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エンジェルフェイスその5

「やっぱり、美咲ちゃんは頼りになるね。」


光華が、余った蒸しパンに手を伸ばしながら、言った。


「何が?」

「だってさ、ああいう時、どうしていいのか分かんないじゃん。小さい子って難しいもん。」

「特別な事は何にもしてないけど。お家で決めたルールは尊重しないと、ってだけで。」

「先にアレルギーのこと、確認してたじゃない。私だったら、“美味しいから食べなよ”ってすぐ渡しちゃってた。」


玉子さんも、“アレルギーについては失念していた。先に、父親に確認してくれて助かった”と言った。


「結果的に、凛ちゃんは大丈夫だったけど、食べ物のアレルギーって怖いんでしょ? 大人は自分で断れるけど、小さい子は、受け取っちゃうよね。」

「まぁ、お父さん? 結構しっかりしてそうだったし、もし、アレルギーがあったら、すぐ止めてたと思うけど。」

「それでも、勝手にあげるのは、良くなかったわ。私、子供がいなかったから、そういうこと、思いもしなかった。」

「それ言ったら、玉子さんが、おやつになりそうなものを作るって言った時点で、止めとくべきだったんだけど……。」


良かれと思ってすることで、大問題になることはあり得る。食物アレルギーは、時に、命に係わる。




「美咲さんが頼りになるっていうのは、分かる気がします。」

「うわっ。何それ? 今日初めて会った人にまで言われるって……。私、別に、普通だよ。」


凛と父親が、早々に帰宅してしまったので、サンルームの作業をもう少し続けることにした俺たちは、バラの余分な新芽を摘み取りながら雑談を続けた。光華は、他のバイトの時間が迫っていたため、出かけてしまっていた。


「でも、やっぱり、違いますよ。医学部行ってる人は。」

「少なくとも学生なんて、何の役にも立たないけどね。知識だけは増えたけど。その結果得たのは、伯父の状態が絶望的だってことを瞬時に理解できたってこと、だけだった……。」


美咲は、自嘲気味に言った。そして、後ろの方をちらりと見やり、玉子さんがサンルームから出ていることを確認して続けた。


「伯父はね、私にとっては、兄みたいな存在だったの。妹である母が先に結婚していて、私が生まれた後、“親ばか”ならぬ“伯父ばか”を発揮してね、あちこちに連れていってくれたんだ。」


懐かしそうに、少し、手元の動きを緩めながら、そう言った。


「私はまだ小さかったから、覚えていないんだけど、玉子さんとの初デートにまで私を連れていったらしいの。親戚の集まりで、いつも、からかわれてた。」

「それは、ちょっと……。」

「でしょ。なのに、最後の頼みは『玉子を頼む。』だもん。それ、呪いの言葉だって。……でも、伯父は分かってて言ったんだよね、きっと。」

「……呪い、ですか。」

「お葬式の時にさ、玉子さん、わんわん泣いて……。今でも、時々、泣いてるんじゃないかな。目が赤い時あるもん。……だけど、私、看取りの瞬間も、お通夜でも、お葬式でも、まったく涙が出てこなかった。未だにね。これって十分、呪いでしょ。理系がこんなこと言ったら駄目なんだろうけど。」


俺は、何と言って返したらいいのか分からなかった。


「宮野君、光華と付き合ってるの?」


突然、話の方向が変えられて焦る。


「へ? いや、町田先輩は、俺のこと、便利としか考えてませんよ。車持ってるから。」

「車かぁ。1年の時に免許は取ったんだけど、完全にペーパードライバーになっちゃってるなぁ。」

「この辺なら、車無くてもあまり不便じゃないですからね。」

「でも、車無いと暮らしていけないところに飛ばされちゃうかもしれないんだよね。今日明日の話じゃないけど、慣れておいた方がいいのは確かなんだよなぁ。」

「練習、付き合いましょうか?」

「宮野君、いいひと、だね。」


美咲は、くすくす笑いながら、左手いっぱいになった余分な新芽を袋にあけ、次のバラの前へ移動していった。

その悪戯っぽい笑顔が、思いがけず、かわいらしく見えたのだった。

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