パフュームデライトその6
午前中の考古学概論。貴船教授は、あいかわらず脱線しまくっていた。
年齢的には、もうすぐ定年のはずだが、長年の発掘調査をこなしているだけあって体力はあるらしく、声もよく通る。
話は結構面白いのだが、どことなく、つかみどころがない。
唐突に、昨日の話になった。
「あ、そうだ。昨日、理学部で盗難事件があった。まぁ、大学構内はいろんな人が出入りするところだから、君たちも注意するように。貴重品の管理は大事だぞ。」
昨日? 訪問した時点では、特にそんな話は出なかったよな。
大学の先輩である町田光華からメールが届いたのは、講義が終わった少し後だった。
“203号室の堀田さんに宮野君の連絡先を教えて欲しいって頼まれた。メアド教えてよい?”という内容。
あ、例の感想文のこともあるし、メアドは交換しとけばよかったな。
俺は、“OK”とだけ入れて返信した。
ほどなくして、メールが入った。件名は“昨日の理学部での盗難事件について”、ワカナからだった。
何か嫌な予感がする。
メールを確認すると、盗難事件に関連して、ワカナの会社の方に問い合わせがあり、花見小路教授のところに俺が封筒を届けたことが知れてしまった。
ワカナの顔見知りで大学の後輩、さらには、現役の学生ということで俺に依頼したが、会社としては、関係者でない人間に重要な資料を委ねたことで、問題になったようだ。
さらに、その花見小路教授の研究室のある建物で、盗難事件が起きたこともあって、警察からも協力を求められているという。
うわっ、俺、ひょっとして容疑者扱い?
慌てて、ワカナにメールを返信した。
そして、とりあえず、理学部に向かうことになった。
「ごめんなさいね、宮野君。巻き込んでしまって。」
ワカナは会社の上司と一緒だった。
「俺も、……いや、えと、私も軽く考えすぎてました。すみませんでした。」
「僕は、堀田の事情を、一応知っているのでね。母校なら、そういうこともあり得るってことを、もう少し考慮すべきだったよ。ただ、会社のほとんどの人間は、その辺、知らないからな……。」
「あの、堀田さん、大丈夫なんですか?」
「そのことなんだけど、“堀田が体調を崩して、近くまでは行ったが、研究室には訪問できそうもなかった。アポの時間も迫っていたので、焦って、たまたま同大学の知り合いを見つけたことで、封筒を預けてしまった”ってことになってるんだ。きちんと教授に資料は届けられているし、まぁ、始末書は書いてもらわないとなんだが……。」
「そうですか。良かった。」
「いや、ところで、疑うようで悪いんだけど、宮野君、盗難事件には、本当に関与していないんだよね。」
「してません。大体、建物に入ってすぐに研究室へ向かってますし、研究室では秘書さんと教授本人と会ってるんです。それに、面会が終わった後は、教授がエレベーターの前まで送ってくださってますし、エレベーターの中では三毳さんという学生と一緒でした。エレベーターを降りたらすぐに出口へ向かってますし、監視カメラの時刻でも、証明されると思います。」
理学部に来ていた警察の関係者にも、同じ説明をした。
実際、現場となった4階には行っていないし、エレベーター内や建物の出入り口付近の監視カメラでも、それは証明されていた。
「今度からは、ちゃんと相談してくれよ。まぁ、ただ、こういうことになった以上、花見小路教授に会わないわけにはいかなくなったわけだが、大丈夫か? 堀田。」
「はい。」
貴船:ハイブリッドティーローズ、1985年日本作出。花色は赤。




