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エンジェルフェイスその2

土曜日の朝、俺は、サンルームの手伝いに参加していた。

葉や枝、小さな蕾を目視し、アブラムシの発生や病気の兆候がないか確認するのだ。枝の分かれ目に新しい芽が出てきているが、これも多すぎると、良くない。

芽が多すぎると養分が分散してしまうし、さらに、芽が全て育ってしまうと枝が込み合い過ぎて風通しが悪くなり、病害虫が発生しやすくなる。そして、日光が十分に当たらなくなる。

複数の芽のうち、元気が良さそうな芽を残して、手で摘み取っていく。

サンルームの大量のバラに対して、作業員は、玉子さんと光華、そして、今日は予定が空いたという301号室の医学部生、伝田美咲、俺の4人だ。

どうしても、時間がかかる。


「バラって本当に大変ですよね。これ、アキトさん、1人でやってたんですか?」

「うん。私、虫とか苦手だし、ほとんど1人でやってた。葉っぱや枝を片付けた後のゴミ出しをちょっと手伝ったくらいかな? あと、入院中の水やりぐらい? ちゃんと教わっておけば良かった……。」

「アキトさん、玉子さんのこと大事にしてたから、力仕事とか、ほとんどさせなかったんでしょ。」


美咲は、アキトさんのことも知っているらしい。


「医学部って、大変そうですよね。」

「まぁ、覚えること多いからね。ただ、そういうのが苦にならないようなのが集まってるんだけど。入試の時点で。」

「優秀な人しかいないってことですか?」

「違うって。暗記が得意、物を覚えるのが苦にならない、詰込みで潰れないっていうだけ。よその学部の人たち、なんか勘違いしてるようだけど、医学部って、少しもアカデミックじゃないのよ。」

「どういうことですか?」

「う~ん、なんて言ったらいいのかな? そうだ、医学部って卒論も卒業研究も無いって知ってる?」

「え? 卒論無いんですか?」

「無いよ。医学部ってね、大学に属してはいるけど、実質、専門学校なの。職業訓練校だね。」

「はぁ。」

「まぁ、1年次だけは教養課程って名目で、ちょこっとだけ大学生気分が味わえるんだけど。それ以上の学年だとね、“考えるな。覚えろ!”なの。」

「でも、医学部って研究もやってますよね?」

「それは院ね。医学部でアカデミックな雰囲気を楽しみたかったら、まずは、卒試、卒業試験を突破して、国試も突破して、医師免取って、院に上がれ! 話はそれからだ! って感じ。」

「なんか、……大変だってことは分かりました。」

「あはは。まぁ、卒論無いっていうのは、私も入学してから知ったんだけどね。うちの学部だけ、大学入試が終わっても、詰込み暗記し続けなきゃいけないって事実に、ちょっと愕然としたもん。」

「将来は何科とか、決めてるんですか?」

「全然。結局、何科の医者になろうと、例え医者にならなくっても、卒業するには、全部の科のこと、やんなきゃいけないし。」

「医者にならないっていう選択肢もあるんですか?」

「医者の定義にもよるけど。それこそ研究の方に行っちゃうと、所謂お医者さん? 診療の現場に立つことは、ほぼ、無いから。バイトはするかな? それに、医師免持ってても、医者の仕事しないっていう人はいるよ。途中で辞める人もね。手塚治虫とか渡辺淳一とか、知らない?」


美咲は、ショートカットに軽めのメイク、耳に小さなピアスを付けていた。細かい模様が組み込まれたブルーのマルチストライプ柄のシャツにジーンズ、スニーカーという服装だが、ファストファッションのものではなさそうだった。

光華や俺と、同じ大学に通い、年齢もそう変わらないはずなのに、どこか、全然違うタイプの人間に感じられた。


「お家、病院だったりするんですか?」

「いんや。父は整形外科医だけどね。勤務医。」

「じゃ、やっぱり、同じ科とか?」

「関係ないよ。父は父、私は私。まぁ、学費は払ってもらってる立場だけど。」


喋りつつ、両手で手際よく余分な芽を摘み取り、目では、葉の裏まで、しっかりチェックして、どんどん作業を進めていく様は、このサンルームの持ち主である玉子さんよりも、慣れた感じに見えた。

美咲:シュラブローズ、2002年日本作出。花色は淡桃色。

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