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第9話 魔王グリムベイル


「さて私たちについてきてもらおうか」


 桐生光佑きりゅうこうすけは剣士の転生者との戦闘後、魔王と名乗る少女グリムベイルに問答無用で命令された。


「拒否権はあるよね?」


「当然あるとも。包囲されているとはいえ転生者ヤカを正面から破った身。スライムを叩き潰すよりも簡単だろうさ」


 今の光佑にはそんな力などない。仮に転生者以外には無力だとバレた場合、殺されてしまうかもしれない。


「まあいきなりついて来いと言われてはい行きますという馬鹿はいないか」


 ちらりとグリムベイルは意識を失っている鬼子姫きしきに視線を送った。


「だが貴様は来るしかない。その女は見た所、血をかなり流している。私の城に来なければ手遅れになるぞ。大人しく来るなら治療してやってもいい」


「えっ──」


 光佑は魔族の長ともいうべき存在が人の身を案じていることに驚いた。


 だがその言葉は光佑を罠に嵌める嘘であるかもしれない。何より目的がわからないからだ。


「近くで戦闘を見ていたがその女のレベルなら余裕で治癒魔法は使えそうなはずなのにな。何か魔法を忘れるくらい大事なことがあったのか」


 鬼子姫は傷を負ったあとに一時的に意識を取り戻していた。なぜあの時に魔法を使わなかったのかは考えなくとも分かる。


 初めて人を殺してしまった後悔と重責は光佑を圧し潰すほどだった。


 それを鬼子姫は分かっていたのだろう。だから光佑の手を握り、安心させようとしたのだ。


 身から出た錆かもしれないが自分の身よりも光佑を優先したのは事実であり、そこを無下にはしたくなかった。


 砂煙で薄汚れた手のひらを見つめる。もう震えは止まっていた。


 鬼子姫が助かる可能性がそこにしかないというのならついていくしか道はない。


「この人をよろしく頼みます」


「そう来なくては! よーし、皆の者撤収だ! そこな女の応急手当が終わり次第出発する!」


 グリムベイルが周囲の魔物に指示をだすと、張り詰めていた空気が緩み、各々が帰還のための仕度をする。


 首から毒虫のような手足が生えていたり、固い鱗に全身が覆われていたりとどれもが人間とは異なる異形の者であり、魔と呼ぶに相応しい様相だ。


 そんな者たちの根城に向かうと思うと光佑は無性に不安になった。


「あっそこに落ちてる剣もってってー」


 しかしそんな光佑の気も知らず、魔王はあまりにも軽い調子で部下に声を掛けている。


(……意外と平気なのかも)


 鬼子姫の手当もしっかりと行なっているようで傷口に苔色の液体を塗布し、包帯の上から魔法らしきものをかけている。


 聞けばどうやら固定の魔法を部分的に使い、止血を行っているのだとか。


「こうしておけばしばらくは大丈夫だ。大変だったな坊主」


 そういって蜥蜴とかげの顔をした魔物が笑ってポンと光佑の背中を叩く。


 傷はスキルのせいかもう塞がっていたが、鱗がゴツゴツしていて金属で叩かれているようで痛かった。


「君は医者なの?」


「おうよ。っても大したことはできないけどな。他の奴らよりもほんの少し頭に血が上りにくいから任されているだけよ。この鱗じゃ体温が上がりにくいからかね」


 ドンと蜥蜴男とかげおとこは鎧に包まれた胸板を叩く。体格に関して言えば自分の倍以上あり、どう見ても戦闘要員にしか見えない。


 しかし彼の処置のお陰で心なしか鬼子姫の顔色がよくなったような気がした。


「君がいてくれてよかった」


「ありがとよ。お前こそ、あの男をやっちまうなんて大したモンだがな」


 蜥蜴男とかげおとこの発言に光佑の顔が陰り、それに気づくこともなく話を続ける。


「どんなに硬い鎧を着ていても真っ二つにしちまうし、どんなに遠くにいても斬ってくるからどんなに自信があっても挑む奴なんていなかったさ。それこそアレに剣で勝てる奴なんてヒイラギくらいしかいないんじゃないかね」


「ヒイラギ?」


 ヒイラギとは日本でも聞いたことのある名だ。


 もしかしたら同じ転生者がいるのかもしれないと光佑は尋ねる。


「ほらそこでサボってる……ってやばい、坊主そいつ押さえとけ!」


 突然、蜥蜴男とかげおとこは声を張り上げた。何事かと思い彼をみると前方に指をさしている。


 そこにはグリムベイルと白を基調としたレースの服に身を包んだ可愛らしい少女がいた。


「よし、あとは頼んだぞクラクラ」


 魔王の言葉に頷き、少女の全身が発光する。どんどんとその光量は増していき、それに合わせて激しい突風が吹き荒れた。


 何かにしがみついていなければ空の彼方へ吹き飛んでしまうと錯覚するほどの風圧で光佑は必死に鬼子姫を押さえて耐えた。


 しばらくして暴風が収まり、立ち上がった際に驚いた。


 枝分かれした角が生えたわにの頭に大蛇のような体躯たいく。その全長は三十メートルをゆうに超えている。


 バサバサと巨大な翼を振りたてて降り立ったのは竜と思わしきモンスター。


「ド、ドラゴン!?」


「貴様らは私とともにこの子の背に乗って帰還する。自家用ジェットというやつだな」


 ふふんと得意げなグリムベイルに先導され、光佑は鬼子姫を抱きかかえたまま、竜の背にしがみつく。


 魔王と側近であろう剣を腰にさした騎士以外の魔物は徒歩で帰るらしく、空を飛ぶ竜に向けて手を振っている。


 竜はそれに応えるように大空に火炎を吐いた。


「こら、鱗が熱くなるから火を吐くのはやめなさい」


 すぐさまグリムベイルにたしなめられ、どこかしょんぼりする竜に怖い気はしなかった。


 キラキラと朝日が昇る空をゆっくりと駆ける竜背は風が身体に透き通るように流れていき、どことなく気持ちが晴れやかになる。


 どことなく鬼子姫の寝顔も穏やかに見え、光佑はほっとした。


「大事か? そいつは」


 心配で鬼子姫の髪をかき分けて覗いた光佑に前から声がかかる。


「まだ知り合ったばかりだけど、きっとね」


「長年の付き合いを一飛びで超える鮮烈な出会いというのはたまにある。神さまの思し召しというやつなのかね」


「魔王さまは神さまなんて信じてないよね」


「違いない」


 騎士の一言にはっはと笑うグリム。


(神さまここにいるけどねー!)


 心の中でツッコミを入れる光佑の目線がぼやける。あれと思い目を擦ると目の前にバカ高いいくつかの円筒と外壁が突如として現れた。


「え!? さっきまで何もなかったのに!」


「ふふっ外敵がなにかと多いんでね。城の周辺には結界をはっているんだよ」


 グリムベイルはない胸をはった。竜は外壁を超えて緑々と生茂る芝生の上に降り立つ。


 どうやら二重に城壁を構えているようで目の前にもう一つの石造りの城壁がそびえ立っている。


 全員が降りると竜はくたびれたというように身体を振るって猫みたく丸くなって眠った。


「こいつはまったく行儀が悪いなあ……」


 グリムは呆れたようにぽりぽりと頭を掻くと光佑たちに向き直る。


「まあいい転生者《別世界の者たち》よ。我が魔王城へようこそ」


 *


 桐生光佑きりゅうこうすけはすぐさま鬼子姫きしきを魔王の誇る医療機関へと託した。


 その後光佑は客人として魔王城に迎えられ、生前でも食すことはなかったであろう豪勢な食事の上に、貸し切りの大浴場にも入って傷ついた身体を癒した。


 そして現在、光佑は魔王のいる謁見えっけんの間へと来ている。


 黄金色で彩られた壁面が目が眩むほどの煌びやかさを発している。


 ダンスパーティでも開けそうなほどの大きさの広間の最奥、大理石の階段を上った壇上にはこれもまた金色の光を放つ、黄金の椅子が存在感を発していた。


 グリムベイルはその椅子に肘をついて座っている。どうにも小柄な少女の体格にまるで合っていないようで足すら地面についていない。


 光佑にはファミレスなどでやたら脚の長いハイチェアに座っている小さい子供を連想させた。


 部屋の中は二人だけだ。


 グリムベイルは光佑の気配に気づくと来たかといって艶やかな銀髪をかきあげた。蒼玉の髪飾りが強調されて綺麗だ。


(…………)


 ぐっと光佑は生唾を呑み込んだ。


 こうしてまじまじと見つめるとグリムベイルは絶世の美少女と呼ぶに謙遜がないほどに顔が整っている。


 元の世界とこの世界の人を集めても敵う者などいないくらいには感じさせた。


 それゆえに言葉を失うのも致し方ないことである。代わりに沈黙を破るようにグリムベイルが口を開く。


「ここは部下が前の魔王の玉座を参考に作った部屋だが自己顕示欲をひけらかしているようで私は好かない。なによりサイズが合わん。私が座ると椅子に座らせられているようにしか見えなくてな。もっとも目の前で私を見て笑った輩はぶち殺してやってるが」


 笑わなくてよかったと光佑は思った。


「鬼子姫さまの容体は?」


「安心しろ、問題ない。あの転生者ヤカが魔剣を使いこなせてなくて助かったな」


「かなり強かったと思うけど」


「あいつの使っていた剣はオーディビルという私の父が使っていた双剣の片割れだ。刀身に触れただけで魂を滅するほどの力を秘めている。真に力を解放できていたら君たちはもうこの世にいないだろう」


「あの剣にそんな力があったんだ」


「ずっと前に盗まれた物だったんだが貴様がやつを倒してくれたおかげで助かったよ」


 言い終えた後、グリムベイルは値踏みするようにじっと光佑を見つめ、本題を切り出した。


「ここに貴様を呼び出したのはある転生者ヤカを始末してほしいからだ」


「始末って……」


 いきなり物騒な言葉が聞こえ、光佑は身構える。


「文字通り殺してくれという意味だ。そいつはこの場所を嗅ぎつけていてね。野放しにしておくといつかこの城が襲撃される恐れがある」


「……悪いけど俺に人は殺せない」


「そうはいうがさっきはきっちり殺してたじゃないか」


「あれはっ! ……それしか方法がなかったんだ」


「貴様に拒否権はない。少なくともあの女を生かしたいのならな」


「鬼子姫さまを人質にする気か!」


「私が善良な魔物だと思ったか? 狭量きょうりょうな勘違いだな」


(魔物を守るために人を殺す……そんなこと俺にできるのか!?)


 生命を終わらせてしまった後悔を思い出す。もう二度とあんな思いはごめんだと光佑は思う。


 そうなれば選択肢は一つ。


赫刃合装かくじんがっそう


 呪文で呼び出した剣が光佑の手に握られる。


 そのまま光佑は一瞬にして座しているグリムの首元に剣の切っ先を当てた。


 光佑の特攻スキルによる身体能力増幅の賜物である。


「鬼子姫さまを解放してくれ。そうすれば何もしない」


「それが貴様の力か、面白い」


「冗談を言ってるんじゃないんだぞ!」


 スキルの力が転生者ヤカ以外には通用しない以上、はったりで鬼子姫を解放させるように誘導させるしか光佑に選択肢はない。


 頭が痛くなるほどの博打行為だがスキルによる身体強化の高揚感がそれを緩和してくれた。


「やれやれずっとこうしてるつもりか? 意味のない脅しはただ相手を怒らせるだけだと理解するといい」


 グリムベイルは溜息をついた後、とんと椅子を蹴って前に跳んだ。


 しかし魔王は着地することはなくどんどん天井へと上昇していく。


「ちょいと仕置きが必要だな」


 グリムベイルが両手を広げると背中からどす黒い何かが濁流のごとく吹き荒れた。


 辛うじて黒い翼に見えるそれの中心には虹色の巨大な目玉がぎらりと光っている。


 部屋全体を黒く染め上げるほどの魔力の奔流が両翼の双眸そうぼうへと流れていく。


 あの魔力の塊に当たれば死は免れないと光佑は直感で理解した。そして自分が死ねば鬼子姫も同じ末路を辿ることとなるだろうと。


 柄を持つ手が汗で滲む。一撃でも当たってしまえば即死という絶望的な戦いが始まろうとしていた。


「陛下はいま謁見中えっけんちゅうです。入ってはいけません! きゃあっ!」


 ドンと謁見えっけんの間の扉が開け放たれ二人の視線が向く。


 その正体は他の誰でもない鬼子姫だった。ぜえぜえと息を切らしながら剣の切っ先をグリムベイルに向けている。


「鬼子姫さま!」


「ええー? なんでここにいるんだこいつ。魔法を撃てないように首枷をつけたろ」


「そのはずですが警備の者が持っていた装備を奪われたようで」


 グリムベイルの疑問を鬼子姫を追って慌てて入ってきた牛の角状のものが生えた女性が答え、呆れたように魔王は肩を竦めた。


「被害は?」


「警備にあたっていたものが五名、付近を歩いていたクラクラが一名、いずれも気絶して医務室に運ばれています」


「ならばよし」


 グリムベイルは地面に降りたち、鬼子姫の剣が届く範囲まで接近する。


「やあああ!」


 神速の突き。しかし鬼子姫の攻撃はいとも簡単にグリムベイルに受け止められた。


「剣の心得があるようだな」


 ぎゅっとグリムベイルが逆の拳を握ると鬼子姫に付けられた魔力抑制の首輪が粉々になった。


 女神の身体から封じ込められていた魔力が躍り出る。


「どういうつもりですか?」


「いや少し質問をしたくてな。なぜ私の仲間を殺さない?」


「無益な殺生はいたしません。ワタシさまは女神ですから」


「女神! 女神と来たかっ!」


 くははははとグリムベイルは身体全体を震わせて、品のない三文悪役のような笑い声をあげている。


「何が可笑しいのですか」


「いや大体の転生者ヤカは上から目線の奴ばかりだが自らを神などとのたまう輩にあったのは初めてででなあ」


「その様子ではかなり転生者ヤカについて詳しいようですね」


「ああ知っているぞ。転生者ヤカの正体が別世界の人間という種族だということも、スキルと呼ばれる天賦の力を有していることもな」


 この世界で光佑が出会った者たちはみな転生者ヤカを忌むべき者として見ていただけだったが、グリムは転生者ヤカの内情を何故か詳しく知っているようだった。


「詳しくもなる。何せ父さまは転生者ヤカによって命を落としたのだからな」


「えっ」


「先代の魔王は世界を暗黒に落とし、すべてを掌握せしめようと侵略活動をしていました。しかし魔王は最古の転生者ヤカである六人の勇者の手によって討伐されたのです」


 鬼子姫は困惑する光佑に向けて軽い説明をした。


 勇者と呼ばれる人物がいることも驚きだが魔王というゲームに出てきそうな存在がいて、それも既に討伐されているとは衝撃だらけである。


 だが魔王といえど目の前の少女にとっては一人の父親だ。


 家族を殺されたとなっては転生者への恨みは根深い物なのかもしれない。


「それじゃあ俺への頼みは転生者ヤカへの復讐ってこと?」


 自身もその一人である光佑は身構えるように剣を強く握る。


「父さまは殺されるだけのことをしてきた。いまさら私がどうこういうつもりもない。ましてや貴様らには関係のないことだしな。私はただこの城を侵略者から守るために力を貸してもらいたいだけだよ」


「つまり貴方はその転生者ヤカをどうにかしたいんですね」


 ああとグリムベイルは頷く。


 そして「やります」と鬼子姫は即答した。


「ちょっと、鬼子姫さま!」


「光佑さんは休んでいて下さい。ワタシさまがやりますから」


「今の鬼子姫さまを戦わせるわけにはいかないし、人殺しもさせないって」


 剣士と戦った時の傷は表面上は治っているように見えるが鬼子姫の額から流れ出る汗は痛みに耐えていることの証拠だ。


 そんな状態の彼女を戦場に送り出すにはいかないと光佑は説得する。


 二人で言い合いをしていると謁見えっけんの間の扉を勢いよく開け放って何者かが飛び込んできた。


「グリム! こっちに脱走者が!」


 人形のように精巧に作られたといってもおかしくないほどに整った中性的な顔立ち。


 グリムベイルと初めて会った時に彼女を守るようにして立っていた剣士だ。


 純白の雪のように透き通った白い肌に不釣り合いな無骨な長剣を携えて、部屋内の全員を見渡せる位置に陣取っている。


「心配してきてくれたのか! 優しいなあ柊くんは」


「ほんと、この城が吹き飛ばされる前にこれてよかったよ」


「えっ? そっちの心配?」


 グリムベイルは光佑たちの困惑の表情を見て、目の前の人物の説明をした。


「紹介しよう。この子はひいらぎつかさくん、私の護衛だ」


「いいよ、覚えなくて。ボクも覚える気ないから」


 ぶっきらぼうに答える剣士を見て、光佑と鬼子姫はあることに気づいた。


 この柊という人物には亜人特有の特徴的な耳や尻尾がない。


 明らかな日本的な名前に加え、光佑を警戒する素振りはあれど恐れてはいなかった。


「つかぬことを聞きますが彼は人間では?」


「そうだが、何か問題あるか?」


 父親を殺されておいて転生者を自分の傍に置くなんて問題大有りだと光佑は声に出して言いたかったが堪えた。


 なぜかと言えば傍らで何か殺気を感じたからだ。


劈風斬ジェイドエッジッ!」


「やっぱりっ〜!」


 鬼子姫の編み出した魔法の斬撃は十字を描くようにして柊を両断しようとする。


 剣士はそれを難なく剣で弾き飛ばしたが、衝撃に耐えられずに剣が折れた。


「ボクの水牢剣すいろうけんを折るなんて中々の魔法だね」


 武器を失って丸腰になった柊だがその余裕が崩れることはない。


 まるで素手でも相手にできるとでも言うように。


「それならこれはどうです! 全天滅アスタースパ──」


 極大呪文をぶっ放そうとした鬼子姫の口を手で塞ぎ、羽交い絞めにする光佑。


 いくらなんでも容赦がなさすぎる。


「止めないでください……! やっ……んっ、というか変なところ触らないで!」


 ぐにぐにと何か弾力があり、それでいて深々と指が沈み込むような感触。気づけば光佑は鬼子姫の胸を鷲掴みしていた。


 普段の見た目からは分からないが女神さまは結構着痩せするタイプなのだと光佑は思い知った。


 体格差があるゆえに身体を丸めても捻っても抜け出せない鬼子姫は肘でトントンと胸を叩き、抗議の声をあげる。


「ごめん! でもグリムと手を組むんでしょ。怒らせてどうするのさ」


「それは……まあそうですが」


 光佑の言葉に考え直したのか、鬼子姫の敵意は消え去った。


「なんだもう終わり? つまらないなあ。魔王さまも腰ぬかしてるし」


「誰のせいだ誰の、漏らすかと思っただろうが」


 柊が吹き飛ばした魔法はグリムベイルの頬数センチの所を掠めていった。


 一歩間違えば魔王の頭は消し飛んだだろう。直撃し、粉々に崩れた玉座のように。


転生者ヤカと手を組むなんて何を考えているのやら。いつか痛い目見ますよ」


「君も同じ転生者ヤカのナイトを連れた身、私のことを言えた口ではないと思うが」


「わ、ワタシさま専属のナイト! その響き好きかも……」


 会話途中にふにゃふにゃと自分の世界にトリップしてしまう鬼子姫にグリムベイルは呆れたように肩を竦めた。


「でもまあ怪我なくてよかったよ。あの椅子もあれで部下に配慮しないで廃棄処分にできるし」


「え?」


 グリムベイルが背後を振り向くと見るも無残な残骸の山。燃え盛る炎のように怒りで少女は震える。


「お、お前ええ──! 私の、私専用の椅子をよくも!」


「あれ実はお気にだったんだ。趣味悪いね」


 こちらに同意を求めるかのような柊の言葉に光佑は思わず頷いてしまい、グリムベイルの怒りがさらに燃え上がった。


 ただ見た目では幼女にしか見えないためにかなり微笑ましく感じてしまう。


「うるさいうるさい! もう貴様らの五臓六腑の隅々までこきつかってやる! ついてこい!」


「えっと俺らをどこに?」


「ふんっ、たったいま部隊から私の脳内に通信テレパシーが入ったんだよ。クレバスが発生したとな」


「クレバス……?」


 当然尋ねた光佑だが返答はいつものように分からないものだった。

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