元勇者と殲滅
「微」、外しました。
「ヨミ、大丈夫?忘れ物ない?ちゃんとご飯食べたよね?ハンカチちり紙持った?剣の手入れは?あと、それから.......」
「だ、大丈夫だよリーン。ちゃんと全部確認したから.......」
「主はヨミのなんなんじゃ。母親か?姉か?それとも嫁か?.......まあなんにせよ、気をつけて行くのじゃぞ、ヨミ」
「も、もう、魔王様ってば!よよよよ嫁だなんて.......違うそうじゃない。.......ヨミ、本当に気をつけてね?」
「大丈夫だってば。魔王様もリーンも心配性なんだから.......じゃあサクラ君、お願い」
「は、はい!.......《転移》」
.......戦場に降り立つのはどれくらいぶりだろう。
ボクは、その存在を知られてはいけない立場だ。故に、完璧に皆殺しが可能な場所にちょくちょく出されていただけで、普通の戦場っていうのはちょっと経験がない。
例によって、サクラ君の転移阻害結界によって周囲を固められた戦場。普通と違うのは、相手が数千人、しかも先頭に魔族が数百人いるのに対して、こちらにはボク一人しかいないという点。
まあサクラ君もいるけど、彼はこの後すぐに、別の場所に移動する手筈だ。
「え、えっと.......ヨミ、さん。大丈夫.......ですか?」
「うん。ありがとう、サクラ君。」
最後にサクラ君が転移するのを見届けて、ボクは相手に向き直った。
敵は数千人。だけどこの奥に、あの女がいる。
そう思うと、負けるわけにはいかなくなった。
まあ、負ける気なんて全然起きてないけどね。
あんな、嫌っている筈の魔族を盾にして後ろでふんぞり返ってる雑魚共、何万人かかってきたって負けるわけが無い。
「.......ん?おい、あれ、誰だ?」
「人間.......か?いや、擬態してる魔族の可能性も.......」
近づくにつれて、そんな声が聞こえてきた。
さて、そろそろかな。
「そこで止まれ!貴様は何者っ.......」
「《身体強化―威圧波動》」
ボクが魔法を発動した瞬間―――目の前にいた魔族が、全員その場に倒れ伏した。
※※※
「なっ.......なな、なんだと!?」
「どうなってる!?」
「おい、なんだよこれ!?」
《威圧波動》は上級の身体強化魔法であり、その効果は「特定の相手に対する行動制限」。
ボクから『強さ』という名の圧力を発生させ、相手の行動を阻害する。今のボクだと.......ボクより平均ステータスが二割以下の相手はほぼ完全に動けなくなる。
ボクの平均ステータスは約35000。つまり、平均ステータス7000以下の相手の行動を封じることが出来る。
それを、今回は魔族だけに使った。
「クソっ、魔族共の壁が機能しなくなった!」
「使えねえ、魔族如きが!.......待て、あのガキを殺せばまた動くんじゃないか?」
「多分な。よし、やるぞ。誰かあのガキ殺してこい」
《威圧波動》には、この場の全員の動きを止める程の影響力は無い。
だから、ボクは魅了されている魔族の足止め.......もっと言えば自殺の防止の為にのみ、これを使った。
つまり、人間は全員動ける。ボクは今から、この三千人くらいいる人間を、一人で全員皆殺しにしなければならない。
「ったく、クソが.......めんどくせえことしやがって、魔族のガキが!死ね!」
完全にボクを舐めてかかった大柄な男。
大振りに振った斧が、ボクに―――
「.......ぎゃぺ?」
振り下ろされる前に、超速で首を斬り落とした。
弱い。弱すぎる。
魔王様や四魔神将、幹部の皆さんに比べたらまるで赤子だ。
「.......は?」
「お、おい。あのガキ、今何を.......」
「《身体強化―飛撃・空間知覚・超加速・斬撃強化》」
「えいっ」
まず手始めに、その場で横薙ぎの素振りをしてみる。
.......うん、やっぱり魔剣ディアスは手に馴染むね。
終剣アリウスは置いてきた。まだ二刀流は慣れないしね。
さて.......うん、ちゃんと斬れてる。
「あえ.......?」
「ぐがっ.......!」
ボクの目の前にいる、六人位の人間の胴体が完全に切断されている。
これが身体強化魔法《飛撃》の力。離れた敵に対して、攻撃を飛ばす。ボクの斬撃なら.......そうだな、五メートルくらいの範囲なら全員斬れると思う。
「なっ.......な、なんだこれ!」
「ぜ、全員警戒!敵は.......い、いない?」
「こっちだよ」
「ひっ.......!?こ、このクソが.......あがぁっ」
さあ.......蹂躙だ。
この場の全員斬り裂いて、最後にあの女を殺す。
決意を新たに、ボクは取り敢えず、周囲の人間を手当たり次第に斬り殺した。
※※※
「な、なんなんですの.......なんなのよ、あれは!?」
目の前で起こる惨劇に自分の目を疑い、私は思わず叫んだ。
現在、目前では、一方的な殺戮現場が広がっていた。
敵はたったの一人。しかも魔法も使わず、剣一本。
.......なのに、その敵を仕留めきれない。それどころか、こちらの数がどんどん減っていってる。
魔法を何度も撃ったけど.......どういうカラクリなのか、その魔法も全て斬られた。
.......なんなんだ、あれは。
私の人生は、生まれた時から成功すると決まっていた。
生まれ持った美しすぎる容姿。それは、歳を重ねる毎に顕著になっていき、十を過ぎた頃には、最早人間とは思えない美しさを私は持っていた。
両親も村の人々も、皆私を崇めた。
同い年の子供も、大人も、年寄りも、みーんな私の下僕だった。
全て上手くいっていた。才能も、容姿も完璧で、最年少で聖十二使徒に抜擢され、誰もが私に平伏した。
.......なのに。
「ミ、ミィア様!このままではっ.......」
「分かっていますわっ!.......くっ、ここは撤退しますわよ!転移の準備を.......」
「そ、それが.......周囲に転移阻害結界.......《上級転移》でも破壊不可能な程の強固なものが張られており、逃げられません.......!」
「なんですって!?ああもう、どうしたら.......!」
「.......ぐっ、仕方がないですわね!あまりこの手は使いたくなかったのですが.......!」
※※※
.......もう、千人近くは殺したかな。
周りの人間はすっかり怯えて、ボクに攻撃を仕掛けなくなってきていた。
たまに飛んでくる魔法を頼りにしてるみたいだけど、そんなものは意味を成さない。
ボクの持つ神器『魔剣ディアス』。炎や水といった、決まった形、もしくは実態を持たない物すら斬り裂くことが出来る剣。そしてそこには、魔法現象も含まれる。
だから飛んでくる魔法は、全て斬り落とした。
さて、次は.......
.......ん?
「ぐっ、があああ!?」
「ぐおっ.......な、こ、これは.......!?」
.......なんだ?
何もしてないのに、周りの人間達が苦しみ出した。
そして、次の瞬間.......
「「「グオオオオオオオオォ!!!」」」
いきなり叫び出したかと思うと、ボクに襲いかかってきた。
.......ああ、そうか。精神魔法の《狂戦士化》か。
理性の大半を封じる代わりに、恐れや痛みを忘れさせ、体のリミッターを外すことによって、普通はありえない力を無理やり引き出す魔法。
ミィアはたしか、精神魔法の使い手と魔王様が言っていたな。あの女が使ったのか。
「.......で、それがどうかしたの?」
ボクは、普通に関係なく、襲いかかってきた全員の首を斬り飛ばした。
《狂戦士化》は体のリミッターを外すだけで、防御力が上がるわけじゃない。
いくら筋力と速度を上げてボクに襲いかかってきても、平均ステータス三桁の雑魚が多少強化されてくらいで、ボクに勝てるわけが無い。
蟻がコオロギになった所で、恐竜には勝てないんだよ。
続々と襲いかかってくる狂戦士、今までとなんの変わりもなく全員斬って斬って斬り殺すボク。
そしてそこから僅か二十分後.......戦場には、ボク以外、誰もいなくなった。
「さて.......ミィアはあそこの砦の中かな?いいや、このまま攻め入っちゃお」