元勇者と街の危機
今更だけど、あらすじをちょこっと変更しました。
「リーン.......帰ってきたら斬ろう」
闘技場を壊しちゃった件で、二人分ゼッドさんに怒られた。
.......最終的に壊す原因を作ったのはリーンなのにさあ。
まあボクも、リーンが放った魔法を剣で払って拡散させて、破壊を進めた節はあると言えなくもないけど.......。
取り敢えず、リーンは帰ってき次第、斬ろう。そうしよう。
怒られたことによって下がったテンションを取り戻すために、ボクは、今日の訓練を終えた後、街に遊びに来ていた。
「おばさん、こんばんは。牛串二本くれる?」
「はーいいらっしゃい!.......おや、ヨミ様じゃないかい!最近来てくれないから寂しかったんだよー!」
「あはは.......あと、『様』はやめてってばー。下級兵士時代からボクのことずっと知ってるくせに」
「いやいや、その下級兵士さんが、今は幹部様だからね!ちゃんと礼儀は払っとかないと!」
.......と、いいつつも、多分ボクをからかってるだけなんだろうなぁ。
うん、美味しい。やっぱり生物っていうのは、何があっても肉を食べれば何となく上手くいくようになる存在なんだね。
そして、しょっぱい肉を食べた後は、甘い物が美味しいんだよ。
というわけで、よくリーンと一緒に行く、ケーキが美味しい隠れた名店を訪れた。
「こんばんはー」
「どうすれば.......やっぱりタオルを.......けど、あんな高熱.......」
「えーっと?」
「はっ.......!?あ、いらっしゃいま.......ヨ、ヨミ様!?これは失礼致しました!」
「い、いえ、ボクは全然いいんですけど.......なにかあったんですか?」
「いえいえ!幹部の方を煩わせるようなお話では!ささっ、どうぞお座り下さい!」
「は、はあ.......」
絶対何かあったよねこれ。
熱がどうかとか聞こえたけど。
取り敢えず、いつものケーキを注文した。
暫くしたら出てきて、机に四つのケーキが並べられた。
ん?四つ?
「.......あっ、うっかりリーンの分も注文しちゃった.......まいっか、全部食べちゃえ」
いつもリーンと一緒に来てるからなあ。ミスった。
じゃあ、気を取り直して食べよう。まずはショートケーキだよねやっぱり。控えめな甘さがまた絶妙で.......
「.............ぶふぅっ!?」
.......甘さと一緒に、謎のしょっぱさが入ってる。
.......いや、いつもはこうじゃないんだよ?何これ。新ジャンル開拓?間違った方向に拓いてると思うけど!?
ていうか、これって.......
「.......あのー、店長さん。これ、間違って塩使ってませんか.......?」
「えっ?.......ああっ!?も、申し訳ございません!すぐに新しいのを.......」
「いや、ていうか.......本当に何があったんですか?こんなミス、通いだしてから三年、一度もなかったのに.......」
「い、いえ、本当に幹部の方にお話するようなことでは.......」
「そうはいっても、ここのケーキの味を取り戻して貰えないとちょっと困るんですよ。.......話してもらえれば、多少はお力になれるかもしれないので、話してくれませんか?」
店長さんは、少しの間百面相をした後、観念したように俯い―――そして、事情を話してくれた。
「じ、実は.......」
※※※
「.......私の妻は、実は魔人族で、魔王軍の上級二位兵士なのですが.......昨日、戦場から帰還してきたのです。しかし、昨日はピンピンしていたのに、今朝になってから凄い高熱を出し、一歩もベッドから動けない程になってしまって.......」
魔王軍上級二位兵士といえば、平均ステータスが二千五百前後という、かなりの手練だ。
あらゆる生物は、レベル、ステータスの上昇につれて、その副次効果で病気などに対する耐性も強くなる。
.......それ程の戦士が、一歩も動けないほどの高熱?
「取り敢えず、奥さんを見せてくれますか?」
「は、はい.......こちらです」
店長さんの後について二階へ上がり、部屋の扉をくぐると、かなり荒い息づかいが聞こえてきた。
見てみると.......成程、ヒョロヒョロの店長さんのは正反対の、がっしりした体の女性が横たわっていた。
だけど、魔人族特有の青みがかかった肌はさらに青くなって、体も燃える程に熱い。
.......ていうか、これ.......もしかして.......
慌てて体を確認すると、腕にナイフで刺されたような傷があった。それも最近の、かなり深い傷だ。
回復魔法で治されてるみたいだけど、多分これに.......
「ど、どうでしょうか?」
「.......これ、毒ですよ。しかもかなり強力な.......」
「ええっ!?毒!?」
「多分、戦争で人間に盛られたんです。.......でもおかしいな、戦場帰りは解毒の魔法をかけられるはずなのに、なんで.......?取り敢えず、少し待ってください」
そう店長さんには言っておいて、ボクは腰のポーチから、紙を取り出した。
マジックアイテムの一つで、精神魔法の《念話》が封じられている。
これで身体強化魔法しか使えないボクでも、念話が使えるのだ。
かける先は―――さっき怒られたばかりで気は進まないんだけど、ゼッドさん。
あの人は、アンデッドを作り出したり、使役する能力がメインだけど、生前は超凄腕の神官上級職、司教だったという実績を持っている。解毒に関する造詣も深いはずだ。
『ゼッドさん、聞こえますか?ヨミです』
『ヨミ嬢.......何かね?ワシは今、諸君らが破壊した闘技場の再建で忙しいのだがね』
『その節はすいません。.......いえ、そうではなく。実は.............』
『.......ふむ、成程。状況は分かった。すぐに向かおう』
※※※
暫くしてゼッドさんが来て、奥さんを観察して.......やがて、いくつかの解毒魔法をかけてくれたが、何故か奥さんの様子は変わらなかった。
「.......ゼッドさん、もしかして、毒じゃなかったですか.......?」
「.............いや、毒だ。.......実にお手柄だ、ヨミ嬢。君が発見してくれていなければ、甚大な被害が出たかもしれん」
「えっ?」
「この毒は、『ミゼル』という、人間が独自に栽培している特殊な花から作られる毒だ。人間にとっては非常に有益な薬になるそうだが、魔族に対しては猛毒になる。しかも、その性質故に、魔族の神官では解毒出来ぬのだ」
「なっ.......じゃあ、どうすれば.......」
「.......さらに、この毒の最も恐ろしいところはそこではない。ミゼルの毒は、魔族の体内に入ると暫くは潜伏.......その後二、三日経つと突如活性化し、毒を受けた者の命を奪う。それだけではなく、その遺体を温床として、周辺に同様の毒素をばらまくのだ。つまり、彼女をこのままにしておけば、この街の住民.......毒に対する完全耐性を先天的に有する、我々アンデッド族と妖精族以外、全員汚染される。その後、汚染者はねずみ算方式で増えていくだろう」
「そ、そんなっ!?」
.......この街が、汚染される?
五年前、ボクを迎えてくれた、この街が?
「.......本来は、人間はこの毒を用いんのだ。最初に話した通り、ミゼルは、人間にとっては最上級の薬になる。加えて生産数が非常に少ないため、魔族に対しては滅多に使われん。.......その油断を突かれたようだな」
「な、なんとか.......何とかならないんですか?解毒の方法は?」
「ないことはないが.......」
「あるんですね!?」
「お、お願い致します!妻を.......妻を、助けてください!」
「.......分かった。ミゼルは、女神ミザリーが愛する花と言われている。だからこそ、魔族に対して有害なのだ。ならば、その逆.......魔族を愛する神.......つまり、イスズ様が愛すると言われる花を用いるのだ。魔族領にのみ咲く花.......『スズネ』と呼ばれる花から取れる薬が、ミゼルを中和する唯一の解毒剤だ」
「なら、その花をっ.......!」
「だが問題がある。.......ここからスズネが採取出来る一番近い群生地は、君の足でなら五、六時間ほどの距離の場所にある。時間的には十分間に合うが.......まずいのは、その群生地付近に、凶悪な『魔獣』の縄張りがあることなのだ」
魔獣。女神ミザリーも、邪神イスズ様も意図せずして生まれた、魔族も人間も忌み嫌う獣。
力に個体差はあるけど.......最強クラスならば、魔王軍幹部や聖十二使徒すら食い殺しかねない、歩く災害だ。
「.......件の魔獣は、かなり上位の魔獣。しかも群れで行動している。君でも危ういかもしれない、それでも.......」
「行きます」
「.......本気かね?」
「はい。ボクは、自分の手の届く命なら、極力救いたいんです。魔族の皆さんに助けられたこの命は、皆さんの為に使います」
絶対に助けてみせる。
ボクの実力.......戦闘力だけならば魔王軍最強と謳われるこの力、見せてやろうじゃないか。