吸血姫と対勇者会議
「『勇者』が、ついに戦線へ投入された」
その言葉を聞いて、その場にいた全員の顔が一気に険しくなった。
「最後にその姿が確認されたのは、アカネ海岸近くの平原じゃ。ナツメが率いていた人魚族と、ルーズが率いていた竜人族の連合部隊が襲われた。すぐに撤退させたために被害こそ少ないが.......」
「ちょっ.......ナツメとルーズは出なかったの!?」
「ナツメが応戦に出ようとしたそうじゃが、無理だと判断して諦めたそうじゃ。というのも、勇者の近くには、《聖十二使徒》が二人もおったらしい」
「げぇっ.......そりゃナツメ一人じゃ無理か.......ルーズは?あの、魔族とは思えないレベルの戦闘狂なら、突っ込んだんじゃないの?」
「流石に奴も、勇者と聖十二使徒二人を同時に相手するほど馬鹿じゃないじゃろう。ナツメの報告を受けて素直に撤退しおったわ」
「あー.......まあそりゃそうか」
レインさんと魔王様の会話で、随分と面倒なことになってるのは分かった。
幹部級の強さを持つ勇者に、聖十二使徒が二匹もくっついてきているとは。
「.......あの、魔王様。ちなみに、そのくっついてる聖十二使徒は、誰ですか?」
「序列第十位のアスバルと、第九位のスラストじゃ。序列こそ低いが、元々兄弟で、忌々しいほど厄介なコンビネーションを使ってくる」
「うわー、『双壁』と『双斧』か.......面倒くさあ.......」
.......ノインとイーディスではなかったか。
まあ、良かったかも。もしあの二人が視界に入ったら、私は勇者を無視して襲いかかっちゃうだろうし。
「あとは、聖十二使徒でこそないが、高位の.......転移阻害結界を突破出来るほどの転移魔法を使えると報告の挙がっている魔術師。その他、戦士、神官、武闘家、付与術師の五名、総勢八名。これが勇者パーティの全戦力じゃな」
「しかし魔王様。その八人全員を、リーン嬢に相手させるおつもりか?いくら月の加護があるといえど、リーン嬢一人では厳しいのでは?」
「分かっておるわ。妾とて、リーンに特攻させようなどとは考えておらん。フェリアとティアナを付ける予定じゃ」
「あれ、でもそれだと、転移で逃げられるんじゃないの?あいつら、危ない橋は渡らないでしょ?」
「それも分かっておる。.......まずはリーン一人で向かわせ、不意打ちで魔術師を殺してもらおうと思っておる」
あー、成程。
転移を使える手段を先に封じて、その後にティアナさんとフェリアさんで奇襲をかけると。
「出来るな、リーン?」
「はい、お任せ下さい」
「.......でもさー、向こうが高位の転移系マジックアイテム持ってたらどうすんの?逃げられるよ?」
あれっ、そう言われればそうだな。
「なに、簡単な話よ。リーンが魔術師を殺した直後、最も面倒な聖十二使徒の二人を転移させてしまえば良い。転移系のマジックアイテムを持っておるとしたら、間違いなく、勇者を除けばパーティ最強のあの二人じゃろう」
「でも、転移魔法は一度発動すると飛んだ距離に比例したクールタイムが必要でしょ?連中の生体感知範囲外から転移するなら、キツイんじゃない?」
「まず一度目の転移をティアナかフェリアのどちらかが使い、その直後にもう片方が聖十二使徒を巻き込んで転移すれば良いじゃろう。これならばクールタイムは無視出来る」
「.......おお、なるほどね」
つまり、最速で魔術師を殺す事が一番重要なわけだ。
責任重大な任務回ってきたなー.......。
「作戦の決行は次の満月の夜。八日後じゃな。奴らは日没直後に転移し、神都に帰還してしまう。つまり、太陽が沈んだ瞬間、高位転移魔法を準備している時が、最も狙い目の瞬間じゃ」
「これを逃すと、次の決行日は来月になっちゃいますねぇ。リーンちゃんが超スピードで魔術師を殺せるかが鍵です、頑張ってくださいね」
「リーンさん、私もサポート致しますので、どうか気を張りつめないよう」
「三年間培った力の集大成だ。期待しているぞ、リーン嬢」
「.......頑張れ.......」
「大体があんたの肩にかかってるわよー。お願いね」
.......エールは嬉しいんだけどさ。ハードル爆上げするのやめてくれないかな幹部の皆さん。
わざと?わざとなの?
※※※
緊急会議も終わって、取り敢えず訓練に戻ろうとして、
「待て、リーンよ」
魔王様に呼び止められた。
「.......?なんでしょうか」
「うむ、大したことではないのだがな.......」
なんだろう、魔王様にしては珍しく、口ごもっている感じだ。
「その.......大丈夫か?無理をしておらぬか?勇者の件、嫌だったら辞退しても良いのだぞ?」
「.......へ?」
「いや、だから.......顔が割れている幹部では、不意打ちする前に守りに入られる恐れがあるため、事前情報が無いリーンを作戦の主体に置いたわけじゃが.......主はまだ子供で.......それに.......」
.......ああ、分かった。
心配してくれてるんだ、魔王様。
いくら強くなっているとはいえ、まだ8歳の幼女である私を作戦に組み込むことに、多少の抵抗があったんだろう。
やっぱり優しい。
「ご心配なさらないでください、魔王様。私にどこまで出来るかは分かりませんが、きっと作戦を成功させてみせます。それに.......私、強いですから」
「.......そうか。うむ、そうじゃな。変なことを言ってすまんかった。もう行って良いぞ」
「はい、では失礼致します」
さて、あと八日。出来ることはやっておかなきゃ。
まず、ティアナさんに相談して、フェリアさん.......は、戦場だ。じゃあゼッドさんに強いアンデッドを呼び出してもらって.......
「(.......孫とのコミュニケーションとは、難しいものじゃな)」
「.......え?今なにかおっしゃいましたか、魔王様?」
「ああなんでもない、ただの独り言じゃ。気にするな」
「そうですか、では」
もうすぐ、勇者保護作戦が開始か。
三年、早いもんだなあ。
※※※
「.......むうう、どうすれば.......」
「そんなにリーンちゃん.......お孫さんが気になるなら、打ち明けちゃえばいいじゃないですか」
「じゃから、妾は里では死んだことになっとるんじゃ!極力リーンを混乱させたくないし.......大事な作戦の前だし.......でも、リーンを危険な目に合わせるのは控えたい.......」
「じゃあ、作戦から強制的に外せば良いのでは?」
「.......今回に限っては、リーンが作戦の要になった方が一番確率が高いんじゃ......。魔王として、公私混同は.......それに、あんな決意に満ちた目で成功させますって言われて、そんな事が出来るか!?」
「ああもう、面倒ですねぇこの孫バカは!」
「やかましい!魔王とて、繊細な心の一つや二つ持ち合わせとるわ!.......ヴィネル、我が軍の参謀として、何かこう、平和的解決をする案はないのか」
「魔王様が『妾は主の祖母じゃ』って言えば解決だと思いますけど」
「それは無理じゃあ.......それで、里に帰ることが出来なかったことを責められたりしたら.......」
「繊細すぎるでしょう.......。リーンちゃん賢い子ですから、ちゃんとわかってくれますよ.......」
「.......自分のタイミングで言うから、主は言いふらしたりするなよ?」
「はあああ.......分かってますよ.......」