元勇者と邪神
.......なんなんだろう、この感覚は。
まるで、水底から浮き上がるような.......水面から一気に沈んでいるような.......よく分からない感覚。
こんなの初めて。.......ここはどこ?
「ここは神の領域。.......漸く、貴方の精神に干渉することが出来ましたよ」
誰?
「さて。話すのは初めてですね、ヨミ。私はイスズ。死と憤怒を司る神です」
.............はい?
※※※
「えっ、イスズって.......えっ!?」
「あ、ここでは極力声を出さないでくれますか?念じるだけで私へ声は伝わります」
は、はあ。
えっと、これで聞こえてるんですか?
「はい、聞こえてますよ」
うわ、本当に!?
.......で、貴方は.......本当にあの、邪神イスズ様なんですか?
「私、邪神って名乗った覚えないんですけどねえ。まあ、今じゃその呼び名が通ってますよ。信じられないのであれば、その剣で私に斬りかかってみる、というのはどうでしょうか?我々神には、下位の存在に対する絶対優位性が備わっているので、痛くも痒くもありませんから」
い、いえ、遠慮しておきます。
それに、なんとなく感覚で、神なんだなー、っていうのは分かりますから。
「鋭いですね、流石は元勇者。.......はあ.......それにしても、人間である貴方に干渉しようとするのは骨が折れましたよ。魔族の神である私は、元々貴方への接触権限を持っていませんでしたし.......もう、神界規定のギリギリと穴を突いて、苦節八年、漸く貴方と話せます」
だ、大丈夫なんですか、それは.......?
.......それで、何故そこまでして、ボクに干渉を?
「その話に入る前に、色々とお話がありますからね。.......まあ、ゆっくり座ってお話しましょう。ほら、お菓子とお茶用意してますから」
えっ、いつの間に?
でも、なんか見たことのない食べ物が並んでるんだけど。
「異世界から取り寄せました。ケーキもありますよ。まあまあ、どうぞどうぞ」
えっと.......じゃあ、いただきます。
.......。
.............美味っ!?
「美味しいでしょう?魔王やリーンさんにも好評でしたからね」
へー!違う世界にはこんな美味しいものがあるんだ!
うん、甘くて美味し.............え?
魔王とリーンさん?
魔王様はともかく.......リーンもここに来てるんですか?
「はい、来てますよ。彼女には、私が昔から何度も干渉してます。暇潰しに付き合ってもらったり、時にはアドバイスをしたり」
聞いてない.......。
「それはそうでしょう、神と対話してるだなんて、頭とち狂ったとしか思われませんよ。信じるのは、同じ関係にいる魔王くらいのものでしょう」
まあ、そうですよね。
あ、これも美味しい。
「おや、リーンさんと好みが似ているんですね。それもリーンさんが好きな、どら焼きというお菓子です」
うん、中のよくわからない黒いのが甘くて美味しいです。
「あんこですね。それが好きなら、こっちも美味しいですよ」
こうして、ボクは食べたことの無いお菓子を、一時間くらい堪能した。
※※※
「.......さてさて、ではそろそろ、問に答えましょうか。何故私が色々と危険を冒してまで、貴方に干渉したのか」
はい、お願いします。
「...................」
.......あの、なにか?
「.......いえ、なんか.......魔王も、最近はリーンさんも、私の扱いがなんとなくぞんざいだったので.......こうやってビシってして聞いてくれる子が、なんか.......眩しいというか.......」
ええ.......。
「ゴホン!.......えー、では改めて。貴方に干渉した理由ですが.......単刀直入に言います。ヨミ、貴方、私の眷属になる気はありますか?」
.......ボクが、眷属?イスズ様の?
つまり、魔王様と同じ?
「そうです。今現在、私が眷属としているのは魔王フィリスのみ。リーンさんにも後々声をかけますが、まずは貴方をと思いまして。私の眷属となり、邪神の加護を得る気はありませんか?」
何故、先に、ボクを?
「貴方が人間だからです。人間である貴方は、我々神は勿論、長命種であるリーンや魔王の時間感覚からすると.......言うまでもありませんが、寿命が非常に短いのです。ですので、今のうちに加護を与え、『不老化』の力を身につけておいて貰いたいのですよ。.......これから先、人間を滅ぼす際に、何十年.......下手すれば何百年の時がかかるかわかりません。その際、貴方のその類稀な才能は不可欠ですから」
.......成程。
しかも、加護を与えられるということは、ボクはもっと強くなれる、ということですよね?
「無論です。単純なステータス上昇、レベルリミッターの底上げ、他にも色々。.......まあ、邪神の眷属になるなど、そうそう簡単に決められるものでは.......」
分かりました。なります。
「ないです.......よ.......ね?え?なるんですか?」
はい。なります。
加護を得て、より強くなれるなら、受けない理由がありませんから。
「最強」を目指すボクにとって、これ以上ない案です。
「.......そうですか。それは良かった。では早速.......」
あ、少し待ってください。
受けると言っておいてあれなんですが.......眷属になるのは、二、三年後にして欲しいんです。
「.......?何故.......ああ、そうですね。十三歳の肉体では、まだまだ発展途上。最盛期の肉体とは言えませんか」
そういうことです。
「分かりました。では、貴方の肉体が最盛期になったと判断した時、また意識におじゃましますね」
はい、よろしくお願いします。
ボクの我儘を聞いてくださって、ありがとうございます。
「(.......リーンさんが惚れる気持ちが少し分かりますね)」
え?
「あ、いえ、こちらの話です。.......っと。そろそろ意識を戻さないとまずい時間ですね。.......あっ、言い忘れてました」
.......?
「あの、ミィアという、貴方の姉の件なんですがね。四魔神将.......というか、第一席、つまり貴方について聞き出そうとしていたので、私が阻止しておきました」
.......そんな重要そうなことを、最後の付け足しみたいにサラリと!?
「まあ、言っても言わなくても変わりませんし。.......この世界の全ての魔族は、現在、最上位特殊職業である『魔王』を持つ者、即ちフィリスの支配下にあります。そして、その魔王は私の眷属です。なので、魔王を通じて、全ての魔族に対し、魅了されている間は貴方の記憶を断片的に忘れるように細工をしかけました。.......流石に魅了を解いたりすると、過度な干渉となって私が罰せられるので、これくらいしか出来ませんでしたが」
い、いえ、十分です。本当にありがとうございます。
ボクの正体を知られていたりしたら、洒落になりませんから。
「ええ、貴方が生きていて、しかも魔王軍に手を貸しているなどと知られたら、人間は時が来るまで守りに徹しようとするでしょうからね。.......さて、そろそろ時間です。貴方への干渉は本当に難しいので、恐らく次は、本当に数年後になってしまうと思います。.......ではまた、お会いしましょう」
※※※
「んっ.......」
目が覚めると、見慣れた天井だった。
ボクの部屋の天井だ。
あれは.......夢?
「ヨミっ!」
ボクを呼ぶ声がして、そちらを振り向くと、タライとタオルを持ったリーンがいた。
「目が覚めた!?私のこと分かる!?」
「あ.......リーン.......うん、大丈夫」
「本当に?.......良かった.......ヨミ、会議室で倒れて、丸一日起きなかったから.......もう、どうしようかと.......!」
.......そんなに寝ちゃってたんだ。
じゃあやっぱり、あれは夢だったのかな。
「取り敢えず、魔王様達に報告に行かなきゃ!.......体起こせる?無理そうなら、私が一人で行ってくるけど」
「.......ううん、大丈夫」
むしろ、前よりも動きやすくなった感じすらある。
たっぷり寝たからかな?
「そっか、ならよかった。じゃあ行こ。ほら、着替えて着替えて」
「うん。じゃあ、恥ずかしいから外出て.......」
「お構いなく」
「え?いや、恥ずかしいから.......」
「お構いなく」
.......リーンのことは勿論大切に思ってるけど、たまにこういう、変な行動を取るのが玉に瑕だなあ。
あ、そうだ。リーンに聞けば、あれが夢だったのかどうか分かるかも。
「ねえ、リーン」
「ん?なに?着替え手伝って欲しいの?いいよ私が」
「ボクに内緒で、神様とお菓子食べてたの?」
「いや、だってヨミは人間だから、イスズ様が干渉出来な.......」
そこまで言って、リーンは持ってたタライをボトリと落とした。