吸血姫と魔法(前編)
「ほらほら、どうしたんですかリーン様?.......大丈夫です、吸血鬼は丈夫と聞きました。なら、そう簡単に死にませんから♡」
そう言って、笑顔で私を追ってくる怪物。
逃げて逃げて身を潜める私。
さっきからえげつない魔法をこちらに連射してるのに、一向に魔力切れを起こす気配を見せない。
なんとか.......なんとか逃げなければ.......
「ああ、そこでしたか。見つけました♪」
「ちょっ、何で.......ひっ!?」
どうやったのか、私の居場所を割り出したらしいティアナさんの放った氷の槍が、私の頭上2センチ上を飛び去り、木に突き刺さった。
あっっぶないな!?当たったら私でも死ぬんじゃないのこれ!?
「大丈夫ですよー。魔法に特殊な術式を組み込んで、生物に当たっても死なないようにしてあります。ただ、死ぬほど痛いとは思うのでお気をつけて.......では連射いきますよ、ちゃんと避けてくださいね?」
「ひいいいっ!?」
あの優しいティアナさんが、何故こんなことになったのか。
時は、一時間程前まで遡る―――
※※※
イスズ様とのお茶会.......もとい、話し合いが終わった後、久しぶりにグッスリ寝れた私は、ちょっとした体作りをした後、自分にあてられた部屋から出た。
部屋というのは、魔王軍の下っ端が入れられる、寮みたいな所。魔王軍は実力主義だから、上に行くほどいい待遇が待っている。
魔王軍に加入した以上、魔王様はたとえ同族でも特別待遇はしないらしい。なかなかに厳しい。
.......とはいえ、下っ端の寮が粗悪かと聞かれれば、答えはNOだ。ちゃんとしたベッドだし、部屋もそれなりに広くて、管理人さんもちゃんといるから清潔みたい。
そして、ごはん。食堂があって、そこから1日3食、しっかり出る。
そして、このごはんなんだけど.......
「.......うまっ!?」
とんでもなく美味しかった。
魔族って、やっぱり前世のイメージに引きずられて、結構酷いもの食べてるのかもとか思ってた自分を殴りたくなるレベルだった。
今は夜の八時だから、夜ごはん.......なんだろうけど、私が寝起きなことと、吸血鬼であることを考慮してくれたのか、朝ごはんみたいな献立だった。パンにスープ、サラダに卵焼き。まあ王道の朝ごはん。まあ、吸血鬼にとっては夜ごはんなんだけどね。
ただ、味は想像を遥かに上回っていた。何これ、料理人の腕も良いんだろうけど、まず素材が美味しい。本気で美味しい野菜はドレッシング要らないって話を前世で聞いた事あるけど、まさにそんな感じ。
最近は狩った獣とか野草とかしか食べてなかったせいで、ちょっと涙ぐみながらも完食した私は、食堂のお姉さんにお礼を言って食堂を出た。
1番下っ端が集まってるはずのこの寮がこんなにレベル高いとは.......魔王軍ってどうなってんの?
とりあえず部屋に戻って、久しぶりの美味しい食事の余韻に浸っていた時。コンコンと、部屋の扉がノックされる音がした。
「はい、誰ですか?」
「こんばんは.......?おはようございます?まあそれはともかく.......リーン様、ティアナです」
「あ、ティアナさん。こんばんはで良いですよ。あ、どうぞ中へ」
「では、失礼致します」
部屋の前にいた宣告通りの人物.......魔王軍幹部のティアナさんを、部屋に招き入れた。
「よく寝れたようでなによりです、リーン様。部屋の居心地はいかがですか?」
「びっくりするほど快適です。ここ本当に、魔王軍の一般兵の人が使うところなんですか?」
「はい。何しろ、魔族は総数が人間に比べて圧倒的に劣るにも関わらず、世界の半分以上を領土としているので.......土地をはじめとしたもろもろが有り余っているのですよ」
「ああ、なるほど.......あと、食事もすごく美味しかったです。ちょっと涙出ちゃいましたよ」
「それはまあ、当然の結果です。菜食主義で野菜に精通するエルフ、逆に肉や魚などにうるさい獣人、酒作りは他の追随を許さないドワーフ.......他にもいろいろ。このように多数の種族が入り混じるようになった結果、各種族の優秀な食知識が混ざり合い、結果として食卓が潤ったわけです。先程も申しました通り、土地が余っているので、畑作り放題、酪農し放題ですからね」
ああ、そうか!納得!
「ではそろそろ、本題に入らせて頂いても?」
「あ、すいません!どうぞどうぞ」
「では。.......リーン様がお休みになられている間、臨時の幹部会が開かれました。その結果、私は暫く前線から退くことになりまして」
え?幹部第三位を前線から退避させちゃっていいの?
「そしてその間、僭越ながらリーン様に魔法を教えさせて頂くこととなりました。よろしくお願い致します」
.......え?
「ちょっ.......ティアナさんが私に教えてくれるとは聞いていましたけど.......前線から引くって、まさか私の為に!?」
「はい。リーン様の才覚や、私が前線から離れることに関するデメリット、その他諸々を魔王様や幹部達が考慮し、出した結論です。リーン様のこと戦闘に関する才は、間違いなく魔王軍トップクラス。ならば、幹部1人くらいを付けて、未来の幹部候補を育てるのもいいという考えです」
マジか。私はだいぶ期待されていたらしい。
これはしっかりしなければ。ちゃんと期待に応えられるよう、日々精進を.......
「では、早速行きましょうか」
「え、行くってどこ「《転移》」.......え?」
抵抗する間もなく連れてこられたのは.......なんだここ。
大森林とジャングルを足して2で割ったような.......そんな意味の分からない雰囲気の.......
「魔法を覚える時に重要なことは、術式編纂とイメージ力。そして危機感です」
「あ、はい.......え?危機感?」
「術式編纂は後々教えるとして.......イメージ力もまあ、これはリーン様次第ですね。後は危機感。これはつまり、『魔法とは危険なもの』だということに対する気持ちです」
「な、なるほど?」
「魔法が危険だという気持ちがあるからこそ、より安全に、より正確に、魔法が編纂することが可能となります。これが足りないと、無理矢理な術式編纂やイメージによって術式がメチャクチャになり、最悪の場合暴発します」
.......危機感の足りないバカの起こしたガス爆発で死んだ事がある私としては、他人事とは思えない話だ。
いや、あれは神の力が介入していたらしいけども。
「強力な魔法というのは、即ち『安全に、効率的に、強力に』発動出来る魔法です。過去の誰かの失敗を踏まえ、同じ轍を踏まないように、慎重に、危なっかしさを極力排除して、細心の注意を払い、そこで漸く一流の魔法使いと言えます」
.......思っていたより繊細さが必要なんだなあ、魔法。
そんなに危険なものなんだ。
「さて、そこで、リーン様をここにお連れしたことに繋がります」
「.......え?あ、はい」
「先程の話を纏めますと.......『魔法の危険さを知らなければ魔法は使えない』ということです。まあ使えないわけではなく、使ったら凄く危険、という話なのですが」
「ふむふむ」
「つまり、リーン様には魔法の恐ろしさを知ってもらう必要があります。そこで、私から逃げて頂きます」
「ふむふ..............今なんて?」
「私がリーン様を魔法で襲いますので、上手く避けて逃げてください。時間は.......30分位で良いでしょうか?」
「ちょっ.......あの.......」
「魔法に対しての恐怖心を持ち、それを克服した時こそ、魔法使いとしての第1歩を踏み出したと言えます。そして魔法が怖いという気持ちを植え付けるには、これが一番早いのですよ。では始めましょうか。《火球》」
「え、ちょっと待っ.......うぉあっぶなあ!?」
「おお、よく避けましたね。では少しギアを上げますよ。《暴風回刃》」
「ひいいっ!?ちょっと待ってえええ!?」
※※※
「なあ、魔王様。決まった後に言うのもなんだが、本当にティアナで良かったのか?」
「む?奴の実力はお主も認めるところじゃろうに、なんじゃいきなり」
「いや、確かにあいつの魔法は本物だけどよ.......けどそれ以上に.......」
「.......あー、そうか。ティアナには『あれ』があったのう.......」
「真性の隠れドS気質.......あの新入り、死んでねえよな?」
「流石にそれは無いじゃろう.......まあ、死ぬより恐ろしい目にあっている可能性はあるが.......」
「ああいうタイプ、多分ティアナのドストライクだぞ?修行という名を騙ったえげつない真似されてんじゃねえの?」
「...................リーン、死んでおらんよな?」
「それさっき俺が聞いたじゃねーか」
そして冒頭に戻る。