ゼフィリーヌドルーアンその1
來をれ、最期よ、來をるなら、來をれ、
杉の柩に埋めてくりゃれ。
絶えよ、此息、絶えるなら、絶えろ、
むごいあの兒に殺されまする。
『十二夜』シェイクスピア 作 坪内逍遥 訳 より
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俺たちは、双方のスケジュールを確認した末、最も早く遠出ができそうな日を選んだ。
美咲は1年生の時、大学の講義が終わってからの時間に市内の自動車学校、通称車校へ通い、AT限定の普通免許を取得。その後は、結局ペーパードライバーとして過ごしてきた。
車校には、ペーパードライバー向けの講習もあるらしいのだが、4年生になって講義に実習にバイトにと、平日は忙しい身となった彼女は、予約の段階で、参加が難しいと分かったという。
「正直、助かっちゃった。やっぱり時々は練習しておかないと駄目だろうな、とは思ってたんだけど……。」
「もう少ししたら、見えてくるはずです。」
俺の所有するコンパクトカーは、中古で購入したAT車だ。
免許自体は1年の時にマニュアルで取得したが、手ごろな値段の車が無く、結局、AT車を選ぶことになった。
そういうことで、約束通り、美咲の脱ペーパードライバーに付き合うことになった。
向かっている先は、山開き前の某所。さほど標高も高くはなく、登山初心者にも比較的登りやすいということで、シーズン中は週末ごとに込み合う場所だ。
毎年5月の連休前に山開きをしており、その準備を手伝う名目で、空いている駐車場を練習に使ってよいという許可を得ていた。
「とりあえず、荷物を届けてからですね。」
幸い天気も良く、登山道への入口に近い広大な駐車スペースまでの道のりは、ちょっとしたドライブを楽しめた。
美咲も、楽しそうに、外の景色を眺めたり、車校での思い出話などを話したりしていた。
「とにかくね、目の前で、即急ブレーキ。そのまま前の子の仮免試験が終了になっちゃったものだから、こっちとしては、心の準備が間に合わないって感じで……。」
「それは、やっちゃったって感じですね。大丈夫だったんですか?」
「担当の教官から『じゃ、準備して。』て言われた時、これは終わったって思ったもん。手が震えちゃった。」
「じゃ、失敗?」
「それがね、教官がいい人でね、『ゆっくりでいいよ。今日のお昼ご飯は、早めにありつけそうだから。』って。笑わせてくれたの。」
「へぇ。車校の教官って、なんだか笑わないイメージあるけど、そういうユーモアのある人もいるんですね。」
「うん。失敗しちゃった子には悪いけど、笑わせてもらって、助かった。」
やがて、見えてきた広い駐車場。
入口と書かれた表示板に従い、進路を変更する。
駐車場は、みやげ物屋と食堂の建物に近い場所に数台の車が駐車されている以外、がらんとしていた。
「すごい。ここなら、ぶつける心配もなく練習できそう。」
「エンジンをかけることができれば、ですけどね。」
「あ。宮野君って、意外にイジワルいこと言うよね。ちゃんと調べなおして来ましたよ。本当に、久しぶりに車の運転するんだから。」
美咲は、俺の茶々に膨れてみせる。年上で医学部なんてところに属しているのに、時々、かわいい反応を見せる。
俺は、自分の車を、既に駐車されている車とわずかばかり離れた場所に停めた。
エンジン音が聞こえたのか、食堂の建物から人が出てきた。本日は『休業中』である。山開きに合わせての営業再開予定で、その準備のために店長と何人かが集まっているのだった。
ゼフィリーヌドルーアン:オールドローズ(ブルボン)、1868年仏国作出。花色はピンク。
茶々:ハイブリッドティーローズ、2008年日本作出。花色は中心は黄色、外側に向かって赤茶色、さらに外弁が紫。




