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パフュームデライトその7

花見小路教授の話では、理学部の4階の某研究室から、ノートパソコンが1台、データの入ったUSBメモリーが複数、紛失した。その内容に個人情報が入っていたらしく、大学本部からも人が来て、話を聞かれたという。

俺が3階の花見小路教授の研究室を訪問した日、4階の研究室の一部では、セキュリティが止められていたらしい。


「フリーザーが故障して、業者が入ってたんだ。作業の出入りで一々、セキュリティを切るのが面倒だったみたいでね。ただ、そのことは、当事者たちしか知らなかったんだよね。」

「セキュリティが切られていた部屋から、盗まれたってことですか?」

「そうなんだ。ただ、業者と教員、普段から出入りしている学生以外には、4階に出入りした形跡が無いらしくてね。」

「それは、ちょっと嫌ですね。」

「まぁ、宮野君に関しては、問題ないことが証明されてるから。大社たいしゃさんも堀田さんも、心配いらないよ。幸いにも、うちの研究室は被害に遭わなかったし。」


ワカナの上司、大社は、引き続きの協力を依頼していた。と同時に、ワカナが関係者以外に資料を託したことが社内の規則違反となったことを説明し、結果的に担当を外さざるを得なく(・・・・・・・・)なった、と言った。

花見小路教授は残念そうだったが、それ以上強くは言わなかった。ワカナは、その間ずっと俯いていた。

そして、大社が一通り話し終わると、2人揃って深々と頭を下げた。


「「お手間を取らせてしまい申し訳ございません。」」


俺は、ふと気になったことを口にした。


「あの、サンプルはどうしますか? 本来だったら、いただけるものではないですよね。ちょっと使っちゃいましたが……。」

「あ、あれはそのまま使って、感想文提出で。4階の子たちは、当分それどころじゃなさそうだしな。」

「4階の子たち?」

「あのサンプル、4階の学生たちにも渡してたんだ。ちょうど、午前中に届いたものだから。」

「あぁ、それで。三毳みかもさんも、さっそく使ってたみたいですしね。」

「三毳君? おかしいな、三毳君には渡せてないんだが……。」

「でも、帰りのエレベーター内で、同じ香りがしましたよ。三毳さんから。」


花見小路教授は押し黙ってしまい、何か考えているようだった。




5日後、三毳の逮捕が報道された。地方ニュースのトップではあったので、それなりに騒ぎとなり、俺のもとにも実家や親戚から電話がかかってきた。


「同じ大学だからって、文学部には関係ないんだけどなぁ。」

「だよねぇ。うちも実家から電話が来た。おまけに、タマちゃんのところにまで電話してきたんだよ。」


まぁ、俺自身は、まったく関係ない、とは言えないんだが……。




後日、サンプルの感想文を提出しに行った時、花見小路教授は、かなり疲れている様子だった。


三毳は、サンプルを渡されていなかった。

午前中にサンプルが届けられていたが、届けられた時、3階にはいなかった。

そして、花見小路教授が4階の学生にサンプルを渡しにいった時も、その場にはいなかった。

あのエレベーターのところで、花見小路教授と会ったが、そのまま下の階へ降りてしまい、その日はそのまま研究室には戻ってこなかった。

そして翌日以降、ずっと大学を休んでいた。


「4階の学生に確認したんだ。学生同士でやり取りした可能性もあったから。しかし、それはなかった。」


ただし、サンプルをもらった学生の1人が、もらった直後に使っていた。ノートパソコンのすぐそばで。

ノートパソコンにもサンプルが噴霧された形になり、香りが付いた。

業者の作業の関係でセキュリティが止められたあと、僅かな隙に三毳が侵入し、鞄にその香りの付いたパソコン、その他を入れて運び出した。

そして、エレベーターで下に降りる途中で……。


「三毳君は、4階の研究室の器具を借りたりしてたから、業者が入ること、その間だけセキュリティが止まることを事前に知っていたようなんだ。」


なぜ、そんなことをしたのかは分からないという。魔が差したのかもしれない、と小さく呟く声が聞こえた。




その後も、サンルームの中では、アブラムシは見つからずにすんでいる。


「だいぶ臭わなくなったわ。」


玉子さんは、重曹水を通路に振り撒きながら言った。


「今度、アブラムシが見つかった時は、1階まで降ろして、外でやりましょう。それか、テントウムシを導入するか……。」

「テントウムシもちょっと……。」

「テントウムシ、駄目ですか?」

「裏側が……。」


う、裏側って。


「勝手なこと言ってるのは、分かってる。でも、苦手なのよ。テントウムシ、子供の頃は平気だったんだけど。」

「分かる! 子供の頃は、カエルとか、ダンゴムシとか、結構平気で触れてたもん。今は、無理~、だけど。ところで、ねぇ、宮野君。何か、いい匂いしてるけど……。」

「ははは。牛乳の臭いは、ちょっと勘弁なんで……。」


あと2か月くらいしたら、このサンルーム内は、バラの花の匂いに包まれるのだろう。

タイシャ:ハイブリッドティーローズ、1989年米国作出。花色はライラックピンク。

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