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第7話 無双の剣スキルⅠ


 その男は街道沿いにある大きな岩の隣で黒刀を抱えるようにして眠っていた。


 鬼子姫キシキの見立て通り、この街道は森の中にあり、木々に囲まれているために魔法を行使するには他への配慮をしなくてはならない上に見通しも悪い。


 万が一、森の中に隠れられてしまった場合は苦戦も必至だろう。


 既に時刻でいうと正子を過ぎているために辺りは真っ暗闇で、手にもった淡い提灯の明かりだけが彼女の精神を落ち着かせていた。


 道中、魔物に遭遇せずに来れたのは幸運だった。


 そのお陰で目当ての転生者ヤカにばれずに発見できたからだ。


 転生者ヤカとの戦いは当然だが相手の能力によって対策、有効術が決まる。


 分析魔法アナライズを使って、相手の能力を事前に調査しなければチートスキルのない鬼子姫に勝ち目はない。


 しかし彼女が魔法を使うよりも早く、男が目を開けた。


 微かな音や明かりに反応したわけでもない。近づく者の気配を感じ取る第六感ともとれる超感覚がその者には備わっていた。


「女か……道に迷ったわけではないようだが」


 呟く男の左手は不気味にも刀の柄と一体化してしまっている。


 そして立ち上がった際に発せられた揺らめく瘴気によって生じた悪寒が鬼子姫の顔をこわばらせる。


 その転生者ヤカの持っている黒刀は恐らく魔剣だと彼女は察した。魔剣のような呪われた武器に魅入られてしまい武器と肉体が一体化してしまう者を何度か鬼子姫は見てきたことがある。


 そのどれしもが自我を乗っ取られ、能力に加えて強靭な身体を有していた。


 攻撃させたらまずいと女神の肉体からなる魔力の素が活性化していく。


 能力は分からないが相手の武器は刀。リーチの差では魔法のエキスパートである鬼子姫が圧倒的に勝っている。


 相手が整う前に勝負をつけるしかないとなかばやけ気味に彼女は覚悟を決めた。


「御託は用いません。その生命、あるべき場所に還りなさい」


 鬼子姫の右手に魔力が集中すると、世界の魔法則と繋がった証である魔方陣が展開し、極大術展開の準備が整う。


全天滅光アスターストーム!!」


 言葉とともに放たれた女神最大の雷術は必殺の意志を持って男に襲い掛かった。


 撃った衝撃で森全体が揺れ、鬼子姫も反動で後ずさる。


 男の背後の大岩をも覆いつくすほどの光束はもはや避けられるものではない。


「他愛なし」


 ゆらりと男はその黒刀を鬼子姫の術に向かって、振るった。


 魔法と呼ぶとはいえ、魔力を現実の物質に変換させているだけのもの。その熱量をたかが刀一本で防げるものではない。


「なっ!」


 ひゅっと風が鋼鉄に裂かれる音がしたかと思った時、鬼子姫からは驚きの声が漏れた。


 刀が振り払われた瞬間、触れるもの全てを消滅させるほどのエネルギーを持つ魔法が忽然と姿を消したからだ。


 そして男は刀に至るまで傷一つなく柳のように立っている。


「我に断てぬものなし」


 そういって黒刀を鬼子姫に向ける。


 鬼子姫は咄嗟に炎弾ファイアバレットの魔法を地面にばら撒いて砂煙をあげさせる。


 そして街道沿いの一際大きい木の後ろに隠れた。


 あの男の刀に触れた魔法は霧散した。自然法則をまるごと覆すような行いは技でもなくスキルに由来するものだろう。


 そして鬼子姫にはそれが『一ツの太刀』というスキルであることを理解していた。


『一ツの太刀』というスキルはあらゆる状況において剣撃を最善の一手とする能力である。


 先の魔法が跡形もなく消えたのも襲いかかる障害という概念そのものを絶っていたからであった。


 能力が分かればあとは対策するだけだがそうは思っても頭が冷静さを取り戻してくれない。


 いまも先ほどの光景を思い返して唇を噛んでいたところだ。


(何が断てぬものなし……ですか! どこ生まれですか! それにワタシさまの魔法を……! 貴方がゴミみたいに振り払った魔法にワタシさまが何年かけたと思ってるのですか! そっちはスキルでなんでもできるからいいですけどこっちはねえ!)


 心の中で好きなだけ剣士の転生者ヤカへの文句を吐く。そして文句の対象は次第に桐生光佑きりゅうこうすけへと移っていく。


(……イライラしすぎですかね。でもこれも光佑さんがいないからですよ。せっかく、せぇ〜〜っかく! ワタシさま直々に魔法を使いこなせるまでレクチャーして差し上げようと思ったのに。あんな別れ方ないです! あんな……)


 鬼子姫は提灯さえもなくなった暗闇の中で魔法を初めて使った光佑の姿を思い浮かべた。


 無邪気に喜ぶ少年の姿を。


(……でも当たり前ですよね)


 彼は今までふつうの世界で暮らしてきた人間でそもそも鬼子姫に従う義理などなく、ましてや同族を殺害する手伝いなんて受け入れられるはずもない。


 前回はたまたま守る対象があったから協力してくれただけでそれでも彼は良くやってくれた。


「仲良くやって行きたかったんですけどね……」


 それでもこの使命は果たさなければならない。肉体が消滅しても魂が燃え尽きようとその前にと鬼子姫は覚悟を決め、剣士と向き合う。


 空間把握の能力が優れているのか、剣士はこの暗闇の中で真っすぐに鬼子姫のもとへと向かって来ていた。


 このままでは十と経たない内に間合いを詰められ、凶刃に倒れることとなるだろう。


 彼女は浮遊魔法を使って、木々を超えて剣士を見下ろせる位置まで浮いた。


「自然を荒らすのは少々心が痛みますが…」


 すでに位置的優位は鬼子姫に傾いている。この場所から魔法を掃射すればいくらチートスキルといえども手傷の一つくらいは負うことだろう。


投擲雷ゲボルガ!」


 呪文とともに出された魔力の大玉を鬼子姫が前方に放り投げた。


 大玉はそのまま空中をふわふわと雲のごとく漂っている。


「一が駄目なら百ならばどうでしょうか」


 そして剣士を探知すると、剣士に向けて夥しい数の矢が大玉から発射された。


 大岩であろうとも貫通する魔力で編まれた矢は次々と木々を貫き、地面に深々と刺さっていく。


 剣士は本能で危険を察知したのか矢に貫かれる前に背後に跳ぶと、片膝をついて腕と同化したままの刀を鞘に戻した。


 一息で十メートルも跳ぶ身体能力は大したものだと鬼子姫は感心したがそれきり男の動きは止まってしまった。


「刀を納めたということは降伏なのでしょうか。ワタシさまはそんな甘い女神では──」


「空に逃げこむとは間抜けめ」


 剣士が静かに黒刀を抜き放った。


 鬼子姫との距離は銃弾でもなければ届かない距離だ。この世界には剣身から魔力を放つ魔法が存在するがそれならば鬼子姫は魔力の流れから予測できる。


 あの剣士の行為に意味があるとは思えないと鬼子姫は次の攻撃の体勢に入った。


 その時である──。


 ボンッと突如として大玉が割れ、魔力が体外に放出された衝撃で彼女を弾き飛ばした。


「きゃあっ!」


 鬼子姫は空中で風車のように回転するも、再度浮遊魔法をかけて体勢を立て直す。


 身体を揺さぶられたことによる強烈な吐き気に襲われながらもいま行われた攻撃を分析する。


 鬼子姫の魔法は遠く離れた剣士が抜刀したと同時に両断されていた。


(空にまで攻撃が届いた……!?)


 魔剣による真空刃の類かはたまたスキルによる力か、答えはどうあれ鬼子姫が剣士の間合いにいるのは自明である。


「我に遠いも近いもない……」


「それなら、やられる前に最速の一手で──!」


 鬼子姫は習得している魔法の中でもとりわけ速い刃風ウィンドカッターという風の刃を発生させる魔法を使用した。


 浮遊魔法によって剣士の頭上に接近しながら何度も魔法を唱える。


 蜘蛛の網のように幾重にも折り重ねられた鎌風にもはや逃げ場はない。


 剣士がもう一度、黒刀を振りぬく。


 交差する風の刃と黒き刃。


 鬼子姫は刃がぶつかる最中、目の前に巨大な刀身が通り抜けたような錯覚を覚えた。


 そしてぱっと赤い飛沫が舞った。


「少し……浅かったか」


 剣士の袖口が千切れて、風に運ばれていく。


「……ぐっ、こんなことが」


 対して鬼子姫の肩口から鮮血がぽたぽたと垂れている。剣士は鬼子姫の魔法ごと彼女を斬っていた。


 急速に低下する体温。平衡感覚を失った鬼子姫の身体は落下していく。


 木の枝に揉まれながら、地面に落ちた鬼子姫はダメージの大きさからか蹲る。


 ざあと目の前で足音が響く。あの剣士が刀を振りかぶり、鬼子姫の首を斬り落とす姿が脳裏に浮かんだ。


 ぎゅっと目を瞑るも肩にぽんと置かれた手に思わず顔をあげた。


「はあ……はあ、やっと着いたよ」


 そこにはここまで探しに来たせいか、全身が汗でびっしょりの桐生光佑が立っていた。


「光佑さん、どうして……」


 鬼子姫は驚いた。あの村で一方的に光佑に怒った上に、何も言わずに転生者ヤカとの戦いに赴いた。


 正直、見放されてもおかしくはないと鬼子姫は思う。


「どうしてってそれはこっちが聞きたいよ。鬼子姫さま泊まるお金なかったんでしょ」


 相も変わらず光佑は能天気だった。彼は鬼子姫を抱きかかえ、大木のそばに横たわらせる。


「なぜそれを……」


「お金ないならあんなにお金渡さなくてもよかったのに。女神さまの見栄っ張り」


「うっ……」


「それにお金ないなら部屋に戻ってくればよかったのに。女神さまの意地っぱり」


「う、うう……」


「それより大丈夫? ひどい怪我だ」


「いまの光佑さんの心無い言葉のせいで悪化しました」


「ええ……」


 鬼子姫は『治癒魔法ヒーリング』を使い、剣士に負わされた傷を回復させる。

 

 しかし鬼子姫の使える魔法では完全回復とはいかずいいとこ応急処置程度のものだ。


「これで少しはマシになりました。ワタシさまが心配でここまで来てくれたんですか?」


「まあね。流石にほっとけないよ」


 鬼子姫は光佑を直視できなくなり、顔をそらす。


「……でも転生者と殺し合うのは嫌なんでしょう?」


「だから殺さない。けど懲らしめる程度なら俺にもできるかもしれないよ」


「そんな暢気なことを……! っく……」


 思わず立ち上がった鬼子姫だが痛みに耐えられず膝をつく。


「まだ動かない方がいいよ。動けるようになったら村の方に逃げて」


「……待ってください。あの転生者が振るう剣は全てが間合いのうちに入ります。距離を詰めて戦って下さい。光佑さんのスキルによる耐性なら、ある程度はダメージも軽減できるはずです」


「わかった。行ってくる」


「でもなるべく避けてください。万が一でも光佑さんに死なれたら夢に見ますから」


 鬼子姫は苦笑して走り出す光佑を見つめながら祈るように目を閉じた。

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