吸血姫と元勇者と竜人族
『リーン、ヨミ、助けとくれ』
.......そんな、今まで聞いたことの無い、魔王様の弱々しい声が聞こえてきたのは、ヨミがミィアを殺してから三ヶ月ほどが過ぎたある日。
私がヨミと背中合わせで本を読んでいる時だった。
『.......どうかしたんですか、魔王様』
『休暇中にすまぬな。とにかく、城に来とくれ。.......詳しい話はそこで話す.......』
念話はそこで切れてしまった。
「.......どうしたんだろう。もしかして、戦争の方がまずいことになってるのかな.......?」
「分からない。でも、魔王様があそこまで弱々しい声を出すってことは、余程の事だね。.......行こう、ヨミ。魔王様を助けなきゃ」
「うん、勿論」
私もヨミも.......ヨミは特に、魔王様には大恩がある。
見た目は小さいけど、とても大きな御方だ。
その剣となり盾となるべきである魔王軍、その最たる存在が私達だ。
魔王様の心をかき乱すような事があるなら、どんな火の粉も振り払う。それが私達だ。
かつてない緊張を胸に、私とヨミは、魔王城へ向かった。
※※※
「.........................すみません、もう一度言って貰えます?」
魔王の間。
魔王軍にとって神聖な場所と言っても過言ではないこの場所で、こんな間抜けな声を出したのは、私が初めてかもしれない。
隣のヨミも、ポカーンとした表情だ。
「.......そうよなあ.......そういう顔にもなるわなあ.......」
最奥の椅子に座る魔王様は、「ですよね〜」とでも言いたげな顔で私達を見ている。
そして魔王様は、申し訳程度に威厳のある顔をして、
「ルーズが引きこもったんじゃ。なんとかしとくれ」
先程と同じ言葉を、一言一句違わず言った。
「.......聞き間違いじゃありませんでしたか」
「出来れば間違いであって欲しかったわ」
「えっと、冗談とかじゃ、ないんですよね?」
「むしろ冗談であって欲しかったわ」
本当に何があったんだろうか。
「えっと、じゃあとりあえず、詳しくお話を.......」
現、魔王軍幹部第三位、『豪炎将』ルーズ・ドラグレイ。
温厚な者が多い魔王軍では珍しい、戦闘狂気質の男。
竜人族の皇子であり、魔王軍幹部の中でも強い部類だ。
「.......そのルーズさんが、何故引きこもりに?」
「あの人、短絡的.......考え無し.............豪放磊落な気質だから、そんなことしないと思ってました」
「ヨミよ、言葉を選んだのは立派じゃが、もう少し浮かんだ単語を隠す努力をせんか。.......あと、よくそんな難しい言葉を知っとったな」
まあ、あの人ぶっちゃけバカだからなあ。
後先考えないタイプというか、考えるより先に手が出るタイプというか.......アロンさんとは違うタイプのバカ。
聞いた話だと、魔王軍幹部になりたての頃、グレイさんに勝負を挑んでボコボコにされたとか。
魔王様は額に手を当て、深ーーく息を吐き、
「.......それがのう、あやつ.......戦争で、聖十二使徒と一騎打ちになり、負けたらしいのじゃ」
.......なるほど。あの人、腕は立つから、戦場で負け無しだったのも事実なんだよなぁ。
でもそこで、負けちゃったからショックで引きこもったと。
うん、そういうことか。
なるほどなるほど。
「.............ガラスのハートすぎるわっ!」
「メンタル弱っ!?一度負けたくらいでそれ!?ボクとリーンなんて、昔は百回単位で幹部の皆さんに負けましたよ!」
おいおい嘘だろ魔王軍幹部!?
そんなんで仕事放棄して引きこもりデビュー!?
「そうなんじゃ.......妾もまさか、あやつがあそこまで心が弱いとは思ってもおらんかった.......受けた傷はとっくに治っておるはずなのに、一週間も自室から出て来ぬのじゃ.......」
「そ、それ、中で自殺とかしてませんよね.......?」
「いや、食事はしっかり取っておるらしい。あやつのところのメイドが毎日作っておるらしくてな。それどころか、たまに食い終わった食器の上に、買ってきて欲しいもののメモが乗っておることも.......」
「ただの引きニートじゃんアホらしい!しかも、そんなニートをメイドが甲斐甲斐しく世話してるのもなんかイラッとするし!扉ぶっ壊して引きずり出しましょうよ!」
「それがのう.......竜人族の皇帝.......つまりルーズの父親である、竜皇がの。『出来れば、こいつの心が癒えるのを待ってやって貰えませんか。こいつも、好きで引きこもってる訳じゃないんです、我々もなんとか手を尽くしますから.......』と、言っておってな。竜皇は元幹部で、妾も随分とあやつに頼ったことがあるから、その意思を無碍にする訳にもいかず.......」
「騙されないでください魔王様、それはダメ息子に依存するダメ親の発言です!」
このままではまずいぞ。
なんだかんだ言って、ルーズさんは魔王軍幹部としては優秀で、指揮官としての才も優れていた。
このままルーズさんが抜けたら、戦況はちょっと所ではない変わりようをみせるだろう。勿論、私達魔王軍には悪い方向に。
「そんなもん無視です無視。長期に渡るいじめからの精神的ショックとかならいざ知らず、一度負けたのがショックで引きニートなんて、冗談じゃない。そんな人はね、手遅れになる前に扉を叩き壊して、太陽の下に引きずり出してやるに限るんですよ。生物っていうのは、太陽の下にいれば大体元気になるんです」
「いいこと言ってるけど、リーンって月に愛された吸血鬼だよね?」
ヨミ、余計な茶々を入れない。
「.......うむ。まあ、妾もそれしかないとは思っておった。故に、主らを呼んだのじゃからな」
「.......そういえば今更ですけど、なんで私達二人が呼ばれたんだって話がされてませんでしたね。扉を破壊するくらい、幹部どころか一般兵士でも出来るでしょう。なんで私達.......しかも二人共?」
「.......この任務は、四魔神将が二人がかりで挑まぬと、失敗の確率が高いからじゃ。そしてサクラはこの任務に相性が悪く、グレイは別件でな。故に主らを呼んだのじゃ」
.......??
なんで、たかが引きこもり一人引っ張ってくるだけの任務が、そんな超高難易度クエストに?
「えっと.......その、元魔王軍幹部だっていう竜皇さんが妨害してくるとか?」
「いや、今のあやつには全盛期の力はないからのう。勿論今でも強いが、普通に幹部でも対処出来る程度じゃ。.......問題は、ルーズのメイドの方なのじゃ」
メイド?
何、準幹部のダークエルフ、シェリーさんみたいな戦闘メイドなの?
「名は、フルーレティア。最古の魔王軍幹部の一人だった女じゃ」
............................なんて?
今、最古の魔王軍幹部とか聞こえた。
「え、最古って.......え、どういう?」
「数百年前、妾と共に魔王軍を作り上げた最強の竜人、それがフルーレティアじゃ。妾と最も長い付き合いの一人でもある」
「.......本当の意味で最古参の魔王軍メンバーってことですか!?」
「なんでそんなやばそうなのがルーズさんのメイドなんかやってんですか!」
「それがあやつ、何が気に入っておるのか知らぬが、ルーズにダダ甘でのう.......メイドをやると言って聞かんかったのじゃ。まああやつはとっくの昔に幹部を辞して隠居しておるし、別に構わんと思ったんじゃが.......ここに来て最悪の障害になるとは.......」
そう言って魔王様は頭を抱えてしまった。
そんなに強いのか、そのフルーレティアって人は?
そりゃ強いよね、最古の魔王軍幹部とか、聞くだけで鳥肌立ちそうだもの。
「ちなみに、その方の強さはどれくらいで?」
「今のグレイと互角か、多少上くらいかのう」
.............あれ、単身じゃちょっと心許ないけど、勝てなくもないかも?
こっちにはヨミがいる。二対一なら負けないはず。
私は魔法に徹して、ヨミに近接を任せれば、ヒット&アウェイ戦法で多分ゴリ押し出来.......
「一つ言っておくと、あやつに魔法による攻撃サポートを前提とした戦法で挑もうとしておるなら、今のうちにやめておけ。あやつには魔法が効かぬからな」
.......................................................なんて?