転生少年と訃報
「.......冗談じゃねえぞ」
法皇によって、戦場への勇者投入が発表された日の夜。
俺はアヴィスのその呟きを聞き逃さなかった。
現在、部屋には俺達二人しかいない。不快なことに、非常に不愉快なことに.......俺とこいつは相部屋なのである。
そのせいで召使いやパシリみたいに使われることも多かった。まあ、最近はこいつ自身が忙しい事、転生者が増えてこいつのパシリが増えたこともあって減ったけど。
「.......なんのことだよ」
「分かってんだろ、戦争だよっ.......!クソッタレ、十三歳のガキを戦場に出すか普通!?」
「.......先代の勇者は、八歳で戦場に出てたって話だぞ」
「その結果、歴代最強なんて言われてたそいつすら一年も掛からずに死んだんだろうが!!」
どうやら、本気で嫌らしい。
「意外だな。お前なら、戦場で無双して畏敬を集めて、ハーレムを作ろうとするくらいやるかと思ってたけど」
「命の危険まで冒してやることじゃねえだろ。それに、勇者としての権力があれば、女なんていくらでも貰えんだよ.......クソっ、その権力を利用して、最高の暮らしを送るだけでよかったのに.......戦場に出るのは二年後くらいと思っていたのに、あのクソ法皇っ.......!」
絵に書いたようなクズだな。
勇者の権利というのは、勇者という職業に生じる義務に対する正当な報酬の一つであり、未だその義務を果たしていないこの男は、本来、権利を濫用する権利などないのだ。
「しかも、新しい幹部が見つかった?魔王軍で一番厄介って言われてる三匹と互角の力を持つ女?.......ふざけんじゃねぇ、近衛騎士団を五秒で壊滅させるバケモンになんか会ったら、俺だって死ぬぞ!」
「大丈夫じゃないのか?この世界は広いんだ。それに、そいつは今別のところで戦ってるんだろ?」
「馬鹿か?今の俺らじゃな、束になったって魔王軍幹部には勝てねえんだよ。昼に話に出たリーンって女だけじゃねえ、幹部級には一人で戦況を変えちまうような連中がゴロゴロいやがる。そんな奴が、一人でも現れて、転移を封じられでもしたら俺らは死ぬんだよ!」
最初の戦は、比較的激しくない戦場に配置されるって話なのに、ビビりすぎだろ.......。
その後も愚痴なのか弱音なのかよく分からない話を延々と聞かされ、気が付くと夜が明けていた。
※※※
一ヶ月後。黒田と取り巻き五人が戦場に出る日となった。
.......まあ、挨拶とかも無しにさっさと行っちゃったけどな、あいつら。
別に今生の別れという訳じゃないし、なんなら夜には戻ってくる。しかも比較的戦いが激しくない戦場のはずだから、確かに心配する要素は薄い。
.......まあ、正直.......俺は、あいつらに死んで欲しいと思っているんだと思う。
前世から、ずっとそう思っていたのかもしれない。
「.......千条さん」
千条夜菜さん。黒田達に酷いいじめを受けていた、俺の密かな想い人だった人。
成績も良くなくて、運動は壊滅的だったけど.......でも、大人しくて、儚げな雰囲気のある女の子だった。
彼女をいじめていた黒田達が.......俺はとても憎かった。
この教会に集められた転生者は二十二人。そして、あのクラスにいた人数は、先生を含めて二十八人。
六人足りない。どこを探しても見つからなかった。.......恐らく、魔族との戦いに巻き込まれて、死んでしまった人もいるだろう。
そして、見つからなかった六人の中には、千条さんも含まれていた。
だけど、千条さんはあの日、教室にはいなかった。もしかしたら、彼女だけは無事だったのかもしれない。そうだったことを祈る。
「.......前世での思いを、ここまで引きずるって.......我ながら重いよな」
分かってる。でも、好きだったんだ。
※※※
.......黒田達が戦場に通いだしてから、既に二ヶ月が経過した。
最初は嫌がっていた黒田だが、どうやら戦果を上げてきているようで、最近は意気揚々と戦場に出ている。
「さて、行くぞお前ら。今日も、薄汚れた腰抜け魔族共を潰しに行こうぜ」
「やーん、アヴィスカッコイー!」
「流石アヴィスさんだぜ、昨日だって.......」
絵に書いたような不良と取り巻きみたいな会話だな。
「よし、じゃあさっさと転送してくれ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ勇者様」
その声と共に、アヴィス達は今日も戦場に転送されていった。
アヴィスの勇者パーティは、かなり強い。
勇者であるアヴィスは、平均ステータスが8000を超える超人だし、他の五人もレベル上げを重ね、5000前後にまでなっている。
更にS級冒険者が四名、そして更には、聖十二使徒の序列第八位、九位、十位が揃っている。
並大抵の相手には負けないだろう。
.............そう思っていた。
その日の夕方、日が落ちた頃。
俺達は、黒田達の帰りを待っていた。
『俺達は勇者だぞ?凱旋に人手は必要だろ』
という、意味のわからない理由で、毎回迎えに集められる.......のだが。
「.......おい、遅くねえか?」
「ちょっとお、早くしてよ.......」
「そもそも、これなんの時間なわけ?」
そう、今日はやたらと帰りが遅かった。
何かあったのかと、周囲の神官も戸惑っていた.......その時。
周囲がざわついた。
転移の魔方陣が光りだしたからだ。
この転移の魔方陣は、特殊な魔法によって作り出されたもので、対となる術式の元で魔法を使うと、転移阻害の影響を受けず、ここに戻ってこられるというものだ。そして、その術式は限られた者にしか教えて貰っていない。例えば、S級冒険者の中にいた魔術師とか。
.......なんだ、大丈夫じゃないか。
なにかトラブルがあっただけだ、きっとそうだ。
だがその考えは、ボロボロになって、目の焦点があってない魔術師、ただ一人が戻ってきたことによって、乱された。
「なんっ.......!?」
「おい、大丈夫か?というか、他の奴らは!?」
「アヴィスは、取り巻き共はどうなってる!?一緒じゃないのか!?」
「ヒイッ.......ヒイッ.......ああ.......た、助け、て.......うわああああああ!!!」
「おい、落ち着け!」
「取り押さえろ!錯乱してやがる!」
S級冒険者として名を馳せた魔術師であるはずの彼女が、ここまで錯乱し、なにかに恐怖している。
......アヴィス達がいない。なにより、俺の頭に響いてきた言葉。
.......何があったのかは、想像できた。
※※※
翌日、大広間は会議室に改造され、俺達勇者パーティ候補者や教会の有力者、果てには聖十二使徒すら可能な限り集められていた。
序列第一位であるルヴェルズ様を筆頭に、第二位の『宝眼』のヘレナさんや、第三位の『天命』のゲイルさん。第六位の『魔哭』のノインさん、第七位の『白剣』のイーディスさんもいる。
「.......S級冒険者、そして勇者パーティの一員、ジュリアよ。昨日は錯乱していたと聞いたが、落ち着いたかね」
「.............は、はい.......ご、ご、ご心配を.......おか、おかけ、しました.......」
まだ全然落ち着いてないな。
一夜明けてもこれって、本当に何があったんだ.......?
「.......それで。何があったのか、話せるかね?」
「ヒッ.......あ、あああ.......お、恐ろしい.......」
「落ち着きたまえ。ここにはその恐怖はない。前を見よ。聖十二使徒がこれだけ揃っている。第一位たる余もいる。恐れるな、教えてくれ」
「は、はい.......申し訳、ございません」
そして、彼女は.......S級冒険者として、出会った時には自信に満ち溢れていたはずの彼女は、完全に憔悴しながらも、ポツポツと語り出した。
「わ、我ら.......勇者パーティ.......アルヴェラ王国跡地周辺にて、魔王軍幹部と遭遇.......せ、戦闘のち.......全滅致しました.......」
予想はしていた。確信すらあった。
だが.......実際に聞くと、周囲の空気が重くなるのを感じた。
黒田達が、死んだ。
嫌な奴だった。死んで欲しいと思っていた。
.......だが、実際に死ぬと、少しは気持ちが暗くなる。確かにクズだったけど、同じ転生者.......仲間だったんだ。
「.......そうか」
「勇者パーティを全滅させる.......敵は集団ですか」
「なんと卑怯な!これだから下賎な魔族は!」
「勇者様に敵わないからといって、幹部を何人もっ.......!多少は道連れにしたのか?」
「ううっ.......か、悲しい!なんということだ!」
ここで質問が始まった。
道連れにした幹部は何人か、誰か。そういった情報だ。
確かに勇者の損失は痛手だけど、それで幹部が減ったならば、その隙を付けると考えたのだろう。
だけどその考えは、甘すぎたようだ。
「ち.......違います。敵は.......一人」
「.......は?」
「た、たったの、一人.......リーンと名乗る、たった一人の吸血鬼に.......我々は、壊滅させられました.......」