吸血姫vs金剛
まずは小手調べから。
「《超熱光線》!」
一万度を超える熱の収束砲が、私の手から放たれた。
直撃すれば、ヨミすらかなりのダメージを負う上級魔法。
.......だが、
「ぬうううううん!!」
分かっていたことではあるけど、この男には通用しなかった。
「.......ちっ、噂通りか」
あいつの持っている神器、『金槍フール』。
全てが金で出来ているようにすら見える、二メートルを超える長槍。そしてその効果は、『持ち手の守護』。
この槍を持っている者は、自分の体に金色のオーラを纏える。
このオーラは、実体がないように見えるが.......実際は、所有者の十倍の防御力と魔防を持つ。
天眼アルスで覗き見たこいつの平均ステータスは、大体二万五千。昼間の私すら上回る。その中でも、防御と魔防は三万を少し超えていた。
つまり、こいつの周りのオーラは、実に『三十万』の防御力と魔防を宿している。
「この槍がある限り、貴様に勝利などない。俺の前に姿を現したことを後悔しながら死ぬんだな」
「.......神器の性能でイキってんじゃねーよカス」
とはいえ、現在の平均ステータス六万の私にとって、攻略し難い相手なのも事実。
金槍の弱点は二つ。
一つは、特性を発動してから、一分はオーラが発生しないこと。サクラ君の初撃と二撃目が通じたのはそれが理由。
もう一つは、神器を手放した瞬間にオーラが消えること。そして再び拾って発動しようとしても、一分は使えない。
「.......さて、どうするかな」
取り敢えず一度、全力で殴ってみようか。
距離を取って。助走をつけて。一気に駆け出し.......
「.......ふっ!」
殴る!
.......。
「いっっっったあああああっ!?!?」
痛い!めっちゃ痛い!
硬っ!?何これ、ブニョブニョ動いてるオーラだから貫通出来ないかと思って攻撃したのに、超硬いし超痛い!
「がははは!こいつは傑作だ、自滅とはな!」
「うるさいっ.......《上級治癒》」
こりゃ無理だ、オーラを破るって手段は無いな。
となるとやっぱり.......槍を叩き落とすしかないか。
あの槍をデューゲンの野郎が一瞬でも手放せば、その瞬間にオーラは消える。
「さあ.......鬼神が死す時だ。死んで、ミザリー様に今までの行いを詫びよ!」
「嫌に決まってんだろ、バーカ!」
※※※
「ふっ!はあっ!とぅっ!」
「うわっ、とっ、ぐっ!」
戦況は芳しくない。
防御こそ最強の攻撃とは、誰が言った言葉なのか。
「とああっ!!」
「おっと.......!」
私は、未だにこいつの槍を叩き落とせないでいた。
使ってるのが、ステータスにかまけた素人とかだったらどんなに良かったか。
こいつ、槍士としても達人級なせいで、全然隙を見せない。
「がははは、四魔神将と言っても所詮この程度か!下劣な魔族の上位を集めても、ただの『強い雑魚』だからな!」
「このっ.......!」
本当にこいつ、神器が無ければ一分くらいで私に殺される位の実力しかないくせに、調子に乗りやがって!
でも、本当にどうするか。
凄まじく気に入らないが、こいつは強い。神器の性能に頼っているとはいえ、使いこなしているという観点から見れば十分な強者だ。
対処法は今の所、アルスで動きを先読みして、隙を見せるのを待つしかない。
まあ、あとは.......『保守の腕輪』を使うって手もある。
あれには満月の力がこめられているから、私のステータスは一時的に百二十万という、インフレの極地みたいなものになる。
けど、あれ、体中がマジで痛くなるから嫌いなんだよね.......出来れば使いたくない。
.......ああもう、誰かヨミを呼んできてよ!
こいつの天敵は、間違いなくあの子だから!
あの子の神器、防御貫通特性を持つ『魔剣ディアス』があれば、こんなやつ五秒でみじん切りだよ!
「てあっ!」
「ふっ!」
「おいおい、逃げてばかりか?魔王軍っていうのは、やはり腰抜けの集まりか!」
安い挑発ですこと。
そんなもんに乗るかバーカ。
まあ、未来予知さえあればこいつの攻撃は割と簡単に躱せるんだ。
焦らずゆっくり、対策を考えよう。
※※※
戦闘開始から三十分。
こいつも流石に、私に当たらなすぎることを焦ってきたみたいだ。
そして、考える時間をたっぷりありがとう。
お陰で、全ての戦略が練れたわ。
「くっ.......おらあ!」
「はい当たらないっと」
「ぐっ.......何故当たらん!貴様、何をしている!?」
「さーて、何でしょうね」
「はああああ!」
「ほーらこっちこっち」
「てあああ!」
「ほいっと.......やば!?」
あ、コケた。ヤバい。
「がはははははは!油断したな、所詮子供か!」
「ぐっ.......!」
コケたまま転がってこいつの攻撃を避けつつ.......数少ない、細木の所で、止まる。
「がははは、追い詰めたぞ。何が四魔神将、回避以外は半人前ではないか.......まあ、魔族にしては頑張ったと褒めてやる」
「.......そりゃどうも、上から目線のクソ男さん」
木にもたれかかって、私を見下ろしているクソ野郎を睨んでやる。
だけどデューゲンは、その私の顔すら楽しむように、ゲスい笑みを浮かべていた。
「では、死ね」
「.......最後の言葉とか聞いてくれないわけ?」
「がははは、下等な魔族の言葉を覚えておく脳を、人間様は持ち合わせておらんのでな。まあ、顔くらいは覚えておいてやろう」
「.......ちっ」
そして.......金槍は、私の喉元を、後ろの木ごと貫いた。
.......ふふ、あはははは!!あいつ、騙されてやんの!!
「がははは!さあ、世界に蔓延る害悪を、一つ始末した!アヴィス様、仇は討ちましたぞ!」
「そりゃよかったね。で、仇ってその細木?随分と弱々しい仇ですね.......あはははは!!」
「っ!?」
あーあ、ここで漸く気がついたのか。おっそ.......聖十二使徒序列第四位が聞いて呆れるわ。
「貴様っ、どうやって!?」
「別に?あんたが槍をぶっ刺すより速く移動しただけだけど?.......まさか、あの程度の速度が、私の最速だとでも思ったの?おめでたい頭してるねー」
「なっ、き、貴様ァ.......!」
まあ実際のところは、保守の腕輪を使ったんだけどね。コンマ二秒だけ。
速度ステータス百二十万、ヨミすら知覚不可能であろう速度で、槍が振り下ろされる直前にその場を脱出、デューゲンの後ろに回り込んだ。
その程度の時間しか使わなければ、それほど体も痛まないしね。
「貴様、許さん!下劣な魔族の分際で、俺を、出し抜こうなど.......!この場で必ずっ.............!?」
ああ、なんだ。やっと気づいたか。
「ぬ、抜けん.......!?」
あいつが貫いた細木から、槍が抜けなくなっている。
私が脱出する直前にあの細木に使った、《遅延付与・破壊不能》によって。
ほんの数分だけ、生物以外の何らかの物質を、絶対に破壊出来なくするという付与魔法。
魔法を発動してから効果が現れるまでの速度を遅延させる力を付け加えて、予め仕掛けておいた。
結果、あいつの金槍は数分間、絶対に抜けなくなったわけ。
「あーあ、抜けなくなっちゃった。でも大丈夫、槍を手放せば.......ああっ!そうか!あんたはその神器が無ければ、全部のステータスで今の私に圧倒的に負けちゃうんだったね!あはははは!」
「ぐっ.......!.......がははは、抜けなくなったからなんだ。貴様の攻撃は、一切俺には通じん。それは先程までの攻防で分かっただろう?この槍に触れている限り、俺は無敵だ。槍を抜けなくした?だからなんだ。抜けるようになるまで待っていればいい。お前の攻撃はどうせ効かんのだからな!」
.......あーあ、本当に面白いなあ。
私が、そこを考えてないとでも?
「じゃあ、これも耐えられるんだね。《紅炎の襲撃》」
前に聖十二使徒の下位三人を殺すときにも使った、高熱ガスを発生させる炎系の超上級魔法。
「がははは!本当に愚かだな.......どんな超高位魔法だろうが!俺には一切効かん!故に『金剛』!俺は無敵だ!」
ああ、そうですかそうですか。
言葉に耳を貸さず、私は魔法を放ち続けた。
.......すると数分後。
「.......?なんだ、これは。槍が.......槍が、熱い.......!?」
そう。
私が狙ったのは、高温ガスによる焼殺でも、窒息死でもない。
槍そのものを熱することだ。
あいつのオーラは確かに強固だ。外側からの破壊は、満月の夜の私でもない限り不可能だろうね。
けど、あいつのオーラが守っているのは、あくまであいつの外側のみ。
即ち.......あいつが直に槍に触れている場所、つまり『手の平』には、オーラが発動していない。
「ぐあああっ.......!?」
「さあ、どうするー?手、離しちゃうー?このままだと、大火傷だよー」
「クソッ.......馬鹿にするなよガキ、これしきの痛み!数分程度なら耐えてくれるわ!」
「あっそ。.......そうだね、あんた自身は耐えられると思うよ。けどさ.......槍そのものは、どうかなあ?」
「なに?.......っ!?な、なんだこれは!?金槍がっ.......!?」
そう。
金槍が、溶けている。
割と多い勘違いらしいんだけど.......神器っていうのは、その全てが、ヨミのディアスみたいに不壊の特性をもつわけじゃない。
むしろ、それは少数。大半の神器は、普通のアイテムと同様、壊れる時は壊れる。
実際、今日に至るまで、結構な量の神器が破壊されて、現存している神器は半分もないしね。
そして、金槍フールもまた、不壊の特性は無い。
自動修復能力はあるらしいけど、壊れないというわけじゃない。
金槍フールは、その名の通り、その大半を金によって作られている。
金の融点は三千度。神器となって色々強化されているけど、それでも三万度ってところだ。
対して、《紅炎の襲撃》の温度は.......八万度。
融点の倍以上。溶ける?当然だ。
「どうするのー?このまま神器が溶け切るのを、自動修復に期待して待つ?それとも、それを手放して、私と戦う?」
「ぐううううう.......く、クソがあっ!」
そう言ってデューゲンは.......神器を、手放した。
賢明な判断だ。あのまま持っていても、槍としての機能を失ってオーラも消えかけていた金槍は、直るまではただの金塊だ。
なら、手放してしまった方がまだいい。
まあ最も.......その判断が、正しいかどうかは、また別の話なんだけどね。
「ぐっ、金槍が無くとも、貴様如き.......がはあっ!?」
「あー、漸く殴れるわ。正直、かーなり、イライラしてたんだよね.......ちゃんと覚悟してよ?」
「待、待て.......」
「待つわけねーだろボケ」
そして。
オーラが無くなったことで、優位性を取り戻した私は。
随分と色々ムカつくこと言ってくれたこと男を、手も足も出させずに打ち負かした。
「が、はっ.......」
「あー、スッキリした。さてさて、じゃあ殺すか。ゲイルに蘇生されないように、ちゃんと.......《極火炎球》。.......こいつで燃やしてやるか♪」
「が、ぎ.......ちく、しょう.......!」
「安心してねー、あんたのお仲間も.......いやいや、人類全員!後々、地獄に送ってあげるから♡じゃあ.......くたばれ」
そう言って。
私は、巨大な炎の球体を、デューゲンへと投げ飛ばした。