夢その2
1階の倉庫兼作業スペースから台車を出してもらって荷物を降ろし、エレベーターで3階に上がった。
「タマちゃんちは、玄関は2階だけど、3階からも荷物が入れられるようにドアがあるの。」
伯母を“タマちゃん”呼びするのを、なおすつもりがまったくない様子の光華は、レジ袋を持って、俺を先導した。
「ありがとう。ここから入ってくださいね。」
玉子さんが、先回りして3階のドアを中から開けてくれた。
ドアの中側もコンクリの通路になっており、俺は、台車を押したまま入ることができた。
そして、さらに奥へ進むと、サンルームに繋がるガラスドアがあった。
ガラスドアの向こうには、かなり広めのサンルーム。まだ、花の咲いていない緑の植わったプランターやテラコッタ鉢がズラッと並んでおり、アーチ状の支柱は葉と蔓とで覆われていた。壁際に並んだ鉢から伸びた蔓は壁に貼り付いている。手前側のスペースには、空のプランターやテラコッタ鉢、そして、おそらく植え替えが必要な鉢が置かれてあった。
「すごいですね。」
正直、最初は、光華の言う“バラ園”というのが想像できていなかった。目の前にしてみて、確かにそれは、花の時期になれば、バラの花で埋まるのだろうと思わせる空間だった。
「とっても手のかかる子達なの。」
玉子さんは、サンルームの端の棚の方へ台車を誘導しながら言った。
棚に、園芸用の土の袋を積みなおすのを手伝い、支柱の束も収納した。光華が持って上がったレジ袋の中身も整理して入れる。
「これ、全部バラなんですか?」
「そうよ。アキトさんが、あぁ、アキトさんて亡くなった私の夫ね。そのアキトさんが置いてっちゃった子達。」
「ひょっとして、玉子さんは、バラ、あまり好きじゃないんですか?」
「そうね。だって、本当に手がかかるんだもの。もともと、アキトさんが1人で育ててたし、よく知らなかったの。入院中、水やりは私がしてたけど。」
玉子さんは、アキトさんが亡くなってから、この“バラ園”をどうするか? となった時点で、バラのことを調べたらしい。
「病気になりやすいとか、変な虫が付くとか、肥料がたくさん要るとか、剪定とかもしないと駄目とか、1年に1回、植え替えが必要とか……。面倒なこと、いっぱいだったの。」
「タマちゃん、これ全部、バラに詳しい人にあげちゃおうかって言ってたもんね。」
「そう。でもね、やっぱり無理だった。アキトさんの子達なんだもの。だからね、ちゃんと面倒みて、次にアキトさんに逢ったら、いっぱい文句を言ってやることにしたの。」
「え? 文句ですか?」
「そうよ。私、虫とか嫌いなのに、アブラムシとか……。土も肥料も重たいし。剪定したら、枝や葉っぱのゴミがたくさん出るし。それなのに、全部置いてっちゃって。1人残してって。絶対、文句を言ってやるの。」
鉢植えのバラというのは、基本的に1年に1回、植え替えが必要なのだそうだ。本当は、12月から2月までの間に済ますのがよいのだが、たくさんあり過ぎて、間に合わなかったという。
「この子達で、今年の植え替えは最後なの。」
玉子さんと光華と俺とで、途中、軽い昼食を取りつつ、バラの植え替えを何とかやり終えた時には、もう、外は真っ暗だった。
「本当に、ごめんなさいね。こんなに遅くなっちゃって。でも、助かったわ。やっぱり男の人がいてくれると違うわね。」
玉子さんは、申し訳なさそうに言ったが、こっちとしては、昼食と夕食代を含めてではあるが、ちょっとした臨時収入が得られて悪くはなかった。
「これ、花が咲くのって、いつ頃なんですか?」
「5月から6月。もし良かったら、見に来て。で、もし、その、こういうのが嫌じゃなかったら、……今後も、手伝いをお願いしたいのだけれど。」
「私からもお願い! やっぱり、力仕事になるから。あと、車持ってるのは大きいのよ。タマちゃんと私だけだと、全然間に合わないの。」
光華が、手を合わせてみせた。
俺は、大学や他の用事と重ならなければ、と返事し、帰宅の途についた。
アキト:フロリバンダ、1974年ドイツ作出。白色の中輪花。