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エンジェルフェイスその4

「凛ちゃん、こんにちは。」

外からの音で気付いたのか、202号室から北山康太も出てきた。


「こうたおにいちゃん、こんにちは。」


凛が挨拶を返す。凛は、すっかり康太になついてしまったようだ。

そして、ぐるりと見まわし、初めての顔に気が付いた凛は、美咲の方に向かっても挨拶をした。


「こんにちは。」

「こんにちは。3階に住んでる、でんだみさき、です。はじめまして。」

「はじめまして。せとがわりん、4さいです。」


ピンクの自転車を支えながら、凛は、なるべく真っすぐな距離が取れる位置に移動していった。

周りの大人は、端に寄り、凛が自転車に跨り、スタートするのを見守る。


「パパ、いい?」

「うん。ちゃんと見てるよ。」


父親の返事に頷き、凛は真剣な表情になり、両足で地面を蹴った。自転車は、以前に比べ、揺れも目立たなくなり、スムーズに進んでいく。

スピードが緩まり、それと共にバランスが崩れそうになる手前で、両足が地面を蹴る。そして、何度も同じ動作を繰り返す。

もう、それ以上進むと生垣に達してしまう直前で、凛は足ブレーキを使い止まった。

そして、振り返って、父親の顔を探す。


「ブレーキはハンドルを握らなきゃだめだよ。」


父親から、駄目出しが出てしまった。


「あ。」


慌てて、ぎゅっとハンドルを握った、凛。


「じゃあ、反対向きに、こっちの方へ走らせてみて。」


凛は、一旦、自転車から降り、自転車を円を描くように押して方向転換させた。そして、再び跨って、父親の方に向かって、愛車を進ませた。

父親の立っている位置まで辿り着くと、今度は、足ブレーキと、両手のハンドルブレーキをかけてみせた。

周囲から拍手が起きる。


「凛ちゃん、上手。」

「ちゃんとブレーキもかけられたね。」


父親は、凛の目の高さに合わせるようにしゃがみ「上手くなったなぁ。」と褒めていた。


「じゃあ、次はペダルを付けてのれんしゅうだな。夜、取り付けようね。」

「やったぁ。」

「凛ちゃんおめでとう。」


凛は嬉しそうに、父親の顔を眺めていた。

と、その時、スマホの着信音が鳴り響いた。凛の父親のものだった。


「あ、はい。お疲れ様です。はい。え~と、そうですね。はい。それは……。」


通話の断片しか分からないが、口調からは、職場関係の連絡と思われる。

凛は、しばらく父親を見上げていたが、長々と続く通話に、諦めたように俯いてしまった。


「はい。分かりました。ええ、何とかしてみます。それでは後ほど。」


スマホを切って、ポケットに仕舞いこみながら父親は「すみません。」と周辺に頭を下げた。


「パパ。おしごと?」

「あぁ、凛。パパ、おしごとに行かないとだめになった。これから、おうちにもどって、きがえないと。凛も帰ろう。」

「えぇ~。」


凛は不満そうに声を上げた。


「凛ちゃん、ここで、れんしゅうの続きする? あの、僕たち、見てますよ。」


康太が、父親に了解を得ようと声をかけた。


「いえ。お気持ちはありがたいのですが、凛と、自転車は、親が一緒にいる時だけ乗ってよい、というルールを決めたんです。今日は、これで帰ります。慌ただしくて、すみません。」

「やだ。」

「凛。やくそくしたはずだろ。ちゃんと、あいさつして。」

「凛、かえらない。」


凛は、今にも泣きそうになっている。


「凛ちゃん。ねぇ、ペダルが付いた自転車がじゅんびできたら、また、パパかママと、おいでよ。」


美咲が、凛の近くにしゃがむようにして、覗き込みながら、言った。


「あの、アレルギーとか、大丈夫ですか? 蒸しパン作った、というか、ここの大家の玉子さんが作ったんですけど、凛ちゃんにあげてもいいですか?」


美咲は、父親に尋ねる。


「え、ああ、ありがとうございます。アレルギーはないです。凛、いただきなさい。」

「……うん。」

「その前に、手、洗おうか。あっちに水道あるから。」


美咲に、促されて凛は、自転車を父親に預け、水道で手を洗ってから、蒸しパンを受け取った。

美咲は、持っていた籠を、その場にいた大人たちにも差し出し、各自は1つずつ蒸しパンを取っていった。


「……おいし。」

「良かったね。」


蒸しパンを食べて、少し落ち着いた凛は、笑顔に戻った。そして、凛と父親は挨拶を済ませると、自宅の方へと帰っていったのだった。

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