元勇者の復讐
「う、嘘でしょう.......?」
これ程までに、目の前の光景を疑ったことは、人生で一度もない。
―――三千人の兵士が、たった一人の剣士の前に全滅。
しかも、途中から、美しくないために嫌っている《狂戦士化》まで使って、それでも止められなかった。
本当になんなんだ、あの怪物は。
魔術師.......サクラのような、大規模魔法を使う魔術師によってこの惨状が生み出されたのであれば、驚きはしない。
.......だけど、あの子供のような姿の敵は、剣一本でこれを成したのだ。
このままでは、このクレイ砦は勿論、私の命も危ない。
「ミィア様、どうすればっ.......!」
「ここの駐在兵士を防衛に当らせ、撤退しますわ!転移阻害結界から脱出後、すぐに転移しますわよ!.......魔法はどうせ防がれますわ、大砲や銃弾を使って足止めなさいな!」
この砦が落ちるのはまだいい。
兵士が死んだのも別に構わない。
だけど、私がここで死ぬのは耐えられない!
私に、あの化け物に勝てる見込みは少ない。
なら、私だけでも撤退するべきだ。
「ミィア様、この砦の牢に入れてある、魅了した魔族の精鋭達は.......」
「勿論連れていきますわ!急ぎますわよ!」
※※※
.......無駄に大きな砦だなあ。
「この奥には通さない」って気持ちをビリビリ感じるよ。
まあ、ボクには関係ないし、どんなことしても無駄だけど。
「.............撃てえぇぇ!!」
ん?
.......ボクに魔法が効かないというのを学習したみたいで、銃と大砲に戦法を切り替えてきたみたいだ。
けど、こんなもの、斬るまでもない。
「.............ダメです、効きません!!」
「畜生、どんな防御力してやがる!!」
3万を超える防御力を持つボクにとって、銃弾なんて雨粒みたいなものだ。
砲弾は煙臭いから嫌いだけど、別に当たっても死なないし、状態異常に対する耐性も高いから、煙で窒息することも暫くは無い。
「絶対に砦の中に入れるな!ミィア様がお逃げになられるまでの時間を稼ぐんだ!!」
「「「はっ!」」」
.......は?
ちょっと待って、もしかして、あの女、逃げようとしてるの?
それはまずい。戦局的にも感情的にも、ここで殺しておきたいのに。
「《身体強化―超加速》」
速度を一気に上げて、砦の中に突っ込む。
途中、門番とか暗殺者とか色々いたけど、全員斬り殺した。
ついでに門も斬った。
「ああっ、砦の中に侵入された!」
「まずいぞ、応戦しろ!急げぇ!」
.......人間って本当に脆い。
首、胴体、内臓、脳.......そういった場所を、斬るか貫くかするだけで簡単に死ぬ。
撃ってきた弾丸を、放たれた時以上の速度で剣で脳に打ち返すだけで死ぬ。
弧を描いて剣を振り、四肢を全て斬り落としただけで、出血多量で死ぬ。
敵が持っていた剣を投げ飛ばしただけで、当たった人間は死ぬ。
「アハハハ.......こんな脆弱で、そして卑怯な生き物を守るなんて、そんな目的のために、ボクの人生は奪われたのか」
そう考えると、怒りを通り越して最早笑えてくる。
ああ、よかった。
不安だったんだよ。平和な日常を過ごしてることが多かったから.......リーンと違って、ボクは、復讐心を忘れているんじゃないかって。
でも、大丈夫だ。
こうやって人間を見ると.......思わず反射的に殺してしまう。
そして、その事になんっの罪悪感も抱かない。
「さて、ゴミ掃除の時間だよ?.......皆殺しだ」
※※※
「ミィア様!準備、完了致しました!お急ぎ下さい、あの化け物がすぐそばまで迫っております!」
「分かっていますわ!さあ早くっ.......!」
砦の最奥にある礼拝堂。
ミザリー様を崇める、この砦で最も重要な場所。
ここに、緊急脱出用の隠し通路がある。
「.......グズグズするんじゃありませんわよ、下賎な魔族共っ!早く来なさい!私を守るのですわ!」
「.............」
時間をかけすぎてしまったかもしれない。
くっ、何故この私がこんな目にっ.......!
―――ドゴォォォンッ!!
「なっ.......何が!?」
「ああ、ここだったのか.......やっと見つけたよ。うん、間に合ってよかった」
「あ、貴方っ.......!」
あの時は遠すぎて顔などは見えなかったが.......間違いない。
単身で私の下僕達を全滅させた、あの化け物だ。
腹の立つことに、私と同じ銀髪。そこそこ整った顔立ちの女。
しかも、見た目は完全に子供だ。
「ミ、ミィア様を守れ!」
「そうだ、俺達がっ.......」
「君達は邪魔」
「えっ?.............あ゛っ゛」
「ぐげっ.......」
「え?.......あ、貴方達っ!?」
.......何が、起こった?全く見えなかった。
瞬きした瞬間に、私の下僕が全員っ.......!?
「ま、魔族共っ、私を守りなさいな!私が逃げるまでっ.......」
「《身体強化―威圧波動》」
私が言い終わる前に、化け物からナニカが発せられ.......そして、魔族共は全員動かなくなってしまった。
「な、何をっ.......!?」
ここにいる十匹の魔族は、私が魅了した中で最強の精鋭だったはず。
なのに、どうやって.......!?
「さて、これで君一人だね。どうするの、もう下僕はいないけど?」
そして化け物は、私にゆっくりと近づいてきた。
※※※
.......危なかった。
もう少しで逃げられるところだったよ。
取り敢えず、ミィア以外の人間は全員殺したし、魔族のみんなは行動不能にした。
これでゆっくり、この女と殺りあえるよ。
「ま、待っ.......待ってくださいな!話をしましょう!.......貴方が誰かは存じ上げませんし、私は戦士職では無いので簡単な把握しか出来ませんが、貴方が非常に強い.......それこそ、聖十二使徒の上位と同等以上の強さを持つことは分かりますわ!ですからっ.......」
「.......はあ。あのさ、その言葉に乗せて使ってきてる《魅了》の魔法、無駄だし不愉快だからやめてよ。それでもなにか話があるって言うなら、聞いてあげるけど?」
リーンから聞いた通り、姑息な手段を使うよ。
「ぐっ.......!ふ、ふふふふ.......どうやら、まだ過小評価していたようですわね。ですが、私が聖十二使徒だということをお忘れでなくて?私が魅了しか能のない女だと思ったら.......」
何か言っていたけど、興味なかったし隙だらけだったから、取り敢えず足を斬り飛ばして逃げられなくした。
「大間違.............い.......?.............ぎ、ぎゃああああああああああああああ!!!」
うるさい.......。
聖十二使徒のくせに、痛みに対する耐性すら身につけてないのか。
「あ、足っ、あ.......私の美しい足がああ!」
「えっ、そこなの?.......はあ。本当に、自分の美しさに自信を持ちすぎだよ.......。それにさ、たまには鏡で自分の顔を見るだけじゃなくて、他人の顔もよく見た方がいいと思うよ?.......ねえ、ボクの顔見て、なにか思い出さない?」
「ひぎぃっ.......!はぁ.......はぁ.............え?」
そう言われて、ミィアはボクの顔を凝視した.......けど、どうやらピンとこないらしい。
まあ、当然か。あの頃とは顔つきも随分変わっただろうし.......そもそもこの女は、とっくの昔に死んだと思っている妹の顔なんて、覚えてないんだろう。
「.......そうだよね、お前はそういう女だったよ。.......聖十二使徒に選ばれていたってのは流石に驚いた。まさか、あの村の女王様気取りが、そこまで出世してたなんて思わなかったからね」
「.......な、何の話を.......」
「ボクはお前に、随分と色々とされたよね。三つも歳下なのに、重いものは持たされたし、椅子にされたし、村の子供をけしかけられていじめられたり」
「.......??.............ほ、本当に何を.......?」
ここまで聞いても思い出さないか。
頭が足りない女だ、まったく。
「ボクのステータスが自分より遥かに高いと村に伝わって、ボクが祭り上げられた時は、影でコソコソとボクに嫌がらせしてたよね。.......まああれはいいんだよ、別になんとも思わなかったし。なんならいじめられてたことも、正直そんなに怒ってないんだ」
「.......?.............ッッ!?」
.......その顔、漸く思い出したかな?
「それでも一つだけ許せないのはさあ.......お前、ボクが勇者として神都に連れてかれる時に、笑ってたよね。.......ボクがこれからどんな目に遭うか、知ってたんだろ?知ってて、ボクを行かせた。.......いやあ、まさか.......あそこまで性根腐ってるとは思わなかったよ」
「あ、あ、ああ.......貴方、まさか.......まさか.......!?」
「どうしたの、姉さん?そんなに震えて。ただ、妹が逢いに来ただけじゃないか。.......まあ、もうすぐお別れだけどね」