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吸血鬼少女と転生

「リーンちゃん!遊ぼー!」


「ちょっと待って、今行くから!」


 吸血鬼族の里に、二つの元気な声が響き渡る。

 声は二つとも幼い少女のものであり、そのうちの一つは私のものだ。

 出かける前に鏡を確認して、身嗜みを整える。


 鏡に写ったのは、5歳くらいの女の子。つまり私。

 赤い瞳に生まれつきの八重歯。

 これは吸血鬼の証だ。肩まで伸びた黒髪を垂らして、黒っぽい動きやすい服を身に纏っている。自分で言うのもなんだけど、将来絶対美人になると思う、この顔立ち。


 どこも変じゃないことを確認し、私は外に出た。

 今日はいい()()だ。遊ぶには絶好のロケーション。


「ごめんね、お待たせ!」


「大丈夫!行こ、リーンちゃん!」


 そうして私たちは、夜の街へと繰り出した。

 いや、こう言う言い方すると卑猥に聞こえるかもだけど、吸血鬼は基本的にみんな昼夜逆転だから、なにもおかしくないからね?



 ※※※



 私、『リーン・ブラッドロード』には、前世の記憶がある。

『千条夜菜』という、こことは違う世界で暮らしていた人間の記憶だ。

 事故で死んでしまった私の魂を、親切な神様が拾ってくれて、かつての記憶を持ったまま生まれ変わったのだ。

 まあもっとも、前世の私の人生ってろくなもんじゃなかったから、いっそ忘れていてもよかったんだけどね。


 まあとはいえ、私が前世の記憶を自覚し始めたのはわりと最近だ。

 1年くらい前、4歳の誕生日の日。その日を迎えた瞬間、突如記憶を取り戻したのだ。

 多分、私が望んでもいない赤ちゃんプレイをしないようにとのイスズ様の配慮だと思う。ありがとうございます邪神様。


 まあ記憶が戻ったとはいえ、いまの私は遊びたい盛りの女の子。かくれんぼや鬼ごっこ、おままごとなんかで猛烈に盛り上がれるお年頃なのだ。脳の発達まで元に戻っているわけではないので、女児向けの遊びが猛烈に楽しく感じるのである。


 ………前世での年齢を視野に入れると、すでに二十歳を超えている私が、おままごとを謳歌している現状に軽く死にたくなることもままあるのだが、ひとまずそれはおいておく。



 ※※※



「ただいまー!」


「おかえりなさい、リーン。………泥だらけね」


 例によって、近所の少年少女たちとともに大規模な鬼ごっこ(吸血『鬼』が鬼ごっこと言うのもどうかと思うが)に興じて、派手な動きで連中を翻弄してきた私の体は、もちろん綺麗とは言い難かった。

 調子に乗りすぎたのは反省している。だけど後悔はしていない。


「とりあえず、お湯で体を拭いてきなさい。………ああもう、服が煤だらけじゃないの。黒だから目立たないとはいっても限度があるのに……なにをしたらこんなことになるのかしら」


 このさっきから小言を言ってくるのは、『ミネア・ブラッドロード』。私の今世でのお母さんだ。

 見た目はもう、すんごい美人。顔だけならイスズ様にすら引けを取らないんじゃないかと思えるほどの美貌だ。

 口うるさいのが玉に瑕だけど。

 あと、胸がすんごい。『胸がメロン』ってこういう人のことなんだろうなって思う。

 ………前世ではメロンどころかさくらんぼ程度しかなかった私のものも、ああなってくれるのだろうか。

 我ながらアホらしいことに思考を巡らせていると、玄関から大柄な男が入ってきた。

 不審者の類………ではない。


「お父さん!」


「やあ、ただいまリーン。………凄いな、全身真っ黒じゃないか。どんな遊びをしたらそうなるんだ」


 感心半分、呆れ半分と言った感じの顔をして玄関に立っているこの人は『レイザー・ブラッドロード』。今世での私のお父さんだ。

 吸血鬼族の族長、すなわち王様でもある。王を名乗らない理由は至って単純、そう名乗るには統治する人数が圧倒的に少ないから。だってこの里、吸血鬼が暮らす唯一の里なのに、全員合わせても三百人くらいしかいないし。ここにいない吸血鬼なんて、片手で数えられるほどしかいないらしいから、どう多く見積もっても『我こそが吸血鬼の王である』とか大げさに名乗れるほど吸血鬼はいない。

 だから王様扱いしてもらえない悲しい男。それが父だ。



 ※※※



「明日はいよいよ、リーンの5歳の誕生日だな」


 朝食(人間で言う夕食)を取っていると、父がそう呟いた。

 そう、明日は何を隠そう私の誕生日。私の記憶が戻って1年だ。.......別にそれが記念日というわけじゃないんだけど。


「リーンがもう5歳.......早いものだわ。『能力降ろし』、イスズ様がいいお力をくださると良いわね」


「うん、すごく楽しみ!」


『能力降ろし』とは、人族魔族に関わらず、5年以上生きた者に、神からその証として与えられる.......と伝えられているもの。早い話が『ステータス』だ。

 そう、この世界では、生まれた時からステータスを与えられるわけではない。


 幼少の5年間はステータスを持たず、レベルも上がらないし、職業(クラス)も変えられないし、能力(アビリティ)もほとんど変化しない。ステータスという概念があるこの世界では、5歳からが人生の本番と言えるだろう。

 まあ、別にイスズ様がステータスをくれるんじゃなくて、その人の才能を可視化、簡略化してるだけだと思うんだけどね。言わないけど。


「どんな力を持っているかな?(ミネア)のように、強い神官になるかな?」


「あら、貴方(レイザー)に似て、強い武術家になるかもしれないわよ」


 なんて、嬉しそうにお父さんとお母さんが話してる。

 これで能力(アビリティ)低かったらどうすんの.......。

 まあ、あんまり心配はしてないんだけど。前世.......と言うよりは、前世と今世の狭間みたいな所で、イスズ様に言われたことを思い出す。


『勇者の素質こそないものの、極めて強く、それこそ並大抵の勇者を凌駕する程なのです』


 これが本当なら、明日は期待通りの結果が出てくれると思う。

 いや、マジで出てくださいお願いします。

 異世界転生の定番、落ちこぼれがチート手に入れて成り上がる、なんて都合のいいことは現実じゃ多分起こらないんです。



 ※※※



 早めに自分の部屋に戻って寝る準備をしていた私は、明日の能力降ろしに思いを馳せ.......ふと、かつての自分が頭をよぎる。


 前世の私は、何をしてもパッとせず、友達もいなくて、それどころかいじめを受け、でもそんな自分を変えられない。そんな酷い人生を送っていた。両親も共働きで、私に構ってくれることはあまり無かったし、そもそも私に対する関心が薄かった。私の心の拠り所は、ペットの猫、ヨミだけだった。


 だけど、今世はどうだ。とても親しい友達、優しくて強い両親、多分高い才能。前世の私とは大違いだ。

 だからこそ、私は決める。この平穏な人生を、絶対に守ってみせる。お父さんもお母さんも、友達もみんな、私が守る。


 そう固く心に誓って、私は既に明るくなっている空を遮るようにカーテンを閉めて、ベッドに潜り込んだ。

 間もなく抗いがたい睡魔が私を襲い、やがて私はゆっくりと眠りについた。

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