吸血鬼少女と絶望(前編)
※注意!
ここから数話、鬱展開が続きます。苦手な方はバックしてください。
鬱展開?好物ですという方はどうぞ続きを。
私の前世は、『平和』などという言葉とはとても無縁だった。
酷いいじめを受け、両親は私に干渉してこなくて、最後には神の勝手な事情のついでに死んだ。
故に。だからこそ。『今世』では。平和で、楽しくて、静かに、幸せに暮らしたい。そう思っていた。
だけど、この世界は.......いや、この世界『も』、私のこんな、ささやかな願いすら、叶えてくれる気がないらしい。
なら、もういい。平和なんて望まない。
私の生涯をかけてでも、私の人生を、私の命だけ残して全て奪い去った奴らを。
―――にしてやる。
※※※
その日は、突然訪れた。
私は.......というより、吸血鬼の大半は眠っていた。当然だ、『昼間』だったのだから。
吸血鬼の里は、ここ数百年、どの種族からも干渉を受けない、まさに平和そのものだった。
だから、申し訳程度に建てられた櫓で見張りをする同胞の警備が、ザルだったことは責められない。
お父さん.......族長ですら、そんな事は予想していなかったのだから。
私が異変に気づいて飛び起きた時には.......もう、最悪の事態は始まっていた。
二階にある私の部屋の窓から見えたのは、同じような白い服.......神官服と鎧を合わせたような格好をした、数百人の『人間』だった。
人間達は次々と家の中に押し入り、しばらくするとなにかを持って、満足そうな顔をして出てきた。
それがなにか理解した時、私は危うく嘔吐しかけた。
頭だ。吸血鬼の、私の仲間の、頭だ。
「なにが、起こって.......!?」
「リーン!!!」
大声に振り返ると、そこには取り乱した顔のお母さんと、焦りと怒りが同居したような顔をしたお父さんがいた。
「お父さん、これ.......!」
「分かっている!リーン、とにかくお前は母さんと共に逃げなさい。私もすぐに追いつく!」
「そんな、お父さんも.......」
「.......私は族長だ。そして、吸血鬼王だ。我先にと逃げるわけには、いかない」
「そんなっ.......命の方が大事だよ!お父さんが強いのは知ってるけど、でもっ.......」
その先を言い終わる前に、お父さんは私のことを抱き締めてきた。
「.......すまない、リーン」
その一言で、悟った。
お父さんは、きっと.......
「ミネア、リーンを頼む」
「.......分かり、ました」
そして、お父さんは敵陣に向かい、私はお母さんに抱えられた。
「いやっ、嫌だよ!!お父さん!!!離して、お母さん!!!」
お父さんは私の懇願に一瞬動きを止めたけど、すぐに駆けていった。お母さんも私を抱えたままだ。
「私は吸血鬼王!レイザー・ブラッドロードだ!我が同胞をこれ以上殺したくば、まずは私を殺してみろ!」
その言葉を皮切りに、後ろの攻撃音はより一層激しくなり。
.......私達が森へ逃げる頃には、その音は聞こえなくなっていた。
※※※
森に逃げ込んだお母さんは、なおも走り続けた。
10分程、奥に向かって走った所でようやく止まり、私を下ろした。
「.............お母さん」
「.............ここなら、暫くは追手が来ないと思うわ。少しだけ休んだら、また走りましょう。夜が来ればこちらが有利なんだから」
「逃げるって、どこへ?」
「.......分からない。でも、生きなきゃ」
そういうお母さんの顔は、酷い顔をしていた。
当たり前だ。ついさっき、何十年も一緒にいた伴侶を、死地へ置いてきたんだから。
何故?何故、人間は攻めてきたんだ。
私達はただ、平和に過ごしていただけだ。
なんで、なんで、なんで、なんで。
.......せめて、お母さんは守らなきゃ。
お父さんは、私達を守った。なら、今度は私の番だ。
そうだ、お父さんはまだ生きているかもしれない!それなら、助けに行かなきゃ!
あと、生き残った仲間たちに連絡を取って.......
そんな私の様々な思いを一蹴して、『そいつ』は現れた。
「うっ.......うっ.......悲しいっ.......!」
「悲しいのはわかるけど、しっかり.......っ!?」
瞬間、私とお母さんは飛び退いた。
聞こえてきた声が、野太い男の声だったから。
「転移魔法.......!?魔術師か!」
私達の後ろには、先程まではいなかった謎の男。
村を襲った人間と似た格好。背は2メートルを超えていて、大きな本を両手で持ち、そして何故か、涙を流していた。
「ううっ.......なんと哀れな2人よ.......!」
哀れ?ひょっとして、逃がしてくれる?
そんな淡い期待は、次の瞬間に裏切られた。
「こ、こんな可憐な少女と.......美しい女性が.......吸血鬼っ!ミザリー様の理に逆らう、邪道な魔族っ!嗚呼、人間に生まれていれば、何一つ不自由なく暮らせただろうにっ.......悲しい.......!」
邪道な魔族?吸血鬼が?
確かに私達は魔族だけど、魔王軍と人間の連合軍の戦争には不干渉を貫いてきたはずだ。
そもそも.......お前達が襲ってこなければ、何一つ不自由のない、平和な暮らしを送れていた!
「せめて.......せめて、来世は人間に生まれ変われるように!《聖十二使徒》の1人である私が、この手で神のみもとへ送って差し上げましょう.......!」
《聖十二使徒》?意味が分からない。
相手は1人だ、今の私の筋力なら.......!
次の瞬間、私の目の前で何かが『爆ぜた』。
凄まじい爆風.......だが.......私は吹き飛ばされていない?
「ううっ.......私の《爆炎》を防ぐなど.......!」
私が吹き飛んでいない理由はすぐに分かった。
私の周囲に、薄い膜のようなものが張られていたのだ。これが守ってくれたのだろう。だが.......誰が?
ハッとして横を見ると、そこには杖を構えたお母さんがいた。
お母さん.......もしかして、強かったの?
だけど、お母さんは苦しそうな声で―――
「リーン.......逃げなさい」
―――そう、私に告げた。
「い、嫌だよ!お母さんを.......」
「私は後方支援系なの。貴方を守ることは出来ても、あの男を倒すことは無理。だから、ここで貴方が逃げるまでの時間を稼ぐ」
「何を.......何を言ってるのお母さん!!ねえ!!」
里を追われて、更にお母さんを失うなんて。
私の心が耐えられない。
ならせめて、お母さんと一緒に死にたかった。
.......でも、
「お願い、リーン。私に、娘を守らせて」
ああ、なんて酷い言葉なんだろう。
その一言で、その一言だけで。私は逃げるしかなくなってしまった。
せめて、私が前世の記憶を持っていなければ。普通の5歳児らしく、お母さんにくっついて、一緒に死ねたかもしれないのに。
なまじ理解力があるせいで.......お母さんの『覚悟』を、悟ってしまう。
.......私は逃げた。
お母さんに、里に、背を向けて、一心不乱に。
「ううっ.......!私がそれを逃すと思っている.......!その愚かさっ!悲しいっ!」
「追わせると思う!?《次元封絶》」
「!?.......転移封じ結界!?こんな高等な魔法を使えるとは.......、ううっ、こんな使い手が、何故吸血鬼に.......!」
そんなお母さんと、怨敵の声を聞きながら。
私は流れる涙も、噛み締めすぎて唇から流れる血も気にせず、ひたすらに、逃げ続けた。