吸血姫と元勇者と最古参
竜人族の街は、魔族の国の首都『パンデモニウム』から数百キロ離れた、谷の下にある。
未だ訪れたことがなくて転移出来なかった私とヨミは、一度行ったことがあるというフェリアさんに頼んで、転移してきて貰った。
「.......では、私は戻るぞ。武運を祈る」
「え、フェリアさんは行かないんですか?ここまで来たら観光がてら一緒に来ては?」
「すまないな、仕事が残っている。.......それに万一、フルーレティア殿に目をつけられたら.......」
ブルッと身を震わせて、慌てるように転移の準備をするフェリアさん。本当にどんな人なのだろうか。
※※※
最古の魔王軍幹部の一柱、フルーレティア。
魔王軍発足から百年以上を魔王軍の為に尽くし、数多の戦果を上げた、魔王軍の英雄的存在。
その鬼気迫る強さについては、魔王様より聞いていた。
竜人族は種族進化が頻繁に起こる、珍しい種族。生まれた時は皆『下位竜人』だけど、そこから中位、上位と上がっていく。竜人族の種族進化の条件は極めて単純、『一定以上強くなること』。
ただし、レベルリミッターまでレベルを上げてしまえば、それ以上は地道なトレーニングしか強くなる方法はない。そのため、生涯を中位竜人で終える者が殆どだとか。
ルーズさんは幹部以上の中では私とヨミに次いで歳若い.......未だ二十代の若者にも関わらず、上位竜人に進化している強者。竜人族の大半が、中位竜人でレベルリミッターへと至り、上位への進化を断念する中で、天才の部類に入るだろう。
.......だけど実は、この話には続きがある。
竜人族の寿命は、約三百年。それなりの長命種だけど、千年を生きる吸血鬼族や、ほぼ無限を生きる妖精族に比べれば早死の部類だ。
けどそこに例外があり、上位竜人まで進化した竜人は、極々稀に、死の直前.......『古竜』という、超上位の種族に進化し、全盛期の肉体を取り戻し、数千年の寿命を得るらしい。
「.......その古竜が、フルーレティア様.......なんだよね?」
「らしいよ。その後は暫く魔王軍幹部に復帰して無双してたけど、やがて引退して、後進の若手を育てる立場になったんだって言ってた。.............で、今は何故かルーズさんのメイドやってんだってさ」
「.......なんで?」
「.......知らない」
ダメだ、どんなに経歴を回想しても、ルーズさんのメイドになる要素が見当たらない。
竜人族にたった一人しかいない古竜ともなれば、吸血鬼にとっての『真祖』、つまり魔王様みたいに、現人神のような存在として崇め奉られてもよさそうなのに。
「.......まあ、取り敢えず街の中に入ろうか。ここにいてもあれだし」
「そうだね。私達が四魔神将だってのはすぐに分かるはずだから、早々に偉い人に会わせてもらえるだろうし」
※※※
予想通り、街の検問で私達の顔を知っていた人が、上に通達してくれて、すんなりと街の中心、竜皇が住まう屋敷に通してもらえた。
「ようこそいらっしゃった、リーン殿、ヨミ殿。私が竜皇、ヴァベル・ドラグレイだ。息子が世話になっている」
「いえ、こちらこそ。.......それで、お伺いしたのは、その息子さんの件なのですが」
「ああ.......分かっている。噂に名高い四魔神将のお二人が来たということは、そういうことなのだろう?」
「はい。申し訳ありませんが、力づくで息子さんを引っ張りださせていただきます。これ以上ルーズさんが抜けるようであれば、魔王軍全体の損失となりますので」
「.......やむを得ない、か。出来れば、あいつが自力で出てきてくれるまで待ちたかったのだが.......」
「んなもん待ってられるか」
「リーン、抑えて抑えて」
「.......仕方がない、案内しよう。こちらへ」
竜皇ヴァベルさんの案内で、ルーズさんが引きこもっているという扉の前までは来た。
うん、扉の前。
.......扉.......
「.......扉っていうかこれ、門じゃない?」
「私もそう思った。.......ルーズさんは本当にこの中に?」
「ああ、間違いない」
扉って、普通にガチャって開けられるあれかと思ったら.......十メートル近くある、どデカい代物だった。
「さて、じゃあぶち抜きますか。ヨミ、手伝って」
「分かった」
「あ、ちょっ.......やめた方が.......」
この期に及んで、まだごねるのか、この親バカは?
私が少し睨むと、言いたいことを察してくれたようで、
「ああいや、そうではなくてね。.......その扉を破壊するのは、不可能だという話だ」
と言った。.......扉の破壊が不可能?
「どういうことですか?」
「その扉には、フルーレティア様の結界が張ってあるのだ。下手に攻撃を加えると、それが全て自分に跳ね返る」
なんだって。
フルーレティア様は、武にも優れていると同時に、世界最強の結界術師だって話は魔王様から聞いてたけど。
「じゃあ、どうすればいいんだろう?」
「方法は三つ。一つ、なんとかしてこの扉を破壊する。二つ、フルーレティア様を説得して解除してもらう。三つ、二人がかりでフルーレティア様を倒して、結界を無理やり解く」
「一つ目は無理だな、この結界はフルーレティア様の持つ力でもトップクラス。サクラ殿でも破壊出来ないはずだ」
「何その防御チート。.......じゃあ二つ目は?」
「ルーズを何故か溺愛していて、あいつの願いは可能な限り叶えようと考えるフルーレティア様が、説得に応じるとは思えん」
「じゃあ三つ目.......なんとかフルーレティア様を倒すしかないか.......」
「そうなるが、いくら四魔神将とはいえ、大丈夫かね?あの御方は.......」
「あらあら、ワタクシがどうかしたの?」
「んなっ.......!?」
「なん.......!?」
「フ、フルーレティア様っ!?」
全然気配を感じなかった.......!?
この人が.......最古の魔王軍幹部『界断将』フルーレティア。
魔王軍の英雄の一人、魔王様の始まりの仲間。
見た目は.............十八歳くらい、だろうか。私達よりは歳上に見える。
白髪の髪を足首まで伸ばした、超ロングヘアー。
そして、お尻の辺りから生えるトカゲのような白い尻尾に、小さな二本のツノ。竜人族の特徴だ。
「初めましてね、四魔神将の御二方。ワタクシがフルーレティアよ。以後よろしくね」
※※※
「.......お初にお目にかかります、フルーレティア様。私達のこと知っていて下さるとは、光栄です」
取り敢えず挨拶しておかねば。
大先輩だからね。
「あらあら、礼儀正しい子は好きよ。そっちのヨミちゃんもよろしくね」
「えっ.......あ、は、はい!よ、よろしくお願いしまゅ!」
ヨミ、可愛くて顔がにやけるから噛まないで!
「それで?魔王軍の現ツートップが、なんでこんなところにいるのかしら?ねえ、ヴァベル.......まさかとは思うけど、ルーズちゃんを引っ張りださせようなんて、考えてないわよねえ.......?」
「ヒイッ!?.......し、仕方ないんです!ここここれは魔王様の決定でえ!」
「あのチビッ子の決定を実力で覆しても罰せられないくらいの経歴は、ワタクシ持ってるわよ。しかしまあ、あの子ったらこの二人まで送り込んでくるなんて.......ルーズちゃんは繊細なんだから、少しくらい待ってもよさそうなものじゃない。せっかちなのは相変わらずね、フィリスのやつ」
魔王様をチビッ子呼ばわりしたり名前で呼んだり.......本当に最古参なんだな、この人。
「.......お言葉ですが、フルーレティア様。ルーズ様が居なくなった戦場で、早くも人間共が勢いを盛り返しております。早々に戻ってきて頂かないと、魔王軍にとって大きな損失となるのです。ですので.......」
「そうは言っても、ルーズちゃんが出てくる意思がないなら、引っ張りだしたって同じじゃない?ずーっと戦場でもいじけて、ろくに指揮もしない姿が目に浮かぶわ。そんな姿も可愛いけど」
「うっ.......そ、それは.......」
「.......引っ張りだしてから先は、ボクとリーンがなんとかします。絶対に。.......だから、この結界を解いてください」
「ヨ、ヨミ.......!」
おお.......なんだ、この頼もしい天使は。
あれ、なんだか翼と輪っかが見える。
「ふーん.......そう。けど、結界は解かないわ。どうしてもと言うなら、ワタクシを倒すしかないわね」
「うう.......やっぱり、そうなりますよね」
「四魔神将とはいえ、ワタクシ.......最古の魔王軍幹部たるこのフルーレティアに、勝てるかしら?さあ.......始めましょうか!」
え、ちょっ、展開早くね!?
こうなる予感はしてたけど!
「ちょっ、待っ.......フルーレティア様、落ち着いてください!私が.......」
「すっこんでなさいヴァベル。あんたじゃこの戦いについていけないわよ」
メイドに睨まれてすごすごと帰っていく竜皇という、大変珍しいものを見た。
「はあ.......やるしかないか。行こう、ヨミ」
「うん。.......けどリーン、大丈夫?」
「あー、日の入りまであと二十分?まあなんとかなるでしょ」
そして、出会って間もない最強の竜人との戦いが、望んでもないのに始まった。