元勇者と軍崩壊
「くっ、人質が.......!?」
「誰だったんだあの女は!」
「全員警戒態勢!十中八九、幹部級が我らを捕捉している!」
まばらに木があること以外は、身を隠す所すらない平原で、人間の指揮官らしき人物のそんな声がした。
「.......だそうよ、四魔神将筆頭殿?」
「や、やめてください、肩書きで呼ぶの.......。それで、いつ行くんですか?」
「んー.......もうちょいかな。リーンとサクラが、聖十二使徒をもう少し引き離してから」
まだ近くにいる段階で軍との戦闘を始めたら、聖十二使徒が戻ってきて乱戦になったりしかねない。
そうなったら、多少は逃しちゃうかもしれないからね。
「.......今回の転移阻害結界は、サクラのほぼ完璧に近いものじゃないわ。うちの魔術師が複数人で張ってるもの。破られる可能性がある。.......というわけで、魔術師を先にぶっ潰すわよ。あたしが雷で殺すから、あんたは生き残ったのを叩きなさい」
「わかりました!」
「はい、いい返事。.......そろそろいいかしら?かなり離れたわね。雷雲は.......うん、いい感じに集まってるわ。じゃあいくわよ。雷どーん」
―――ドカアアアアン!!!
「うわびっくりした!?」
「あんたがビビってどうすんのよ。ほら、さっさと行きなさい」
「.......あ、はい」
うん。なんというか.......レインさんは敵に回したくないなって、改めて思ったよ。
※※※
「う、うわあああっ!?」
「なんだこれ!いきなり雷がっ.......」
「これは.......!?ま、間違いない、レインだ!『災禍将』レインが近くにいるぞお!探せ、探して殺せぇ!!」
人間達は、取り乱しながらもレインさんを探し始めた。
なるほど、聖十二使徒の上位が直々に率いてきただけのことはある。ボクが今まで殺してきた雑兵とは、格が違うみたいだ。
まあでも、ボクにとっては誤差の範囲だけどね。
「.......?お、おい、誰か近づいてくるぞ」
「え?.......なんだあれ.......人間、だよな?」
「おい、そこのお前!何者っ.......え?」
ボクに気が付いた兵士の首三つを、ボクは一太刀で斬り飛ばした。
この手応え.......平均ステータス800ってところかな?
「なんっ.......!?」
「魔族共の手先だ!殺せ!殺せ!」
「下劣な魔族に、ミザリー様の鉄槌を!」
ああ、煩わしい。
人間って、なんでこんなにうるさいんだ。
騒がないと相手を殺しちゃいけない決まりでもあるのかな?
「《身体強化―飛撃・衝波・超加速・正確無比・空間知覚》」
「相手は一匹だ、囲んでっ.......がぺ?」
「これで三十.......まだまだいるなあ」
ボク、別に人間を斬るのが好きってわけじゃないんだよね。
ボクの力に怯え、絶望した時の人間の表情が好きなだけでさ。
人間殺しが好きなのはリーンだよ。
でもまあ、せっかくだし。
「こ、このガキ!よくも.............ぎゃばっ」
斬って斬って斬って.......この場を血で染めてみよう。
《飛撃》と《衝波》の組み合わせで、斬った先からあらゆるものを斬り裂く衝撃波を発生させて、効率よく殺してるけど.......うーん、流石に二万もいたら、数が減らないなあ。
どうすれば.......
「.......?おい、あれなんだ?」
「え?.......雨、か?.......いや違う、あれは.......隕石っ!?」
「馬鹿なっ.......おい、隕石でもないぞ!こ、氷.......バカでかい氷の塊だあ!!」
ボクが唸っていると、それを察したかのように、天から氷の塊.......というか巨大な雹が降り注いだ。
隕石と見紛うような巨大な雹は、人間達の元へと直撃し、多数の命を奪った。
『あー、当たった?結構テキトーに降らせたから、いくつか外したかもだけど』
『大丈夫です、七割くらいは直撃。今ので四千人くらい死んだと思います。流石レインさんですね』
『そりゃよかったわ。あー、これで雹はしばらく打ち止めだから、あとはお手軽に雷落とすわ。当たらないように気をつけなさいよー』
『承知しました!』
まあ、勿論、犯人はレインさんだ。
「ひ、ひいいいいいっ!?」
「おい、こんなことになるなんて聞いてないぞ!魔族共の村や街を焼き払うだけの、簡単な仕事じゃなかったのかよおっ!?」
.......村や街を焼き払うのに、なんの罪悪感も抱いていないのか。つくづく腐ってるなあ。
.......ああ、それはボクもか。今更人間をどんな目に遭わせたって、罪悪感なんて感じないし。
そう考えると、ボクも大概外道だね。わかってた事だけどさ。
「くそお!さっきの結界さえあれば、氷の塊も雷も怖くなかったのに!」
「ふ、付与術師をいるだけ呼んでこい!このガキを殺すんだ!それと、魔術師は転移の準備を!」
呼ばれた付与術師が、ドンドン味方を強化していく。
それに合わせて、人間達が不敵な笑みを作っていった。
強化された自分に、敵はないとか思ってるんだろうなあ。
「.......随分とおめでたい脳だね」
どんな脳をしているのか気になったので、頭蓋骨を斬って覗いてみた。
んー、でもダメだ。外側からじゃわからないや。
「.............ぇ」
「あぇっ.......?」
んー、まだ結構人数いるし.......どうやって殺そうかなあ。
ボクがうち漏らしたやつらはレインさんが雷で殺してくれる手筈だから、多分皆殺しは可能だけど.......今回の蹂躙は、もう少しこう.......色々と知りたいんだよね。
「ひ、ひいいいっ!?」
「な、なんっ.......なんだ、こいつは!?」
人間の壊し方とか、綺麗な殺し方とか、逆に汚い殺し方とか。
人間が斬られる時に一番痛い速度とか、何処を何ミリ斬ると死ぬのかとか、そういうことが、凄く知りたい。
「うん、実験台はいっぱいいるし.......ボクも、少しくらいは色々と試してみてもいいよね」
「ぐっ、怯えるな!あいつを.......うぎゃああああっ!?」
あれ、ここ斬っても即死はしないんだ。
ちょっと下品な、男性にしか付いてないアレ。急所だって話だったのに、なんでなんだろう?
「んー.......謎だなあ。まあいいや、他にもいろいろ試してみようっと」
目を貫く。
耳を貫通させる。
肺に穴を開ける。
胃だけを斬る。
喉を半分斬る。
今度は四分の一。
脳の一部だけを刺す。
肉だけ削ぎとる。
.......エトセトラ。
※※※
「.......んー、ちょっと驚いたなあ。人間って、割と即死しないんだね。いつも首とか心臓とか脳ばっかり狙ってたから、気づけなかった。勉強になったよ、ありがとう」
「ひ、ひい、ひいい、ひいいいい.......」
お礼を言ってるのに、なんで怯えた顔をするんだろう。
でも、すごくボク好みのいい顔だ。
「.......ちょっとヨミ!あんたうち漏らしすぎよ、おかげで凄くめんどくさかったじゃない!」
「え?.......あっ、ごめんなさい!夢中になりすぎて.......」
「まったく.......まあ、あんたが夢中になってる間に、あたしが八千くらい殺しておいたから。うち漏らしもない筈よ。.......で、こいつが最後?」
「はい。.......いつの間にか、ボクも八千くらい斬っちゃってたみたいで。色々と知りたいことが知れたし、ボクとしては満足です」
「.......近距離特化の剣士のあんたが、この短時間で八千人殺したとか、間近で見ないと信じられないわね、本当に。しかも、その三割が即死じゃなくて、恐ろしいほど苦しい死に方したみたいじゃない」
「でも、一分経っても死ななかった人間は、ちゃんと《追撃》で殺しましたよ」
「あっそ。.......で、こいつどうすんの?」
「んー.......試したかったことは大方やっちゃったし.......」
「そ、それなら!み、見逃して!見逃してください!」
「.......って、言ってるけど?」
「え、無理ですよ。魔王様に皆殺しにしろって言われてるし。けど試したい斬り方は全部やっちゃったから.......もういいや、首チョンパで」
「え?.......ぁ゛」
よし、仕事終わりっと。
「.......なんだかんだで、二時間以上かかっちゃいましたね」
「そうね。リーンとサクラはもう終わってるはずよ。早く帰るわよ」
「そうですねー。剣の手入れとかしないと。.......うう、しかも血だらけで気持ち悪い.......」
「そりゃ、あんな無茶苦茶な殺し方すればね.......」