吸血姫と魔法(後編) 森林将の本気
「《氷結槍》」
「うわっとお!?」
「《光の斬撃》」
「きゃあっ!」
「《暗黒砲》」
「ひいいっ!?」
どれくらい経った!?
もうずっと魔法を避け続けてるんだけど!
「ちょっ、ティアナさん!あとどれくらい逃げれば!?」
「あと24分です。さあ、頑張って逃げましょう♪《精霊の大風刃》!」
「うわあああ!?」
怖っ!怖い!
.......いや、魔法も怖いんだけど、それよりもティアナさんが怖い!
だってあの人、さっきからずっと笑顔なんだよ!
心底から楽しんでるのがこっちにも伝わるような純粋な笑顔浮かべて、恐ろしい威力の魔法を連発してくる。
「うふふふふ.......ああ、やっぱりこういう鬼ごっこは楽しいですね。何でしょう、こう、ゾクゾクとするものがあります。これがスリルというものでしょうか?」
違うよね絶対。
私をいじめて楽しんでるんだよねそれ。
何この人、あんな聖人みたいな美人顔しといて本性は天然隠れドS!?
エルフで女王様で巨乳でしかもドSとか、属性詰め込みすぎにも程があるだろ!
あれ、女王様とドSって被ってる?でもティアナさんは本物の女王様だから.......って今はそんなことどうでもいい!
「さあ、次行きますよー?《雷砲》!」
「今度は雷いいっ!?」
いや落ち着け、冷静なれ、私。
まず、ティアナさんの情報を分析してみよう。
まず、今まで使った魔法のタイプ。炎、風、水、岩、爆発、重力、氷、光、闇、そして雷。考えうる限りほぼ全属性。
で、《転移》を使えるから空間魔法も使用可能。
森に身を隠しているはずの私の位置を正確に把握してきていることから、多分探知系の魔法も持ってる。
そしてこの森。色々な植物が咲き乱れすぎている。不自然な程に。
つまり、おそらくこの森は、ティアナさんによって作り出された場所だ。つまり、自然を操るタイプの魔法も使える。
そして、ここまで多種多様な強力な魔法を見せてくれたにも関わらず、一向に魔力切れを起こす気配のない魔力量。
総評。魔法チート。
成程、どうやら冷静になってもならなくても、結論は変わらないらしい。
魔法が撃たれる。頑張って避けよう。以上。
他に対抗策?ティアナさんを倒してみるとか?
どんな攻撃をしても、魔術師が扱える範囲では全属性の魔法で対応してきて、空間すらねじ曲げ、こちらの動向を全て探知する、歩く要塞みたいなハイエルフに?ご冗談を。
というわけで、私に出来ることは、吸血鬼の優れた五感で魔法の動きを予想して、とにかく避け続けるしかない。
「では、もう一段階、ギアを上げていきますよ?《炎連槍》」
そう思ったのもつかの間、ティアナさんの周りに恐ろしい数の炎の槍が生まれた。
ファランクス.......重装歩兵が密集して、一斉に槍を突き出す古代の戦法だったっけ?
成程、ティアナさんはそれを魔法によって1人で行ったというわけか。うむ、これを避けられる気がまったくしない。
想像してみて欲しい。50近い炎の槍が、居場所がわかっている少女に向かって雨あられのように降り注いでくる瞬間を。
.......いかがだろう、そのあまりのいじめっぷりに涙でも出るんじゃないだろうか?
現実逃避をしかける私を他所に、ニコニコした笑顔を崩さないティアナさんから、幾多の炎槍が放たれた―――!
※※※
「.......ふーむ、予想外です。今ので終わりだと思ったのですが.......まさか避け切るとは」
まあ結果として、私は炎の槍の雨を避け切った。
勿論、無傷じゃあない。腕貫かれたし、肩を掠ったし、髪の毛もちょっと燃えた。
.......の、筈で、とんでもなく痛かったし熱かったのに、私の体には今は傷1つない。多分これが、ティアナさんの言っていた術式の効果なのだろう。
「いくら誘導を付与していなかったとはいえ、あれを耐えますか.......予想以上です、リーン様。素直に賞賛致します」
「それは嬉しいんですけど、今サラッと、あの地獄みたいな攻撃に誘導性能付け足せますって言いましたね!」
「もっと言えば、着弾した瞬間に爆発する、あの魔法の上位互換も使えますよ」
ええい、化け物め!
.......いや、これ程の実力があるからこその、魔王軍幹部序列第三位なんだろう。
「さて、どうやら私は、リーン様を甘く見すぎていたようで。.......ここからは、『本気』で行かせて頂きます」
「.......え゛っ」
なんて?
「僭越ながら、お見せさせて頂きます。私が『森林将』の異名で呼ばれる由縁、ご覧下さいませ」
そう言ってティアナさんは両手を上に掲げ。
直後.......『森』が動いた。
「ちょっ、何っ.......!?」
「既にお気づきかと思いますが、この森は私の魔力によって作り出した、私によって支配されている場所です。故に、私はこの森を、手足のように動かせます」
「はいいっ!?」
「この森を戦場に出現させ、迷いの森に変えて人間を中に閉じ込め、木で叩き潰したり毒胞子をばら蒔いたりと、非常に有益な魔法なのですが」
綺麗な顔してやることえげつないな!?流石ドS。
でもいい気味。
「つまり、この森全てが敵となったということ。さあ、リーン様。不躾ながら.......全力で潰させて頂きます♡」
「あのお!趣旨が変わってませんか!?」
その私のツッコミはティアナさんに届かなかったようで。
直後、私が立っていた木の枝が思い切りしなって、パチンコのように私をはじき飛ばした。
「きゃあああっ!?」
「あらあら、可愛い悲鳴ですね♪」
そのままボールのように吹き飛んだ私は、木にぶら下がっていた蔓に体を巻取られ、漸く止まった。
「げふっ!?.......はぁ.......はぁ.......た、助かった.......」
「助かっていませんよ?うふふふふふ.......」
「ひいっ!?」
安心したのもつかの間、私は蔓に巻取られ.......まあつまり、縛られたところに、ティアナさんが転移してきた。
「ふふふ、これで逃げられませんね.......。さあ、どうして欲しいですか.......?」
「ひいいいい!助けてえええ!!」
「助けなんて来ませんよぉ.......?この森の所在は私しか知りませんから.......うふふふ、さあて、ではではそろそろ.......」
「.......そのくらいにしておけ、ティアナ」
「「!?」」
絶体絶命、5歳にして命の危機.......言葉だけ聞けば貞操の危機ですらあった私だが、突如響いた、第三者の言葉に救われた。
声の主は―――
「ま、魔王様っ!?」
「魔王様ああああ!うわああああん!」
そう、私の主、魔王様だった。