吸血姫と美少女
前世では『千条夜菜』という名前の女子高生だった私は、吸血鬼族の『リーン・ブラッドロード』に転生した。
その後五年間は、平和で楽しい暮らしを送っていた.......が、理不尽な理由で吸血鬼を滅ぼそうとした人間の手によって、吸血鬼の里は崩壊。私以外の吸血鬼は全滅した。
人間への復讐を誓った私は、その後、私は邪神イスズ様の導きによって魔王軍に加入し、血のにじむような努力の末、強さを手に入れた。
そして三年後、人間の手によって心を壊され、幽鬼の如く魔族を襲っていた勇者を、激闘の末倒した。
その後勇者は、魔族の手に落ち、人間に背く野望を持ったことで『勇者の素質』が消失し、失職。勇者という束縛から解放され、『ヨミ』と名付けられた彼女は、これから人間への復讐のため、魔王軍と共に歩んでいくことに―――
.......と、頭の中でこれまでのあらすじ的なことを整理するくらいには、私の頭は暴走していた。
「え、えっと.......そんなに、ジロジロ見ないで.......恥ずかしい.......」
私の目の前には、現在、一糸まとわぬ姿で頬を赤くしている元勇者、ヨミの姿があった。
何故、こんな状況になったのか。
事は、一時間前まで遡る―――
※※※
元勇者が、私の前世のペットの猫と同じ名前である(この話は墓まで持っていこうと思っている)、ヨミと名付けられたその日の夜。
人間であるヨミは、あまり魔族に見られるのも変な疑いをかけられたりするだろうということで、存在が発表されるまで、極力部屋から出ないことに決まった。
ちなみに、部屋とは私の部屋のことである。
現在、ヨミには寝床が無い。いや、正確には用意出来ないのだ。
ヨミを、人間に慣れていない魔族の寮に単身放り込むのは互いにデメリットしかない。というわけで色々話し合った結果、暫く私の部屋に住まわせることになったのだ。
それに合わせて、私の準幹部に用意されてる部屋への移動も延期になった。
.......まあ、準幹部以上は「部屋」じゃなくて「家」らしいけど。
「えっと.......すみません、お邪魔してしまって.......」
「ん?別にいいよ。上級兵士寮は広いし、もう一人くらい増えても全然。.......それより、敬語はいらないよ。ティアナさんみたいな敬語キャラじゃないでしょ?」
「えっ.......は、はい。じゃあ.......よろしく、リーン」
うんうん、やっぱり同い年に敬語使われるってなんか気持ち悪いからね。
「さて、じゃあご飯も食べたし、お風呂入ってきちゃいなよ。貴方すっごい汚れてるし、そろそろ垢を落としたいでしょ?」
その後に私も入っちゃおう。流石に寮共用の大浴場は使えないけど、この部屋についてる浴槽も結構広いし―――
「.......えっと、お風呂って、なに?」
「...................は?」
今なんて?
「.......え、お風呂、知らないの?」
「う、うん」
「え、じゃあ今までどうやって体洗ってたの!?」
「えっ?体洗う時は、桶にためた水で.......」
マジか!?
「.......ごめん、ちょっと待ってて」
そう言って、私は精神魔法の一つ、《念話》を発動させた。そう、魔王様がよく使うあれだ。
『ティアナさん、ティアナさん、応答願います』
『おや、リーンさん?貴方からかけてくるなど珍しい、何かありましたか?』
『.......ヨミが、お風呂の存在を知らなかったんですが、詳しい説明を求めます』
『ああ.......その事ですか。人間の間では、お風呂ってかなりの贅沢文化なんですよ』
マジで!?
『たしかヨミ様は、聖神国の辺境村出身でしたね。そうなると、お風呂のことを知らなくても不思議ではございません。人間は、桶にためた水やお湯、石鹸で体中を洗うのが主流だったはずです』
.......人間って、そんな劣った暮らししてんのに、私達魔族を見下してるのか.......?
『.......ありがとうございました。ではこれで』
『はい、お力になれたようでなによりです』
念話を切って、少し放心した後、ヨミに向き直り、お風呂について簡単に説明した。
「そ、そんなに贅沢にお湯を使うの!?」
「魔族は人口少ないし供給量ハンパないからね。水は人魚族が海水を浄水したものをほぼ無限にくれるし」
「で、でもそんな、ボクなんかが.......」
「ボクなんかとか、そういうこと言わなくていいから。どうせこれからもうちで働くんだし、こういうのは慣れとかないと」
「だ、だけど.......」
「あーー!もーー!良いから入る!ゴチャゴチャ言わずに!!身だしなみを綺麗にするのも魔王軍の仕事!!」
「は、はい!」
.......取り敢えず、湯船に無理矢理入れた。
さて、じゃあ私は暫く自主トレでも.......
「あ、ちょっと、これどう使うの!?うわあっ、何かドロっとしたものが出てきて.......きゃっ!?痛たた.......うわっ.......熱ちちち!!」
「あーーー!もーーー!」
※※※
聞いてられなかったので、私も一緒に入ることになった。
.......なんだろう、この変な疲れは。幼稚園くらいの子供を育てるお母さんって、こんな気持ちなのだろうか。
「.......ちゃんと目閉じててね、シャンプー入ったら痛いよ」
「う、うん.......」
.......うーん、やっぱりまだ肉付きが足りないな。
最初にこの子を見た時、本当にガリガリでびっくりしたんだよね。
今は、ここ数日の栄養満点ボリュームたっぷりの魔王軍の美味しい食事で少しずつふっくらしてきてるけど。
ちなみに初めてうちの寮のご飯を食べた時、ヨミは泣いた。
「美味しいもの食べるとこんな気持ちになるんだね」って言った時はこっちも泣きそうになった。
「はい、シャワーかけるよー」
「え?.......きゃあっ!?」
おお、可愛い悲鳴。
結構汚れてたから、洗うの結構楽しかった。.......おお、こんな綺麗な髪の色してたんだなこの子。
「じゃあ、私は先に上がるから、湯船にちゃんと浸かるんだよ。百数えたら出てきていいから」
「う、うん。えっと、いーち、にー、さーん.......」
先に上がった私は、取り敢えず着替えてヨミが出てくるのを待った。
.......百秒って地味に長いな。六十秒くらいにしとくんだった。
「九十九.......百!」
そこまで数え終えて、ヨミは浴室の扉を開け、私の.......目の.......前.............に...................
そこには、恐ろしいほどの美少女がいた。
ボサボサだったくすんだ銀髪は、シャンプーとリンスによってサラサラに。
ついこの間まで死んでいた目は、ここ数日でパッチリに。
やせ細っていた体は、まだ若干足りないとはいえ多少は肉付きを取り戻し、綺麗な肌色を見せている。身体中には細かい傷がいくつかあるけど、それすら気にならない程に綺麗な体だ。
...................やっべぇ、超可愛い。
嘘だろ?生物って、お風呂入ってご飯食べただけでこんな綺麗になるものなの?
私が今まで出会ってきた中で、これ程の美少女がいた思い出はちょっとない。
確かにティアナさんは綺麗だ。魔王様も愛らしい姿をしている。他の幹部の女性陣も美人揃い。
けどなんだろう、ヨミはこう.......一生守ってあげたくなる雰囲気があるというか。まあ守るまでもなく強いんだけど。
うあ.......何この子.......やば.......
「えっと.......リーン、上がったよ?」
「.......はえ?あっ.......う、うん」
そう返事するのが限界で、私はただボーっと、ヨミに見惚れ続け.......我に返ったのは五分後だった。
※※※
深夜。
人間であるヨミは眠り、逆に吸血鬼である私は活発化する時間帯。
私は再び、《念話》を発動させていた。
『魔王様魔王様、応答願います』
『むっ?リーンか?どうした、何かあったか』
『ヨミがとんでもない美少女でした』
『主は何を言っとるんじゃ』