吸血姫と勇者の叫び
総合評価1000pt、ブクマ300超え、ありがとうございます!!!
「なんでボクだけが、あんな苦しい思いをしなきゃならなかったんだ!ボクはただ、普通に暮らしたかっただけなのに!優しいみんなに囲まれて、平和に暮らせればそれでよかった!勇者の使命!?人類の平穏!?そんなもの知らない!なのに.......なのに、お父さんもお母さんも、村のやつらも、ボクをお金で売った!ボクがこれからどんな目に遭うか、知っていたはずなのに!!」
.......魔王様を刺した剣から手を離し、頭を抱えて膝まづき、涙を流し始めた勇者の叫びを、誰も止めることは出来なかった。
「それからはっ.......毎日、毎日、毎日、毎日!手のひらがボロボロになるまで剣を振って、騎士に殴られて蹴られて、聖十二使徒とかいうやつらにも、心も身体も、ズタズタにされて!ご飯だって、吐きそうなくらいまずくてっ.......おいしいものの記憶なんて、とっくに忘れちゃって!!聞きたくもない神の言葉とか、お説教を聞かされて!!女神ミザリー!?人間の味方の神様のくせに、ボクをあの地獄から助けてくれなかったのに、どうやってそんなやつを信じろって言うんだよ!?数え切れないくらいいたぶられて、一度は殺されてっ.......それで楽になれると思ったのに、無理矢理生き返らされて!!いつもいつも、邪悪な魔族を滅ぼせって、みんなボクに言ってきて!ボクは魔族に恨みなんてないのに!!今ボクを苦しめてる邪悪はあいつらなのに!!」
.......やっぱりこの勇者は、他の人間とは違う。
多分この子は、勇者である前に、とても頭が良いんだ。
だから、物事を理性的に考えられるからこそ。そして、本来女神の洗脳を成す両親から離されたからこそ、女神を妄信しなかった。
「誰も助けてくれなかった!誰も、ボクを人間として見てくれなかった!!あはは.......信じられる?ボク、自分の名前を覚えてないんだよ!!誰もボクを名前で呼んでくれなかったから!みんな口を揃えて『勇者』って!!ふざけるな!!勇者の素質なんていらなかった!!こんな才能いらなかったのに!!死にたいって、楽になりたいって、何度思ったか!!ボクはっ.......ボクはあっ.......!!」
.......そこで限界だったのか、嗚咽を漏らしながら、勇者は崩れ伏してしまった。
.......勇者の肩を握りながらずっと勇者の叫びを聞いていた魔王様は、勇者に突き刺された剣を無造作に引き抜いた。
「ま、魔王様っ、血がっ.......!」
「む?ああ、心配するでないわ。これくらいでは死なん。妾は少々特別な体をしておるのでな。それよりも.......」
そして魔王様は、再び勇者へと向き直り、しゃがんで目線を合わせた。
そして、勇者が泣きやみ、落ち着くまで、ずっと頭を撫で続けていた。
「落ち着いたか?」
「.......うん」
「.......さて。主よ、勇者という重荷から解放された幼子よ。主はこれからどうしたいのじゃ?」
「.............どうしたい.......って.......?」
「主は十分に、自己を殺し、任を果たした。妾の心臓を止め、妾の率いる魔族を蹴散らした。主はまだ子供じゃ。我儘を言っていい歳じゃ。言ってみよ、主はこれから、何をしたい?」
暫く勇者は、惚けたような顔をして.......そして、その顔を、怒りとも悲しみともつかない、けど何処か鬼気迫る表情へと変えた。
「ボクは.......復讐したい」
「ほう?誰にじゃ?」
「全員にだ!ボクを売った両親も、姉も、村の連中も、ボクを痛めつけた騎士も、聖十二使徒も.......それを命令した国も!!あははは、そうだよ、みんな、みーんな殺してやるんだ!!お前らが育て上げ、そして壊した『元』勇者に、今度はお前らが壊されるんだ!!苦しめて、懺悔させて、命乞いをさせて、その後にぶっ殺してやる!!!お前らが判断を間違えず、壊さなければ、人類の守護者となっていたかもしれないこのボクが、人類の殺戮者になるんだ!!!あははははは!!!いい気味だ!!あははははははははははは!!!」
―――そして、何処か別の場所が壊れた。
だけど.......言っていることは素晴らしい。
人間への怒り、憎しみ、恨み、それが『復讐鬼』の力を通して、鮮明に伝わってくる。
※※※
「あははははははははははは!!!ははっ.......」
勇者はひとしきり、今まで感情を壊されていたことを補うかのように笑い.......そして、突然倒れた。
「おい、大丈夫か?.......寝ておるだけじゃな。.......心が戻った直後じゃ、感情が濁流のように流れ込んで、疲れたんじゃろうな。まあ、これで恐らく大丈夫じゃろう」
勇者.......いや、元勇者を、魔王様はお姫様抱っこで抱えた。
「おお、軽いのうこやつ」
「魔王様の力ならば、大抵のものは軽いに分類されるかと。.......しかし流石は魔王様、最難関と思われた勇者の心の修復を、いとも簡単に成してしまうとは」
「まあ、簡単な話じゃ。あやつの心が壊れたのは、ひとえに『自己の喪失』のせいじゃ。あやつは、勇者でありながら不当な扱いを受けている、今の自分の意味が分からず、結果的に心の連鎖崩壊を引き起こした。ならば、あやつを勇者という鎖から解放し、ただの娘となったあやつに、目的を与えてやれば良い。それだけで心は治る。.......まあ実はこれ、全てイスズ様の神託によるものなんじゃがのう」
.......そういえば昔、イスズ様が『勇者を捕らえた暁には私も心の修復に手を貸す』みたいなことを言っていた気がする。
流石はまともな方の神様、仕事が違うわ。
※※※
「魔王様.......本当に胸の傷は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと言うに、リーンは心配性じゃな。妾はイスズ様の加護によって、百時間に一度、任意かつ無条件で生き返ることが出来る。そうでなくとも、装備している神器を起動させておれば、あの程度の攻撃普通に防げる」
「.......そ、そうなん.......ですか」
流石は魔王様。イスズ様をもってして、チートと言わしめただけのことはあるな。
「まあ、一つ言うならば、再生能力の出力が悪いな」
「あ、それは私もです。さっきから回復魔法を何度かかけてるんですけど、未だに傷が治らなくて.......」
「恐らく、勇者本人の力ではなく.......おお、この剣か。やはり神器のようじゃのう。確か銘は、『魔剣ディアス』。不壊の性質を持ち、炎や水といった、決まった形を持たぬものすら実体として捉え、また、斬った箇所を治癒困難にするという厄介な効果を持つ剣じゃ」
「勇者が、魔剣使ってたんですか.......」
「まあ、見た目だけは聖剣のように綺麗じゃし、人間共もギリセーフと判断したんじゃろうな。.......さて、幹部、そしてリーンよ。よくぞやってくれたな。三年越しの、勇者保護作戦は成功じゃ」
「はっはっはっ!いやー、随分とかかったもんだ!」
「主は殆ど何もしておらんじゃろう、アロン。少し黙っとれ。.......今回のMVPは、間違いなくリーンじゃ。本当にご苦労じゃった」
「.......いえ、私だけの力じゃ、なし得なかったことですから」
「ククク、主は相変わらず謙虚じゃのう」
いや、これは本心だ。
幹部の皆さんや、魔王様本人、他の魔王軍の戦士たち。全員の協力があったからこそ、今回の作戦は成功した。少なくとも私は、そう思っている。
.......そこで、さっきバッサリと魔王様に言われて落ち込んでるアロンさんにも、私は感謝している。私は。
次回で、勇者編は最終回。次回予告的な感じの話を一話挟んで、新章突入の予定です。