吸血姫と最終確認
.......時が経つってのは、早いものだなー。
まあ、三年をあっという間って感じた程だし、長命種は時間の感覚が短命種と違うって聞くし、八日なんてすぐだよなー。
そんなことを考えて現実逃避をしている私です。
イスズ様との邂逅から、あっという間に八日が経ってしまい、目が覚めると午後三時でした。
.......そう、あと三時間くらいで、私は勇者と戦うのです。
邪神とはいえ、神であるイスズ様の予想を上回るほどの才能を持ち、平均ステータスが2万を超え、精〇と〇の部屋に入ってたのではないかと言われるほどの剣術を操り、魔王軍が誇る幹部・準幹部クラスの戦士たちですら一部を除いて上回る、おおよそ人間とは思えない、超絶弩級の勇者と。
.......いや無理くね?
頭の中で文字に起こすと、改めて私には無理な気がしてきたんだけど。
平均ステータスが2万超えとか。私の仇であるイーディスとノインすら、平均ステータスは1万前後って予想されてんのに。
一応、魔王様が私を指名している時点で、成功率はそれなりだとわかってはいるんだけど.......。
いや、でもイスズ様に成功率聞いた時、めっっちゃ言い淀んだんだよな。もしかして、「私が一番成功率高い」ってだけで、実際の確率は10%とか、そんなオチないよね?
アハハハ、まさか。
.......ないよね?
※※※
「.......おはようございます」
「もう昼だけどね。なんなら夕方だけどね」
「.......仕方ないじゃないですか、夜行性の種族なんですから」
取り敢えず重い足取りを引きずり、八日後に集まってくれと言われていた、魔王軍の会議室にやってきた。
中には一人だけ先客がいた。魔王軍幹部第七位、『災禍将』レイン・フェアリーロードさんだ。
妖精族の女王であり、身長は約30センチ。黄緑色の髪を膝近くまで伸ばしていて、やや吊り目の美少女顔。
なんというか、前世で言うところのツンデレ系みたいな雰囲気がある妖精さん。
で、こんな小さいけど、実は戦闘能力ならば魔王軍第三位の実力者。
洪水、落雷、雹、山火事といった、天候や自然災害を思うがままに引き起こし、自由自在に操作する事が出来る、歴代の妖精族でも最強クラスと言われている天才。
性格は.......半分ツンデレ、半分怠惰と言いますか。
「.......なに?いきなりあたしのことジロジロ見て」
「あ、すいません.......」
「まったく.......あとちょっとで勇者と戦うんだから、もっと背筋伸ばしてシャキッとしなさいよ」
「うう.......勇者.......」
「なに、もしかして緊張してるの?大丈夫よ、あたしもちょっとはサポートしてあげるし、いざという時はサクラが助けに入る手筈になってるでしょ?」
「そうなんですけど.......やっぱり、私が魔術師を殺した瞬間に、最初から幹部やサクラ君たちで勇者を囲う作戦はダメですかね.......?」
「だーかーらー、勇者は幹部を見たら撤退するようにって言われてるだろうから、それだとすぐに逃げるはずだし、序列上位の聖十二使徒が幹部の気配を感じて虫みたいに湧いてくるかもしれないでしょ!全面衝突する気がこっちにまだ無い以上、一切マークが無くて、それなりに強い貴方以外に、この役をこなせるやつがいないの!」
ううっ、なまじ強い自分が憎い.......。
今の勇者は、かつての世界で言うところの、プログラミングされている状態だ。
「こうしたらこうしろ」って情報を予め刷り込まれていて、その通りの行動をする。
「魔族を殺せ」とか、「幹部を見つけたら撤退しろ」とかね。
だから、顔が割れちゃってる幹部の皆さんでは、そもそも魔術師を殺せるかすら怪しいらしい。
何せ、向こうには聖十二使徒の第十位、『双壁』のアスバルがいる。防御・魔防共にムカつくほど高い、盾職のエキスパートだ。
あいつに警戒されて、守りに徹されて、攻めあぐねている間に転移される.......ってことにならない為に、向こうには存在が知られていない、一般兵でしかない私がやるしかないってわけだ。
ちくしょー。
※※※
取り敢えず席に着いて、レインさんとあれこれ話し合っていると、続々と城に残っている幹部の皆さんが集結し、最後に魔王様がやってきた。
「全員集まっておるな。では、作戦の最終確認を始めよう」
魔王様が今まで立てた作戦を簡単に話し始めた。
作戦自体は八日前に立てられたものと変わらず。
①私がなんとかして魔術師を殺す。
②フェリアさんとティアナさんが交互に転移魔法を使い、聖十二使徒のアスバルとスラストを、一瞬だけ転移阻害結界を切った魔王城に転移、幹部総出で袋叩き。
③同時に、私が勇者の取り巻き4人を殺し、勇者を気絶させるなりして保護.......誘拐?とにかく連れてくる。
④なんとかして勇者の心を元に戻す。
.......という手順。
ぶっちゃけ、②までは多分いけるんだよ。
人間って、勇者が現れたことで私たち魔族を舐め腐ってるから、私みたいに無名の魔族が現れたら、転移を止めて、「最後にこいつ仕留めて帰ろうぜ」的な感じになる。油断してるところを、満月の月の加護による超スピードで魔術師を不意打ちでぶっ殺すことは、多分可能。
②も、フェリアさんとティアナさんならいけるでしょ。絶望的な不仲は別の話として、どっちも超優秀な魔法使いだし。
でも、③以降がなあ.......!
「.......では以上じゃ。作戦決行は日没直前。リーンは今のうちに体調を整えておくんじゃぞ。それと.......ティアナ、フェリア、メンチを切り合うな!」
「おいおい、貴様と一緒の作戦だと?足を引っ張られる気しかしないのだが。お前の甥に代わってくれないか?彼ならば安心だ」
「おやおや、貴方こそサクラと役を代わって頂けませんか?貴方のような絶望的なポンコツを作戦に入れるなど、心配だらけなのですよ」
「言い合いをするな!ええい、貴様ら本当に幹部から引きずり下ろして、サクラを幹部に引き立ててやろうか!?」
サクラ君、本当に人望あるなあ.......。
私も仲良いけど、いい子だもんねえ。
「はあ.......まったく.......主ら、もう少し仲良く出来んのか?」
「申し訳ございません魔王様、ティアナとだけは一生ウマが合うことは無いと思われます」
「フェリアと手を取り合う日が来るなど、天地がひっくり返るくらいの確率ですね」
本当に、なんでこんなに仲が悪いんだろうか、この2人は。
※※※
「.......ありがとうございます、ティアナさん」
「いえいえ、この程度。.......頑張ってください」
日没前。
月の加護が働く直前。
私たちは、森の中へと転移してきていた。
未だ空間魔法が使えない私は、ティアナさんの力で送ってもらった。
これからの、勇者との戦いへの備えだ。
.......ここから1キロ強しか離れていないところに、勇者とその取り巻き連中はいるらしい。
「ご安心を。遠くでサクラも待機していますし、いざという時には、グレイさんやレインさんも駆け付けられる準備が整っています。そこまで気負う必要性はありません」
「.......はい。頑張りますっ」
そして、私は駆け出した。
極力気配と音を消しながら走って、暫くすると、人間の一団を見つけた。
人数は九人。うち二人が、凄まじく性能の良さそうな武具を身につけていた。
.......そして、その一番前には、私と同じくらいの背丈の、少女がいた。
間違いない、あれが『勇者』の一団だ。
ヤバそうな武具を装備してるのは、間違いなく聖十二使徒の二人だろう。
そして一番後方には、私の第一目標である、魔術師の姿が―――
完全な日没まで、あと三分。