吸血姫と作戦開始
私とサクラ君が降り立ったのは、行進中の軍の後方五百メートル地点。
少しだけ木が密集している場所に、身を隠すように転移した。
「さて.......まずは、聖十二使徒の二人を確認しなきゃね」
「は、はい!」
天眼アルスの特性を用いて、軍の方を覗いた。うーん、やっぱり便利だなあ、この神器。
.......おっ、いた。あっさり見つけたわ。
「いたよ。最後方で、二人ともなんかバカでかい馬に乗ってる」
「じ、じゃあ早速.......!」
「落ち着いて、サクラ君。まだ人質の奪還が済んでないから。それが終わってからね」
「あっ.......は、はい.......すみません。き、気持ちが.......焦っちゃって」
「気にしないで、私も分かるから」
サクラ君は今回、身内を殺されている。
蘇生出来る可能性が高いとはいえ、かなりのストレスなことは間違いない。
なんだかんだサクラ君とは長い付き合い.......年齢的に、幼馴染と言っても差し支えない(まあサクラ君は私よりも遥かに年上だけど)私でも、こんなに怒っているサクラ君はちょっと見た事がない。
「.......人質奪還が上手く行ったら、直後に飛び出す。聖十二使徒の二人を吹っ飛ばして、軍本体から引き離す。その後、個々で撃破。だったよね、サクラ君」
「は、はい、そうだったはず、です.......」
「大丈夫。ティアナさんは絶対に取り戻す。.......だから今は、あの人を殺した二人に、私達の仲間に手を出したらどうなるか、ちゃんと教えてやらなきゃね」
「.............はい!」
『ティアナさんは絶対蘇生出来る』なんて、無責任なことは言えない。
だから、私の得意な分野でサクラ君を応援しよう。
即ち.......復讐で。
※※※
「.......なんで、引退したフルーレティア様が戦場に出てるの」
「さ、さあ.......?」
なんかよく分からないけど、フルーレティア様がいきなり出てきて、人質を結界で囲った。
よく見てみると、どうやら結界内では人間共が混乱している。なんで.......ってああ、人質が剣で.......あれ、傷ついてない?
あ、なるほど。《異界結界》か。
あれで、あの結界内部での傷害を禁じたな、あれは。
感心していると、結界の中にうちの魔術師がかなりの人数転移してきて、そのまま人質を運び去った。
何人か人間も一緒に転移しちゃったけど、きっと袋叩きにされるんだろうなあ。
「えっと、あの、リーンさん.......もう、よさそう、ですか?」
「うん、人質奪還は成功。いつでも私達のタイミングで行ってオーケーだってさ。じゃあ、もう行っちゃう?」
「は、はい!」
よし、任務開始だ。
第四位と第五位、ここで引導を渡してくれるわ。
私とサクラ君は、私がアルスで視認した場所まで即転移。
連中は.......いた。間違いない。
第四位『金剛』のデューゲンと、第五位『巨弓』のハサドだ。
やつらも私達に気づいたらしく、ハサドがその名の由来となっている巨大な弓を構えた。
けど、その前に、うちの最強の魔術師が魔法を発動した。
「《範囲拡大威力超増加付与・衝撃波》」
「うおっ!?」
「なにっ.......!?」
二人は不意打ちをモロにくらい、遥か彼方まで吹っ飛んだ。
.......おおう。
相変わらずえぐい威力だなあ。
《衝撃波》は大気を操って簡単なノックバックを発生させる、割と初心者向けの風の元素魔法のはずなんだけど。
なんか周辺の地面まで抉れてるんだけど、何したらこうなんの?
「サクラ君、魔力は.......うん、全然大丈夫だね」
「は、はい。あれくらいでは、全然.......」
「よし。じゃあ追いかけますか」
「はい、おね.......お願いします」
※※※
既に月の加護が働いている私は、転移魔法をわざわざ使わなくても、これくらいの距離は余裕で詰められる。
今日は半月。強化率三倍。しかも、レインさんが私のいる所だけ常にピンポイントで雲を避けてくれているから、途中で切れる心配もない。
到着すると、既にやつらは臨戦態勢に入っていた。
デューゲンは目がチカチカするような金ピカの槍、ハサドはどう使うのかすらよく分からん巨大な弓を構えている。
「.......これは予想外。まさか、こんなにも早く軍と引き離されるとは」
「そうだね。僕達がいないと指揮する人がいなくなるし、早く戻ってあげないと」
へえ。こいつらはどうやら、自分達があの場に戻れるとか勘違いしてるらしい。
「戻すわけないじゃん。それに今頃あっちじゃ、レインさんともう一人が蹂躙を始めてるだろうし、戻ってもぶっちゃけ意味ないよ。だから安心してここで死ね」
「それは我々が決めることだ」
「そうだね。.............けど、その難易度が高いのも、また事実みたいだ。デューゲンさん、気づいてるよね」
「ああ。.......噂には聞いているぞ。魔王軍四魔神将第二席、『鬼神将』リーン・ブラッドロード。勇者殺しの怪物と、こんな所で相見えるとはな」
ん?なんで私の事知ってるんだ?
名前はともかく、肩書きを誰かに伝えた覚えなんて.......
.............?
ああ!思い出した!
「あのジュリアとかいう、勇者アヴィスにくっついてたS級冒険者から聞いたのかな?あの女ちゃんと死んだ?」
「ああ、死んだよ。お前の毒でな。.......勇者様の仇、ここで打たせてもらうぞ。吸血鬼如きが勇者を殺すなど、あってはならぬ事だ」
「随分言うじゃん。二代前の勇者に自分達がした仕打ちは忘れて、勇者様勇者様ってさ」
「二代前.......?ああ、あの女の子のことかな。僕達が手塩にかけて育ててあげたのに、すぐに死んでしまった。愚かな子供だったよね」
「ああ。アヴィス様は人間でいらしたから、仇を討つ必要がある。.......だがあの子供は『道具』だ、何故気にかける必要がある?」
.......あ゛あ゛?
.......ヨミを、私のヨミを.......道具だと?
「.......ってぇ殺す」
「なに?」
「ふん。.......さて、そろそろかな」
私がそう呟いた瞬間、やつらの後ろからサクラ君が現れた。
姿を消して、ずっと不意打ちの隙を狙っていたらしい。
「《獄雷》」
けどやつらは、それを余裕の表情で避けた。
予期していたみたい。
「愚かな魔族が、気が付かないとでも.......」
まあ、愚かなのはお前らだけどね。
やつらが飛び退いた瞬間―――ずっと私の後ろに隠れてたサクラ君が、
「《暴風大刃》」
ここで漸く、本当の魔法を発動させた。
「なにっ!?」
「どういうっ.......!?」
魔法は二人を直撃し、少なくないダメージを負わせた。
やつらの後ろに現れたサクラ君は、彼の精神魔法《実在分身》によるもの。
気配や匂い、魔力に至るまで、本人にそっくりな幻を作り出すという、恐ろしい魔法だ。
うーん、流石は世界最強の魔術師。世界に存在する魔法の九割以上を習得した、才能の化け物なだけのことはある。
「流石サクラ君!じゃあ、デューゲンは任せてよ。あっちに吹っ飛んだのがデューゲンだよね?」
「は、はい!よ、よろしくお願いします!僕はちゃんと、ハサドを殺しますから!」
そこで私達は一旦分かれて、私はデューゲンの元へと向かった。
あいつが吹っ飛んだ場所まで行くと、全身に傷を負ったデューゲンが、ご自慢の槍.......神器、『金槍フール』を構えていた。
「まあ、あれくらいじゃ死なないか。.......でもどうするの?お仲間とは分断されたし、こっちにもサクラ君がいる。四魔神将二人を相手にして、あんたら如きが勝てると思ってる?」
「.......ふん!貴様ら如き、この槍の錆にしてくれるわ。聖十二使徒第四位を甘く見るなよ、魔族のガキが」
金の槍に錆つけんなよ勿体無いな。
でもまあ、いいや。
「じゃあいいよ。この私.......『鬼神将』リーンが、ちゃんとあんたを殺してあげる」
そして.......私の、初の聖十二使徒上位との戦いが始まった。