吸血姫と元勇者の名付け
「.......という訳で、この元勇者は、晴れて魔王軍に加入することになった。三年越しのヘッドハンティングは、最高の形で実を結んだわけじゃ」
「えっと.......よろしく、お願いします」
「いやー、長かったねー。リーンが加入したくらいの時からだと思うと.......あれ、そう考えるとそんなに長くないわ」
「そりゃお前が長命種だからだろ妖精女王。俺ら獣人みたいな、百五十年くらいしか生きれねー短命種にとっちゃあまあまあな時間だっつーの」
元勇者が魔王軍に加入し、その次の日の朝、幹部と私、それに元勇者が会議室に集められていた。
「静粛に!こやつを仲間に引き入れたはいいが、火急の問題が一つある。それについて、今のうちに決めておいてしまいたいのじゃ」
.......火急の問題?
「人間共の動きが活発化したとか?」
「違う。そもそもそんなもん、ゼッドのアンデッド兵でもぶつけとけばどうにでもなるわ」
「勇者を失ったことで、人間が再び勇者の素質持ちを探し出し、再び生物兵器化を.......?」
「ええっ!?」
「違う。少なくとも、今現在はそのようなことは確認されておらぬ」
「便秘か?」
「アロン、ちょっと来い」
どうやら、デリカシーという言葉を戦場に忘れてきたらしいアロンさんは、魔王様の手によって地下へ落とされた。床を突破って。
「まったく.......さて、その火急の件についてじゃが」
その場の全員が、息を呑んだ。
一同の顔を見渡したあと、魔王様はコクリと頷いた。
そして、勇者の手を取り.......
「こやつの名前、どうする?」
.............へ?
「えっと、魔王様?どういうことなのでしょうか?」
「どうもこうもないわ。元勇者なんて呼び名、毎回毎回、呼びにくいし堅っ苦しいじゃろう。知っての通り、こやつはかつての名前を忘れておるし、思い出したとしても、自分を売った両親がつけた名前を名乗らせるなど、酷な話というものじゃ」
「火急の問題ってそれなの?」
「そうじゃが。さあさあ幹部諸君、そしてリーンよ。今こそ、主らの頭脳が試される時じゃ。こやつにピッタリの名前を考えてやっとくれ」
そんなんで頭脳試されたくない。
.......という言葉をグッと飲み込み、仕方なく、元勇者名付け選手権が始まった。
※※※
「.......主ら、ネーミングセンスが死んどるのか?」
一時間後。
割とマジトーンでそのセリフを言ったのは魔王様である。
テーブルの上には、候補である名前がズラっと並んでいる。
ソード、モトユーシャ、ペレきち、マイケル、ぽんこ、アメリカン、ダークネスライトストリーマー.......エトセトラ。
最後の書いたのマジで誰だ?
「も、申し訳ございません魔王様。何分、誰かに名付けを行うというのをしたことが無いもので.......」
「俺も.......こういうのは.......わからん.......」
「元々出生率が低い、長命種が多い弊害ですねぇ。さて、この中から、元勇者ちゃんには名前を選んでもらうことになる訳ですが」
「ええええっ!?」
気の毒すぎる。
でも残念、さっき気づいたんだけど、私もネーミングセンス無いんだわ。
だって、ペレきちとアメリカンは私の案だもの。
思いついた時はいいかなーって思ったけど、冷静になるとかなり酷いネーミングだった。
「.......全部却下じゃ。主ら、もう少し真面目に考えとくれ」
「ま、魔王様.......!」
「真面目に考えているんですがねぇ.......」
※※※
.......会議開始から、五時間後。
私達は、未だに頭を悩ませていた。
「まさか、魔王様もネーミングセンスが無いとは.......」
「どこが悪いというのじゃ!ヤミヒメってかっこいいじゃろう!?」
「中二くさすぎる.......」
私たちは既に満身創痍だった。
元勇者も、自分のせいでこうなったのかと考えたようでワタワタしてる。
レインさんなんかは、考えるふりして寝てるし。
「.......リーン、何かないか」
「なんで私に振るんですか.......はあ。もう、『ヨミ』とかでいいんじゃないですか」
そんな適当な返事を.......
「.......む?良さげな名前ではないか」
「.......え?」
「ヨミ.......言いやすくて可愛い名前じゃない。私はさんせー」
「人間を『黄泉』に落とすというのと、魔王軍の戦士として『よみ』がえったをかけてるんですかねぇ。流石リーンちゃん、良いセンス持ってるじゃないですか」
「えっ」
ちょっと待って。
「ヨミ.......ヨミ.......なんか、凄くしっくり来ます」
「本人が気に入っているようだな。では、これで良いのではないか?」
「そうじゃな。では、これで決定じゃ」
「ええっ!?」
ちょっ.......本当に待って.......
「では、主の名前は、今日から『ヨミ』じゃ。これからは、その名を名乗るが良い。なーに、すぐ慣れるじゃろう」
「はい、魔王様.......!えっと、リーンさん、ありがとうございます!!」
「.............あ、はい」
.......キラキラした目で、元勇者.......いや、ヨミにお礼を言われてしまった。
もう、これは訂正出来ない。
「いやはや、主には毎度助けられるなリーン。他の幹部共ときたら、どいつもこいつもイカれた名前しか寄越さぬし.......」
「ヤミヒメとかツキノカミとか、痛々しいネーミングしか寄越さねえあんたに言われたくねえよ!」
「ほう!どうやら、再び地下に潜りたいようじゃな!」
やめてください、そんなに褒めないでください。
「やっぱりー、すごい子ですねー、リーンちゃんはー」
「うむ、儂らも負けておられぬな。追い抜かれぬよう、精進しなくては」
なんで名前考えただけでこんな賞賛されてんの私。
.......言えない。
「リーン嬢、礼を言うぞ。しかし、よく咄嗟にあんな名前を思いついたものだ」
「そうだな。ワレのダークネスライトストリーマーよりも少し上だったかもしれんな」
「あれ、ルーズさんだったんですね.......」
.......絶対に言えない。
.......前世で飼ってた猫の名前だなんて。
※※※
「勇者が消えただとお!?」
「は、はい.......定時になっても戻って来ず、小隊を派遣したところ.......聖十二使徒のお二人と、勇者のお姿が、何処にも.......」
「一緒にいた、S級冒険者共はどうした!?」
「そ、それが、4名全員殺されており.......何があったのかも分からない状況で.......」
「クソがあっ!.......魔族共め、一体何をした!?転移魔法の痕を探知することは出来ないのか!?」
「それも、巧妙に消されているようで.......あの高度な魔法技術、恐らくは、幹部のティアナかフェリア、あるいは.......」
「サクラか!!忌々しい、エルフ如きが我々を謀るなど!!」
「.......それと.......」
「今度はなんだ!」
「ひっ.......し、城の占い師が、新たな『勇者の素質』を持つ者を捉えたと連絡が.......しかも、既に勇者の力に目覚めているようで.......」
「.......ということは.......あの化け物のような力を持つ勇者は.......死んだか.......」
「.......そう考えるべきかと。勇者の素質は極めて稀なもの。すぐに見つかったのは、非常に喜ばしい事なのですが.......やはり、アレに比べると、数歩劣るようで」
「畜生っ.......あのガキ、すぐに死にやがって.......!」
これで、第二章『勇者編』は終わりです!お付き合いありがとうございました!
次回は短めのお話を一つ挟んで、第三章、『蹂躙編』がスタートします!!
あと、超どうでもいいんですけど、実は『ヨミ』って名前は初期にすこーしだけ出しました。確認してみてください。