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3話 聖女と悪女と悪だくみ


 目の前の聖女――サーリァは、森の奥の神聖な泉のような水色の長い髪をゆるく束ね、白の修道服に身を包んでいる。そしてまっすぐ目を見るのもためらうほどの美貌で……自然、ダンの目線は顎の下……つまり胸部へと下がっていく。


「ええと、命を救う……とは?」

「はい、ずばりコレです」


 そう言って、サーリァはでかいおっぱいの前に掲げたレシピ本をズイっと突き出す。


「ここに載っているヘルシー料理でダン様の血糖値を正常まで下げるのが、わたくしの使命なのです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! え、あんた聖女だよな?? さすらいの料理人とかではなく???」

「はい、聖女です。神聖魔法を使わせたらわたくし大したものですのよ」

「それがなんで料理なんか???」

「では、経緯を説明いたしますので――とりあえず、中に入れてくださいませんか?」


「断る」


 そう言ったのはミリアだ。

 ダンの太い脚の後ろに隠れ、服をぎゅっと掴んでいる。


「みりあは人見知りなのじゃ。知らない人が家に入るのは嫌じゃ」

「こら、ミリア。そんなこといきなり言っちゃダメだろうが」

「ダンのばか。おっぱいに目がくらんで知らない人を家に上げて、実は盗賊だったらどうするんじゃ」

「なっ、お、俺は別におっぱいなんか見てないぞっ!」


 慌ててサーリァを見ると、料理本でぎゅっと胸を隠して顔を赤くしている。


「ああっ、ご、誤解だ! 俺はそんなスケベ野郎じゃねぇ! ――ああもう、ミリアはあっちで本でも読んでろ!」

「ふんっ、ダンのばかっ」

「あいてっ」


 ミリアにがぶっと脚を噛まれた。たっぷりついた肉が防御してくれたが、ドラゴン族の牙は痛い。




 ダンはサーリァを家の中に招き入れる。

 テーブルに座らせ、なにかもてなすものを出そうとしたが――水しかない。

 キッチンに立ち、二郎ラーメンのスープが入っている鍋を見て、これ出そうかなと思うが、さすがに無いなと正気の判断を下し、きょろきょろ辺りを見回す。

 そういえば、棚の中にミリアのとっておきの紅茶が隠してあるな。……後で怒られるかもだが、まぁいいかとそれを淹れる。


「どうぞどうぞ、くつろいで。これ、紅茶っす」

「まぁ、とてもいい香り」


 テーブルに紅茶の入ったマグカップを置くと、サーリァがぱっと花が綻ぶように笑った。

 だが、マグカップを手に取るも、飲まずに固まってしまう――恨みがましい視線を感じて。

 視線の主は部屋の隅でうずくまっているミリアである。


「……それ、みりあの紅茶。勝手に使うなんてひどい」

「あーもう、拗ねんなって、めんどくせぇな! ほら、こっち来い」

「ダンがあっち行けって言ったんじゃろ」

「いいから、ほれ」


 椅子に座ったダンが膝を叩くと、ミリアはたたたっと走ってきてそこに飛びのった。

 むっちむちの膝の上でミリアの身体がワンバウンドする。

 縦にも横にも大きいダンの身体に寄りかかったミリアは、まだ怒ってるような顔を保ちつつも明らかに機嫌がなおっている。


「あの……貴方様はドラゴン族のミリア様ですか……?」


 おそるおそるといった様子でサーリァが尋ねる。


「おまえ、みりあを知っているのか?」

「ええ、もちろんです! ドラゴン族で古代魔法の使い手、ダン様とともにこの国の危機を救ってくださった救世主様――わたくし、とっても尊敬しておりますのよ!」


 頬を上気させて熱く語るサーリァ。

 とたんに、ミリアの大きな目が輝いてドラゴン特有の縦の瞳孔が開く。


「ちょっと待ってろ。みりあのクッキーを持ってきてやる」


 そう言ってミリアはダンの膝から飛び降り、たたたっとキッチンに向かった。

 ぴょんぴょん小さなしっぽがはねるその後ろ姿を見て、ダンは苦笑する。


「ゲンキンなヤツめ……」

「英雄騎士のダン様とドラゴン族のミリア様は同志であるというのは知っていましたが、お住まいも一緒なんですね」

「ああ。まぁ、腐れ縁みたいなもんだ。それで、本題に入りたいんだが――」


 サーリァと向かい合って座るダンは、テーブルに置かれたレシピ本を見る。


「俺にメシを作りたいっつーのは、これまたなんで?」

「――ダン様。先日、冒険者協会を追放されたでしょう」

「ああ、もう噂が回ってんのか……」


 苦い記憶がよみがえる。ダンは身体もデカいし態度もふてぶてしいが、こう見えてガラスのハートなのだ。


「ダン様の追放が不当なものだとはみんな知っています。ですが冒険者協会はもはやキッシャー様の思うがまま。あの方のやり方は極悪非道、悪辣で……とうてい勇者にはふさわしくありません」


 サーリァは暗い表情になる。


「ダン様を追放したキッシャー様はいまや国一番の剣士。じき北の魔王討伐の旅に出るとおっしゃっています。そして、その際わたくしに……その……聖女兼、伽役として同行しろ、と」

「と、とぎ……」


 サーリァは泣きそうな顔で俯く。


「魔王討伐は我が国の悲願。教会側はわたくしを差し出す気でいます。だから、だから――ダン様に剣士としてのお力を取り戻し、冒険者協会に復帰していただきたいのです!」

「……うーん、話はわかったけどさ……なんで俺?」

「ダン様は英雄剣士、キッシャー様をしのぐ実力をお持ちです。それに性格も……お優しいでしょう?」

「そ、そうだっけ……?」


 ダンはサーリァとは初対面だ。当然、優しくした覚えなどない。

 それにダンは190センチの体躯で巨剣を振り回す剣士だ。女性からしたら乱暴そうに映るだろう。

 さらに今は二郎のせいでめちゃくちゃ太り――キッシャーの言うとおり醜い豚野郎である。サーリァに面と向かって称賛されても、照れるどころか困惑するばかりだ。


 そんなダンに、サーリァはさらにぐいぐい迫ってくる。


「ですがダン様の身体はいまや「ジロウ」に侵され、瀕死の状態。ですからわたくしが微力ながらお手伝いをして、英雄剣士にふさわしい体型に戻っていただきたいとこうしてレシピ本を持ってまいった次第です!」

「は、はぁ……」


「ダン、いい機会じゃ。この聖女にダイエットさせてもらえ。いい加減肥えすぎだぞ」

「ミリア」


 秘蔵のクッキー缶を抱えてキッチンから戻ってきたミリアが言う。


「みりあもそろそろ低級魔獣狩りに飽きていた。また冒険しないと退屈で死にそうじゃ」

「うーん……」


 ダンはサーリァを見る。

 優しげな水色の瞳が縋るようにダンを見つめている。清楚な白の修道服をまとった細い――けれど一部分は豊満な身体は、不安そうに竦められている。

 この美貌、この身体。これがあの最悪人間・キッシャーに凌辱されてしまうのは……大変よろしくない。

 ダンはため息をついて言った。


「わかったよ。じゃあさっそく一品作ってみてくれ」


 そうして食卓に出てきた「大根おろしソースの豆腐ハンバーグ」を食べてダンは一言。


「う、美味くねぇ……」


 絶望したように呟いた。




☆☆☆☆




 一方その頃。

 首都オッカムにあるキッシャーの豪邸の門を、一人の妖艶な美女がくぐる。


(一介の剣士がこんな豪邸を手に入れるなんて、どれだけ悪いことをしたのかしらねぇ)


 美女の名はアザレア――ダンに二郎を教えた女性である。

 今日はその爆乳をきちんと黒いマントの中にしまい、露出しているのは真っ白の肌に赤い紅をひいた美しい顔だけだ。


 豪邸の中に入ると、すぐに執事にキッシャーの部屋へ案内された。

 部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドから、乱れたバスローブ姿のキッシャーが現れる。


「ごめんなさい、お楽しみの邪魔をしてしまいましたかしら」

「いいや。もう終わったから気にするな」


 天蓋付きベッドの中に、三人の女の影が見える。

 ダンを追い出し国一番の剣士の名誉を手に入れ、金をばらまき放蕩の限りを尽くしているらしい。


「それにしても、キミは本当に凄腕なんだな。ダンはすっかり骨抜きのようだ」

「ふふふ。わたくし、料金に見合うお仕事はきっちりする主義なんですの」


 そう。ダンに二郎ラーメンを教えたこの女。

 実はキッシャーに依頼を受けていたのだ。

 アザレアは錬金術師。そして依頼を受ければ色仕掛けから殺しまで何でもやる、闇社会では知る人ぞ知る存在である。


「だが、あの屈強だったダンをあそこまで肥えさせるとは……毒薬でも使ったのか? 噂では「ジロウ」とかなんとか…」

「ふふふ、それは企業秘密です」

「てっきり君はそのカラダで男を惑わせるのだと思っていたが……」


 キッシャーがいやらしい視線を、黒いマントに隠れても明らかにバカデカいアザレアの胸に向ける。


「二郎はね、私の身体よりある意味魅力的なんですのよ――貴方も試してみますか?」

「いや、遠慮しておくよ。私は豚にはなりたくないんでね」


 キッシャーはテーブルに置いてあったワイングラスを手にし、それを一息に飲み干す。そしてクククと悪どく口許を釣り上げた。


「ダンを蹴落とし、私はあと一歩でこの国を……いやこの世界を手に入れられる。あとはあの聖女サーリァを我がものにすれば……」

「あら、その少女になにかあるんですの?」

「ふふふ。彼女の中には『秘法』が眠っているのだよ――」


 キッシャーの蛇のような目は、歪んだ欲望に染まっていた。






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