プロローグ
私の十七年の生涯は、お世辞にも良いとは言えなかったと思う。
成績は下の中。運動は壊滅的。挙句にぼっちで、それどころかイジメの標的にされてた。
もう、それは酷いもんだったよ。ボデイーブローは食らうわ金は取られるわ水はぶっかけられるわ。私を標的にした理由?知らない。
で、挙句の果てに殺された。
うん、殺された。
より正確に言うなら、『私をいじめてたグループが起こした事故に巻き込まれて死んだ』だけど。
ちなみに事故はガス爆発。
昼休みに私をトイレでボコって、財布から金を抜き取り、その足で行った理科室でふざけてたらドカンだってさ。
結果、その時理科室にいた教師一名と、授業待機してた私のクラスメイト二十六名、ついでに私の計二十八人が死亡。
なんで私を巻き込むんだよふざけんな。
で、なんでこんなことを即死したはずの私が知ってるのかって?
『聞いた』からだよ、目の前の美人に。
「美人とは嬉しいこと思ってくれますね」
なんか心読まれた。
「神の特権ですよ」
しかも神様だったっぽい。
跪いたり、祈っといた方が良いのだろうか?
「少なくとも、あなたが信仰するようなものは司ってないので結構ですよ」
あ、そうですか。
「では、改めまして。私の名はイスズと申します。これでも一応、死と憤怒を司る女神です。初めまして、千条夜菜さん」
ヤバい。思ってた以上に碌でもないもの司ってた。
私大丈夫?死なない?あ、もう死んでるんだった。
「安心してください、貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」
.......本当に?
「ええ、本当です」
.......怖いから、一応距離取っとこう。
「そんなに警戒しなくても.......。まあいいでしょう、では本題に入らせて頂きます。千条夜菜さん、貴方はつい先程、残念ながら死亡しました。お世辞にも長い生涯とは言えなかったでしょうが.......お疲れ様でした」
.......そうか、本当に死んじゃったのか、私。
もう、両親にも近所の山田おじさんにも、ペットの猫のヨミにも会えないんだなあ。
「それでですね。誠に申し上げにくいのですが、本来貴方は死ぬ予定じゃなかったのですよ」
まあ、山田のおじさんは最近ちょっと私を見る目がおかしかった気がする今なんて?
「.......実はですね、あの事故は異界の.......私が管理の一部を担っている世界の主神が、地球の神にやらせたことでして。というのも、私が管理している世界はあなたの世界で言うところの『異世界転生』系の定番みたいな世界なんですよ」
ふむ、私もその手の本は結構読み漁ってたからよく分かる。
でも、なんで異界の神がそんなことやらせたの?地球の神拒否らなかったの?
「前者の質問の答えは『勇者の素質』を持つ人が絶望的に足りなかったから。後者の質問の答えは弱みに付け込んだ結果ですね」
勇者の素質.......はまだ分かる。
でも、弱み?神に弱みとかあるの?
「ええ、神のこういうこと言うのは後々厄介なので申し上げられませんが.......天照ちゃんが色々とやらかしたのを手伝った時の貸しを返せと私の同僚みたいな存在が脅したんですよ」
天照大御神なにしたの気になる。
「天照ちゃんは優しい子なのでとても不本意そうでしたが.......まあ、神として約束を違えるのはもっとまずいので、やむなく実行、運命を操作して事故を起こしました。ここで冒頭に戻るのですが、貴方は本来この死の予定から外れていたんですよ」
.......何故?
「先程も申し上げた『勇者の素質』なんですが、これは私の管理してる世界では極めて稀な素質なのです。ですが地球では特段珍しいものでもなく.......10人に1人くらいは持ってるんです」
地球勇者だらけじゃないすかやだー。
てことは、クラスにいる『勇者の素質』持ち2〜3人を狙ってあの事故を起こしたってこと?
「『異世界転生者』は素質持ちでなくても高い才能を発揮することが多いですから、それも狙ったんでしょうね。でも、その.......貴方は.......」
.......ん?
「その、ですね。貴方のこちらの世界での能力を予想測定した結果.......勇者の素質こそないものの、極めて強く、それこそ並大抵の勇者を凌駕する程なのですが.......その属性が、悪属性に偏ってまして。人間に転生出来ないという結果が出まして。だからこそ、人間側の女神ではなく、私が貴方を担当しているのですが」
............What's?
「元々人間なのに悪属性というのは非常に珍しいのですが.......そんな存在をこちらの世界に転生させられるか、と、貴方だけは死の運命から外されたはずなのです。しかし、その運命とは別に、運命操作によって副次的に変わった別の運命で貴方が死んでしまいまして」
.......とばっちりもいいとこじゃん。
あれ、じゃあ私の死因は爆死じゃないってこと?何故か思い出せない。
「はい、自分が死んだ時の記憶なんて持っててもいいものでは無いので、死ぬまでの数分の記憶をこちらで削除させて頂きました。貴方は、その.......色々と悪いことをされたあと、暫くしてから理科室に向かい、その途中で理科室が爆発。それによる爆風で飛んできた瓦礫の脳天直撃による脳挫傷が、貴方の死因です」
格好悪い死に方.......と言いたいところだけど、意外とこの手の死因はあるんだよね。
まあ、私みたいなのの最後なんて、そんなもんか。
「.......その、どうかご自分をそのように卑下しないでください。いじめはされる方も悪いとか貴方の世界では言われているそうですが、そんなのは間違いです。加害者が悪いに決まってるじゃないですか、貴方は立派に生きていましたよ」
.......涙が出そうになることを言わないで欲しい。
死と憤怒を司る女神とか言ってたけど、めっちゃいい人.......いや、いい神だなこの方。
「ふふっ、恐縮です。.......さて、では本題に入りましょう。本来であればあちらの世界で死んだ貴方は、あちらで記憶を消し、輪廻転生の輪に入ることになります。ですが、間接的にとはいえ、改変された運命によって死亡した貴方は、残念ながらあちらには転生できません。そこで、貴方が望むのであれば私が管理の一端を担う世界で転生して頂くことになります」
.......その世界は、やっぱり私をいじめていたやつらも転生した所?
「確かにそうです。加えて、先程もお話した通り、貴方のこちらの世界での属性は悪属性、つまり人間には転生出来ません」
.......悪いことづくめじゃないですか。
そちらに転生するメリットが何一つ見当たらない。
「ですが、転生しないとなると、貴方の適正のある別の世界にランダムで転生して頂くことになり.......そうなると、最悪の場合はプランクトンとかに転生しちゃいますよ」
貴方の世界への転生を希望します。
「.......取り敢えず、話を最後まで聞いてください。悪属性とは言っても、悪いものばかりではないですよ。魔人とか悪魔とか吸血鬼とか、人に近い生物への転生も可能です。更に.......ぶっちゃけ私の世界って、悪属性寄り、つまり魔族の方が人間よりマトモなんですよ」
え、そうなの?
なんか、勇者って言うくらいだから魔王とかいて、「人類侵略してやるぜグハハ」みたいな展開なのかと思ってたんだけど。
「確かに魔王はいますし、人族と魔族は争ってますが、それは人族.......というより人族が信仰している女神のせいです。人間は皆、命と慈悲の女神『ミザリー』を唯一神として信仰していまして。そのミザリーの神託によって、元々平和に暮らしてた魔族を一方的に邪神の眷属呼ばわりして襲いだしたんですよ」
.......ちなみに一応聞くんですけど、その邪神って.......
「私のことですね」
デスヨネー。
「確かに私は司っているものこそ邪神っぽいですけど、ちゃんと懇切丁寧な神託を下して、人間に極力干渉しない、相互不干渉になるように世界を調整したりとか、色々やってたんですよ?にも関わらず、あのお馬鹿女神が『私がこの世界で唯一の神だからイスズを信仰する奴らは容赦なく殺せ』みたいな神託を下し、それを真に受けた狂信者の皆さんがどんどん魔族に対して敵意を持つように.......」
命と『慈悲』の女神なのに、慈悲の欠片もないじゃん。
「あー.......私を見ればわかると思うんですけど、神の性格は司っているものに依存するわけではないんですよ。私も死と憤怒なんて縁起の悪いもの司ってますけど、割と普通な感じでしょう?」
そうですね、普通に黒髪ロングで20歳位の超絶美人です。
「容姿から雰囲気を読み取れというわけではないのですが、ありがとうございます。まあ、つまり何が言いたいかというと、私の同僚.......ミザリーは、慈悲を司ってこそいますが、非常にプライドが高くて傲慢な子でして。自分より悪いものを司ってるくせに自分よりも上手く世界を運営している私が気に入らないらしく、それで、私の可愛い魔族達を滅ぼそうとか考えてるんですよ.......はあ.......」
人間の女神、クソ女じゃないか。
「まあ、ぶっちゃけ私としてもあの子がいない方が世界の運営が上手く行きますし、これを機に人族と魔族を統一しようかな、とか思ってまして。仕方が無いので、『勇者』の対抗戦力として『魔王』を生み出し、私直属の眷属としました。『勇者の素質』持ちは一世代に一人いるかいないかというレベルの超希少なものですし、『魔王の素質』はそれの数倍希少で数倍強い。何より勇者も魔王も2人以上存在することはできないので、勇者が何人も襲いかかってくるなんてことは無い。余程のことがない限り負けないでしょう。で、劣勢になっていくミザリーが最後の手段として用いたのが『異世界転生者』の流用なんですよ」
.......元々高い素質を持っている異世界転生者を、勇者の予備にしたり、補佐をさせようってこと?
「理解が早くて非常に助かります。ミザリーは神としての格『だけ』は高いので、そういう無茶なことも出来ちゃうのが厄介なんですよね。.......っと、話が逸れました」
あれ、なんの話してたんだっけ?
.......ああ、私の転生の話か!
「まあそういう訳で、私が運営している魔族の方が治安はいいんです。数こそ少ないですが、人間の数倍のポテンシャルを持ちながらも平和的な種族が多いですし、生活も、貴方が暮らしていた世界のような文明発達はしていませんが、まあ不自由はしない程度です。あちらの世界には、科学の代わりに魔法もありますからね」
おお、やっぱり魔法、あるんだ。
「ええ、あります。勿論、習得には努力が必要ですけどね。.......それでいかがですか?私の世界に、転生する気はありますか?」
ふむ.......いくつか質問をさせてもらっても?
「ええ、勿論どうぞ」
では.......
Q.その世界には、異世界転生定番の『ステータス』とかはある?
A.あります。ですが、『スキル』などの概念は存在しません。レベル、能力値、職業のみが存在します。魔法は例外ですが。
Q.私は何に転生出来る?
A.貴方であれば、魔族ならどの種族にもなれますよ。
Q.転生先で人間.......私の他の転生者に会う可能性は?
A.無くはないですが、かなり低いと思います。貴方自身が戦場に出たりすれば話は別ですが、そもそも、お互いに顔も変わってるんですから、分からないと思いますよ。
Q.私って転生したら強くなれるの?
A.努力次第です。ですが、ポテンシャルは非常に高いですよ。
Q.最後に.......私は転生した世界で、どうすればいいの?
A.貴方の自由です。先程色々とお話をしてしまいましたが、あれはあくまで私の愚痴のようなものです。貴方が何かを背負う必要はありませんので、貴方の思うままに生きてください。戦うもよし、平和に暮らすもよし、です。
「ふう.......質問は以上ですか?」
はい。
.......決めた。私、貴方の世界に転生します。
「それは良かった!では、転生する種族を決めてください!あ、こちらリストです」
そう言ってイスズ様が手を振ると、ゲームのメニューウィンドゥみたいなのがでてきた。
なになに?
魔人、悪魔、吸血鬼、竜人、小鬼、豚鬼、スライム、etc.......。
ゴブリンとかオークは論外。
スライムは何か分からないけど色々とまずい気がするから却下。
竜人.......は、めっちゃ鱗生えてそうで嫌だ。
となると、さっきイスズ様も言ってた、魔人、悪魔、吸血鬼のどれかかなあ?
オススメってあります?
「うーん.......魔人は人族の亜種みたいな存在で、見た目は大して変わりませんが、人間の数倍の力を持ちますね。悪魔は魔族の中では珍しい、好戦的な種族なので戦闘に出る気があるならいいと思います。吸血鬼は.......この中では、姿形は最も人間に近く、目が真紅なことと八重歯率が100%なこと以外は殆ど人間なので、慣れやすいと思いますよ」
でも、吸血鬼って太陽の光を浴びると死んじゃうのでは?
他にもニンニクとか十字架とか、心臓に杭を打ち付けるとかもダメなんだっけ?
「.......?なんですかそれ。そんなものありませんよ?.......ああ、なるほど、貴方の世界ではそうなっているようですね。ですが私の世界では、吸血鬼は人間の上位互換みたいな存在ですよ。基本的には人間と大差がありませんが、夜になると月の満ち欠けに比例して能力が上昇します。満月でピークに達し、その時の実力は人間の数十倍にまでなります。勿論昼間の活動も平気ですし、ニンニクも食べられます」
.......人間の血がないと生きていけないってことは?
「ないですね。吸血鬼にとって血が最も栄養価が高いものであることはことは確かですし、貴方の世界のごとく、一定率吸血した相手を『吸血鬼モドキ』にすることもやろうと思えば出来ますが、血は動物で事足りますから」
人間を討ち滅ぼせ!みたいな危険思想なんかは.......
「ないです。むしろ、吸血鬼は悪属性に偏ってこそいますが、とても平和的な種族ですよ。また、長命な寿命の為に出生率が少ない希少な種族なのですが、故に仲間同士の結束が固く、とても温厚です」
.......悪くないな。
というか、人間より全然いいじゃん。
よし、私、吸血鬼に転生します。
「ふふっ、貴方なら吸血鬼を選ぶと思っていましたよ。.......では、貴方は吸血鬼族の族長の娘として生まれ変わって貰います。私は極力干渉しないので、どうか頑張ってくださいね」
はい、丁寧にありがとうございました。
「お気になさらず。ミザリーを止められなかった私にも、貴方の死に対する責任がありますから。では、貴方の次の人生が、どうか良きものになることを願っています」
.......はい、頑張ります。
「.......では、良い今世を!」
その直後、私の意識は何かに吸い込まれるように途絶えた。