんだけど。」
美咲の要求は、ファミレスに入る前に比べて明らかに短い言葉になっていた。
短い言葉の後は、長い沈黙が続いた。空気が重く、そして薄いように感じられた。
俺は、車道の両端を丹念に確認し、安全走行に気を付けつつ、花屋を見つけることに集中しようとした。早く、この空気から逃れたかった。
「左側、100メートル先に、花屋があるはず。」
横から、美咲が呟いた。どうやらスマホで探したようだ。
「了解です。」
俺は、その花屋の看板を視界の隅に確認すると、ウィンカーレバーを倒した。
そして、花屋の駐車場へと車を進めた。
「行ってくるから、車内で待ってて。」
美咲は、車外へ出ると、まっすぐに店のドアへと向かって歩き出した。
俺は、力が抜けてしまい、そのままハンドルに突っ伏した。喉が渇いている。
霊園には、おそらく、美咲の伯父の墓があるのだろう。もう、それをわざわざ確かめる気になれなかった。
美咲は、いったい、どういうつもりなのか?
伯父に好意をいだいていたことを、俺に指摘され、もう取り繕う必要がなくなったからなのだろうか?
5月に亡くなったと言っていた。
5月は、バラの花咲く時期だ。
あのサンルームのバラは、間に合ったのだろうか?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
待っている時間というものは、長く感じるものである。
美咲が、花屋の店舗に入ってから、もうかなりの時間が経っているように感じられた。
スマホを取り出して見る。あと10分で夕方4時だ。
その時、左側のドアの窓がコツンと鳴った。
美咲が、花束を抱えて戻ってきていた。
ご丁寧に、ドアのロックをかけて出たらしかった。俺は、ロックを解除した。
「お待たせしました。」
美咲の抱えていた花束は全体が薄い包み紙で覆われていたが、斜めになった瞬間、中身が見えた。
鮮やかな黄色のバラだった。
「後ろの座席に置いてもいい?」
「どうぞ。」
美咲は、後ろ向きになって、花束を後部座席に降ろした。
そして、姿勢を直して助手席に座り、ドアを閉め、シートベルトを締めた。
「綺麗な色のバラですね。」
他に言いようがなかったので、そう口にした。
「……、黄色のバラの花言葉って知ってる?」
美咲は、少し間を置いてから、そう訊ねてきた。
「バラの花言葉ですか? えっと、愛情、とかですか?」
花言葉というものがあることは、さすがに知っていたが、具体的なものは、まったく分からない。が、バラのイメージからして、そんなところだろう。
しかし、何でそんなことを俺に訊ねるのか? まったく分からない。
「それは、赤いバラの花言葉だよ。」
美咲はそう言った。そして、そのまま、また黙ってしまったのだった。
道は比較的空いていて、スムーズに流れていた。霊園の名と距離を記した看板が見えるようになり、あと少しで到着するというタイミングで、美咲は再び言葉を口にした。
「黄色のバラの花言葉はね、嫉妬、薄れた愛情、なんだ。宮野君、大事な人に贈ったりしちゃ駄目だからね。」




