ユウシャノホウカイ
「では、今日はこれで終わりです、勇者よ。ちゃんと今日も鍛錬ができたことに対し、ミザリー様に祈りを捧げなさい」
神父のその言葉を聞いて、私の今日の訓練は終わった。
看守がやって来て、首筋を掴まれて、牢に投げ入れられる。
そして、あと数時間で、また地獄が始まるのだ。
もう嫌だ。早く楽になりたい。いっそ死にたい。.......けれど、そんな勇気は無い。いや、あったとしても、無理矢理蘇生されるだけだ。
.......私は『勇者』。人類を守る為、己を犠牲にして、魔族を駆逐しろと教育されてきた。
けど私は、魔族になんの恨みもない。それどころか、私をこんな所に陥れた村の人達や、私を痛めつける騎士や聖十二使徒を激しく恨んでいる.......はず。
もはや、自分の心が分からなくなってきて、恨みを抱いているのかすら分からない。
さらに最近、気づいてしまった。
自分の名前が、思い出せないんだ。
私はここに連れてこられて、いきなり暴力を振るわれ、閉じ込められて、その間ずっと『勇者』としか呼ばれてこなかった。
そのせいか、私は自分の名前すら覚えられなくなってしまった。
あはは.......いよいよもうダメなんだな、自分は。
名前は思い出せない。年齢も、昔の自分の性格も。
.............。
.............『私』って、なんなんだ?
名前は分からない。年齢も思い出せない。知っているのは自分が『勇者』なことだけ。
でも、勇者は、人間の守り神様みたいな存在。
じゃあ、なんでその自分は、ここに閉じ込められている?
.......私は、もしかして勇者ですらないのか?
なら、私はなんなんだ。
何だ?何だ?何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダナンダ
―――プチッ
※※※
「オラ勇者、起きやがれ!.......あん?起きてんのか。じゃあさっさと出ろ。.............な、なんだよ。変な目しやがって、気持ち悪い奴だな.......」
「お、来たか勇者。早くこっち来い、今日もみっちり訓練してやるぜ.......ヒヒッ.......ん?おい、こいつなんか様子おかしくねえか?」
「そうか?いつもこんなんじゃ.......でもなんか違うな」
「おーい、生きてるかー?.......おいっ、返事しやがれ!!.......なんだこいつ、気味が悪い.......殴っても声一つ上げねえぞ.......」
「では、今日もミザリー様に祈りを.............?なんだか、昨日までと雰囲気が.......これは一体.......?.............もしや!」
※※※
「.......間違いございませぬ。完全に心が壊れております。成功のようですな」
「おお、ついにか。中々粘ったな、あれも。.......よし、ならば明日からでもレベルの強化を開始しろ。『勇者』は魔族を殺せば多くの経験値が手に入る。捕虜にしていた魔族共を皆殺しにさせろ」
「御意にございます、教皇猊下」
※※※
「こ、このような子供に、処刑をさせるというのか.......?」
「口を開くな、耳が汚れるだろ魔族が。勇者、さっさと殺せ」
「.............」
「くそ、どこまで腐っているんだ人間共ぉ!!」
ザシュッ。
ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。
※※※
―――ここはどこだろう。
気がつくと私は、森の中で大の字になって倒れていた。
体はボロボロで、指すら動かない。
辛うじて動く首を動かすと、周りには私と同じように倒れている人間が何人もいた。
私と違って死んでいるみたいだけど、同じようなものだと思う。どうせ、私もすぐに心が壊れて、『私』という存在は死ぬんだから。
.......あれ?
よく見たら、これは本当に私の体だろうか。
手足も伸びてるし、体つきもしっかりしている気がする。
まあ、どうでもいいか。
きっとこれは、夢なんだ。
あと少しで目覚めて、あの地獄が始まるんだ。
せめて夢の中でくらいは外に出て人間から解放されなさいっていう、神様からのお達しなのかもしれない。
実際、ここはいい所だ。森の中だから空気が美味しくて、いい匂いがして、しかも今日は綺麗な満月だ。
月を見たのなんて、どれくらいぶりだろう。
「.......このまま、目覚めなければいいのに」
「何言ってるの貴方?.......っていうか、喋れたの?」
突如としてかけられた声に驚いて、そちらを振り向くと.......そこには、美しい少女がいた。
長い黒髪に、黒いワンピース。羨ましいほど可愛い顔立ち。
何故か体中傷付いて、服も何箇所も破れていたけど、それでもその美しさは失われていなかった。
.......そして、赤い目と、八重歯。この特徴を兼ね備える種族には覚えがある。
―――吸血鬼族。
月の満ち欠けによってステータスが上がるという特殊な力を持ち、人間と真逆の時間を生きる、夜の種族。
この美少女は、きっとその吸血鬼族、つまり魔族だ。
「あれ、さっきまで死人みたいな目してたのに、今は普通.......って程でもないけど、割と人間に近い目だね。.......もしかして、心治った?いや、そんな早く治るわけないか」
心が治った?なんの話をしているんだろう。
「あー、取り敢えず貴方を誘拐.......もとい、保護しなきゃね。痛たた.......体中痛い.......《中級治癒》。.......ふう、少しはマシになった。ティアナさーん、転移お願いしまーす」
そう彼女が言った瞬間、周りの景色が変わった。
そこは、まるで玉座の間のような所で―――
勇者ちゃん視点の物語は、ここで一旦区切りです!
書きたかったんですよね、この回。やっと書けました、なんかスッキリしてます。