元勇者vs魔獣
『.......すまないが、ワシの速度では君の速度に到底ついていけん。君に辛うじてついていけるメンバーは、全員戦場だ。.......君一人に行ってもらうしかない。本当に申し訳ない』
仕方がないことだ。
ボクの速度ステータスは、実に3万を超えている。この速度についてこれるのは、魔王軍でも二人しかいない。
ボクに身体強化魔法と体の使い方を教えてくれたグレイさんと、ボクの相棒のリーンのみ。しかも、リーンは月の加護が働いている場合に限定される。
事態は一刻を争う。魔王様への報告はゼッドさんに任せて、ボクは最大速で、猛毒『ミゼル』を中和する解毒剤、『スズネ』の群生地へと向かっていた。
ミゼルの毒が回って、彼女の命を奪うのは、早ければ二日、四十八時間後。ゼッドさん曰く、毒で動けなくなるのは、毒を受けてから約八時間後。昨日の夜十時まではピンピンしていたらしいから、毒を受けたのは恐らく昨日の夕方五時前後。戻ってくる直前くらいだろう。
ということは、もう既に一日以上経過している。残り約二十二時間。ボクの足で五、六時間と言っても、行きの体力消耗や魔獣との戦いを考慮すると、帰りは八時間はかかる。
加えて、花から解毒剤を作り出すのは、二時間はかかるらしい。
つまり、遅くても六時間以内に魔獣を殲滅して、スズネを採取しなきゃならない。
ボクは、息切れしながらも、ゼッドさんに教えられた群生地にたどり着いていた。
時間は深夜一時.......出発から六時間。予定通りの時間だ。
(うっ.......目を慣れさせたとはいえ、やっぱり真っ暗で見えにくい.......リーンがいれば.......)
.......いや、ないものねだりしても仕方がない。
取り敢えず、僅かな視界と音を頼りにして.............
―――次の瞬間、反射的に飛び退いた。
ボクがコンマ一秒前にいた場所には、凄まじい火力の炎が燃え盛っていた。
.......危なかった、流石にあれを食らったらただじゃ済まなかった。
安心したのもつかの間、周辺の地面からズシンッというかなり大きな音が、地鳴りを伴って聞こえてきた。
.......囲まれた。
ほぼ間違いなく、ゼッドさんが言ってた魔獣だ。
それも複数体。分かっているだけでも、炎を吐く、空を飛ぶという能力を持つ。
姿は.......暗くて見えない。都合の悪いことに、月は雲で隠れてしまっている。
.......落ち着けボク。状況を冷静に分析しろ。
炎を吐く?ラッキーじゃないか、これで視界を多少確保出来る。
じゃあ、こいつらが炎を吐くまでは、足手まといの弱い視界は邪魔だ。目を瞑れ。音だけで相手の動きを把握するんだ。
.......四足歩行。重量は約四トン。体長は五メートル前後。数は五体。でも、多分後ろにもっといる。
「.......悪いけど、ボクには時間が無いんだ。君たちを斬り殺してでも、行かせてもらう」
その言葉を合図にしたかのように.......やつらは、ボクに襲いかかってきた。
※※※
「.......はっ!」
「ギャン!」
.......首を斬った感触があった。また動き出す音もしない。.......これで三体目。
でも、まずい。たった三体に、一時間もかけてしまった。
しかも、あれから数は増え続けて、今や周りには十二体もいる。
.......どうやら、ボクを脅威と認識したらしい。
この一時間で分かったこと。まず、奴らは黒豹のような姿の魔獣であること。
集団戦術を本能的に用いてきて、どれかを斬ろうとすると、そこに出来た隙に別のやつが襲いかかってくるから、攻撃を中止して防御に回るしかなくなる。
けど、たまに出来る戦術の穴をついてを繰り返し.......これで漸く三体。
.......本当にまずい。このままだと、あと五時間以内に殲滅出来るか怪しい。
「せめて、視界さえ戻れば.......!」
視界さえ正常なら、ボクならばもっと上手く、正確に、早く斬ることが出来る。
少なくとも、聴覚と多少の嗅覚のみで剣を振るっている今の状況よりは、ずっとマシになるはずだ。
この魔獣が吐いてくる炎を明かりにしようと思ったんだけど.......どうやら、ボクが夜目が効かないというのを察したようで、一向に使ってこない。
「ガアアッ!」
「おっとっ.......!ふっ!」
「グオオオ!」
斬った.......けど、浅い。
こいつらの厄介なところは、一体一体が十分に強い事だ。
平均ステータス約1万弱ってところかな。
最強クラスより下の幹部や、月の加護がないリーンなら、二体相手が限界なほどに強い。
それがあと十二体。
「.......諦めるしか、ないか」
.......仕方がない。
今のボクじゃ、聴覚だけでこいつらを全て斬り伏せることは出来ない。
なら、諦めるしか.......ない。
※※※
ボクは、諦めた。
早々に決着をつけることを、諦めた。
六時間以内に決着をつけ、花を採取しなきゃならない。けど、深夜で月明かりもない今では、こいつらを仕留めきれない。
なら、明るくなるまで待つ。
今まで攻撃に転じていた余力を、全て防御と回避に回した。
―――そして四時間後。つまり、黒豹の魔獣と遭遇してから五時間後。
「漸く明るくなってきたよ.......はあ、やっと目が使える」
あと一時間で、この魔獣.......この四時間で集まってきたやつで全部だと思うけど.......総数二十三体。
これを、一時間で全て斬り殺す。
「.......目が使えない状態じゃ、下手な強化は逆に隙が産まれそうで怖かったから使わなかったけど.......悪いけど、一気に行かせてもらうよ?」
「《身体強化―――回避力向上・筋力向上・破壊促進・超加速・思考加速・追撃》」
.......失敗したな。ボクはどうも、リーンに頼りすぎてた。あと、自分を過信してたな。聴覚が無事なら暗闇でも敵を斬れるって。
ちゃんと、暗視系の身体強化魔法を先に習得しておくべきだった。
「やっぱり今のボクじゃ、身体強化魔法は六種類の重ねがけが限界だね。まあ.......本気を出せるなら、こいつら程度なら全員斬れる」
身体強化魔法。
ボクが唯一適性を持つ、自身限定の付与魔法。
その主な力は、『自らの強化したい部分をピンポイントで強化出来る』というもの。
自分にしか使えない代わりに、付与魔法とは比較にならないほどの種類の強化があり、その中から複数を自分に付与出来る。
戦士職にとっては、夢の魔法なのだと、魔王様とグレイさんが言っていた。
「ガアアアアっ!」
「.......遅いね」
「グガアアオオ!!」
《超回避》で必要最小限の動きで回避、《筋力向上》《破壊促進》で振り幅以上の傷を負わせる。
更に《追撃》でダメージをもう一度与え、完全に絶命させた。
「.......さあ、始めよう―――蹂躙の時間だ」
この瞬間から、四十分。
それだけの時間で―――ボクは、この場の全ての魔獣を斬り殺した。
※※※
「はあ.......はあ.......!くっ、間に合え.......!」
思ってたより長くかかってしまった魔獣との戦闘、それに伴う精神的・肉体的疲労が、思ったより大きかった。
花は採取出来たけど、これでは汚染から二日.......午後五時に間に合わないかもしれなかった。
使用後の反動が半端ないから出来れば使いたくなかったけど、《身体強化―――速度向上・超加速・疲労概念忘却》を、途中からフルで使い続けた。
そして―――七時間後。
「よしっ、街が見えてきた.......!」
身体強化魔法を速度全振りにして、疲労という概念を一時的に忘れ、それでも行きよりも時間がかかってしまった。
現在時刻―――午後二時。
ここから薬を作り出すのに二時間かかっても、午後四時。
大丈夫、間に合っ.......
「あっ.......!」
しかし、街を目前にして、その場で転んでしまった。
慌てて立ち上がろうと.............
「もう、あ、足、動かな.......」
足が動かない。
疲労を一時的に無効化しているはずなのに。
しかし、瞬時にボクは、この状態の正体に気がついた。
.......魔力切れ。
ここにきて、身体強化魔法が、切れた。
《疲労概念忘却》は、疲れなくなるわけじゃなく、一時的に疲れを忘れ、解除した瞬間にその分の疲れが一気にくるという身体強化。
それに加えて、《速度向上》も《超加速》も、速度が上がる代わりに疲労が多くなる。
.......ボクは、とっくに限界を迎えていたらしい。
「はあっ.......!はあっ.......!も、もう少し.......もう少し、なのに.......!」
ダメだ.......意識を.......保たなきゃ.......
「救うって.......決めたん、だからっ.......!はあっ.......はあっ.......絶対に.......!」
立たなきゃ.......無理なら、這ってでも、行かなきゃ.......
「行く、んだ.......!はぁ.......はぁ.......はあっ.......」
ああ.......もう.......限、か.......
「おい、おったぞ!こっちじゃ!!」
.......え.......?
「ヨミ、無事か!?無事じゃな!?」
「ヨミちゃん!本当によくやってくれました!花はこちらでお預かりします!.......安心してください、絶対に間に合わせます!」
「まおう、さま.......ヴィネル、さん.......」
その影を見たのを最後に.......ボクはとうとう、意識を手放した。
評価が最近上がってきて、感想も書かれるようになってきて、、作者はとても喜んでます!
.......なんか、番外編みたいな感じでヨミの話を書いたんですが、思ったよりガチの話になって作者自身も驚いてます。あ、もう一本続きます。