吸血姫と三年後
「《氷連槍》」
「あっぶな.......《重力弾》!」
「おおっ、流石ですね.......!《暴風砲》!」
「うわっとお!?ぐうう、《火炎斬撃》!」
魔族領において、未だ開拓されていない、荒れ果てた大地。
そこに、雨の代わりに魔法を降らす二つの影があった。
影の一つは私、リーン・ブラッドロード。吸血鬼族の生き残りの吸血姫。魔王軍上級一位兵士。
もう一つの影は、私の魔法の師匠、ティアナ・フォレスターさん。エルフ族の女王、ハイエルフ。魔王軍幹部第三位。
私たちが何をしているかと言うと、まあ、見ての通り魔法の特訓だ。
最初の方こそ座学ばっかりだった魔法訓練も、最近は専ら実践訓練になっている。
いい経験になるし、ティアナさんの魔法を見て覚えられるし、いい事づくめだ。
.......たまにティアナさんの隠れドSが出るのはきついけど。
※※※
私が魔王軍に入軍してから、既に三年の月日が経っていた。
日々の訓練、自主トレ、レベル上げ、その他諸々を一日たりとも怠らず、自己強化に励んでいた私は、自慢じゃないけど相当強くなった。
その強くなる過程にも、色々あったよ。うん。
ああ、思い出すなあ。
ティアナさんの地獄魔法合宿で、地獄すぎて魔王様がストップをかけたり。
幹部第六位、ダークエルフのフェリアさんが私に魔法を教えてくれるというので、ティアナさんが使えない回復魔法なんかを学ぶ絶好の機会だとついていったら、何故か先回りしていたティアナさんとフェリアさんが戦闘になったり。
幹部第五位、獣人のアロンさんが私に近接戦を教えてくれるようになったり。
そのアロンさんが、幹部第二位、魔人のグレイさんの機嫌を損ねてボコボコにされたり。
幹部第八位、アンデッドのゼッドさんのアンデッド兵とエンドレス戦闘訓練をしたり。
そこに幹部第四位、竜人のルーズさんが何故か乱入してきて、私ごと兵が全滅したり。
その所業に魔王様が怒って、ルーズさんをボコボコにしたり。
幹部や準幹部、他にも上級の有望な兵士が集まる食事会で、酒の入ったアロンさんが、幹部第九位、人魚のナツメさんに絡んで、彼女と仲がいい幹部第七位の妖精、レインさんが会場ごとアロンさんをボコボコに.......
.......ろくな思い出ないな。
なんなら、碌でもない思い出の大半が幹部の皆さんによるものだな。
そして大体の場面で誰かがボコボコにされとる。
魔族って基本温厚な種族が多いはずなのに、なんかうちの幹部、血の気が多い人ばっかなんだよなあ.......。
まあとにかく、そんなこんなあって、私は三年前と比べて大きく成長した。
来るべき日へ、備えるために。
※※※
「っ、はあ.......はあっ.......!ティ、ティアナさん、ちょっとは手加減してくださいよ.......」
「申し訳ございません、リーンさん。如何せん、リーンさんの成長が早く、手加減すると私の方が危うくなる場面がございまして.......」
それは嬉しいんだけど、もうちょい力落とせないですかね。
さっきなんか、雷の矢が私の頬掠めましたよ?
「しかしお見事です、リーンさん。昼間の状態でもここまで戦えるとは、正直感服致しました」
そう、今は昼だ。
夜の種族、吸血鬼である私が、何故真っ昼間から戦闘などしているのか。
それは、最近気づいたことなんだが、『レベルが上がると睡眠の必要も少なくなる』のだ。
簡単な話。レベルが上がると強くなる。
強くなって、様々な動きが出来るようになれば、脳に対する負担が増える。
その負担に脳は慣れていって、気づくと、ちょっとやそっとの運動程度では脳も体も疲れなくなる。それだけの話。
なので、これに気づいて以来、私は睡眠時間を削ることを決意した。
今の私の睡眠時間は、二〜三時間。これでも、高レベルが多い上級兵士の中では長い方だ。
「まあ、睡眠時間削ることに成功しましたからね。最近はちょっと寝ただけで体が軽くて軽くて。レベルアップの恩恵って凄いですよね」
「私はレベルリミッターに至っているので、久しくレベルアップはしてませんね。ですが、その感覚は分かりますよ」
ティアナさんの現在レベルは141。レベルリミッターが来たのは200年前。レベル135の時だったらしい。
つまり、200年かけて6しか上がっていない。恐ろしいな、レベルリミッター。
「.......ですが、寝れる時にはしっかり寝てくださいね?必要性が薄いかもしれませんが、貴方はまだ8歳なんですから。本来は遊び盛りの年齢なのですが.......」
「仕方ないですよ、ティアナさん。私が決めたことですから。.......人間を滅ぼし尽くす、私がやることはそれだけです」
私の意思は、3年経った今でも、一切変わっていないし、衰えてもいない。
人間に対しての恨み、殺意、他様々な負の感情。ちゃんと健在だ。むしろ、日に日に増していっている感覚すらある。
平和に暮らしていた私達の日常を、自己満足と狂信の為に滅ぼしてくれやがった人間共。
今度は私がお前らを蹂躙して、報いを受けさせてやる。
「普段は可愛らしいお顔をしているのに、人間の話題になると急に悪い顔になりますね、貴方は.......っと。魔王様から通信です」
え?あ、本当だ。
『ティアナ、リーン。聞こえておるか?緊急事態じゃ、こちらに残っている幹部で緊急会議を開く。主らも来い』
『承知致しました、魔王様。.......リーンさんも呼び出されるということは.......』
『その辺りも追って説明する。取り敢えず早く来とくれ』
『承知致しました』
『かしこまりました、魔王様』
この三年で、念話にも大分慣れたな。
それでもいきなり来るとびっくりするので、頭の中で着信音的なものを挟んでもらうよう進言してみたんだけど、あっさり通った時には驚いた。
「では行きましょうか。転移阻害結界の前まで転移致します。どうかお捕まり下さい」
「OKです」
「では行きますよ。《転移》」
一瞬のラグの後、私たちは魔王城の門の前まで来ていた。
門を開けて貰って中へ入り、手近な別の扉を開くと、案の定、空間連結によってその先が会議室になっていた。
中にいたのは、魔王様と、幹部第一位のヴィネルさん、第二位のグレイさん、第七位のレインさん、第八位のゼッドさんだけだった。
他の幹部は戦争に出払っていたはず。つまり、やっぱり私達が最後か。
「来たか。主らで最後じゃ、席に着け」
そう言われ、何となくで決まっている指定席に私達がそれぞれ着くと、魔王様は頷き、話し始めた。
「多忙の中、集まって貰ってすまぬ。用件は.......リーンをここに呼んでいることから、皆が察しておる事じゃろう」
まあ、だろうね。
時期も重なってるし、幹部どころか準幹部ですらない私がここに呼ばれている時点で、推して知るべしという所だろう。
「先程、ナツメから緊急連絡が入った。最前線にて、恐ろしく強い幼子がいたという報告があったそうじゃ」
ああ、やっぱり。
「その幼子は.......ボサボサの銀髪で、歳はリーンと同じくらい。そして.......死人のような顔をして、敵を殺しても、眉一つ動かさぬ人形のようだったと」
間違いない。
「それってやっぱ、そうなのかな?魔王様」
「うむ、間違いないじゃろう」
「『勇者』が、ついに戦線へ投入された」