【後日談】二代目魔王
お久しぶりでございます。久しぶりの後日談です。
「そろそろ魔王をやめようかと思うんだ」
旧魔王軍幹部、四魔神将、最古参幹部が数年ぶりに全員集められた会議でフィリス様が言ったのは、この場の全員を驚愕させるには十分なものだった。
「魔王をやめるっていうのは、要するにこの国の王をやめると?」
「そういうことだ。職業としてはとっくの昔に消失しているが、それからもずっと魔王と呼ばれながら国主をやっていたからな」
フィリス様は儚げにフッと笑い。
「そろそろ、私も歳を取りすぎた。古い慣習に捕らわれ、判断を間違える日もあるかもしれない。そろそろこの国は若い者たちが取り仕切るべきだ」
「本心は?」
「もう疲れた、もうヤダ、そろそろ使いどころのなかった金を使ってリンカと退廃的で優雅な余生を過ごしたい」
全員が冷めた目をしてフィリス様を見つめた。
「なんだその目は!いいだろう!?私頑張ったもん!魔王になって、一からここまで軍を大きくして、寝る間も惜しんで働いて、ついに人間滅ぼしたんだぞ!見ろ、子供たちの教科書の写真、私が一番大きいんだぞ!もういいだろ、一生分働いただろ!」
「まあ、そう言われるとそうですが」
というか教科書なんてあったのか。
あっ、私とヨミの写真が並んでる。編集した人分かってるな。
「まあ、あなたの今までの功績を考えれば引退したって良いとワタクシは思うけど」
「そうだろうフルーレティア!」
「でも問題が一つあるわよ」
予想外にフィリス様に賛成したフルーレティア様は、円卓上に並んでるわたしたちをぐるりと見渡して。
「この中から、誰を次の王にするの?」
誰もが頭に浮かべた疑問を呟いた。
フィリス様が私たちを見渡して、ある者はさっと目を逸らし、ある者は我関せずとリラックスしている。
最初にボソリと呟いたのはレインさんだった。
「まあ、順当に考えれば―――魔王軍最古参のフランか、幹部第一位のヴィネル、四魔神将第一席のヨミの誰かじゃないの?」
挙げられた三人の候補者。
まずはフルーレティア様がフラン様を指さした。
「レインさん、あなたこのバカの擬人化みたいなうつけ者に王なんか務まると思います?」
「無理だと思う」
「なっはっは、あたしはそもそもそんなもんやる気ないから」
「でしょうね」
次にヨミが手を挙げて、
「ボクは遠慮します。皆さんに命令をする立場というのは、ちょっと無理そうなので」
そして最後に。
「じゃあ―――」
「あら、候補者が全員いなくなってしまったわね」
「ふむ、困ったな」
「あれ?私のこと忘れてません?」
「ヴィネルに国を任せるくらいならサクラ君に任せた方がマシだわ」
「どうせ結婚可能年齢の大幅引き下げとか、三親等以下での結婚合法化とか、一妻多夫制度の採用とか、性と私欲にまみれた法案しか通さないと思う」
「酷い!?これでも一応『知恵神』なのに!魔王軍発足初期から知恵を絞ってきた功労者なのに!」
「じゃあヴィネルさん、結婚可能年齢の引き下げはやらないんですね?」
「やりますがなにか!?具体的には男の子も女の子も九歳から結婚可能にしましょう!」
「却下」
「そんなあ!」
ダメだこりゃ。
変態じゃなければ素晴らしい適任者なのに。
その後も議論は白熱し、あーでもないこーでもないと話が続いた。
こんだけ話が長引くのは理由がある。
ぶっちゃけ、誰も国主なんて面倒くさいことをやりたくないのだ。
「リーン、あなたやれば?フィリス様のお孫さんなんだし、血統的にも申し分ないでしょう」
「それを言うならあんたがやりなよセナ。人間だった頃は少なからず政治に携わってたはずでしょ?」
あれ?自分で言っといてなんだけど、割といい案なんじゃないだろうか。
前にセナと前世トークをしていた時に、セナは元日本人で、しかも大学の政治経済学部の所属していたって話を聞いたことがある。
ずぶの素人がやるよりかはマシだし、異世界の知識を使えばそれなりの統治が出来るんじゃないだろうか。
「あら、私が?それなら職権乱用してヨミを寝取ろうかしら」
「えっ」
「よーし会議は終わりだ、フィリス様、この場でこの女を塵にする許可を!」
「却下に決まってるだろうが」
この女、ちょっと昔ヨミと交流があったからってつけあがりおって!
今は私のなのに!
長年に渡る因縁をこの場で決着つけてやりたい!
「冗談よ。ヨミはどちらかといえば娘みたいなものだもの、手なんか出さないわ」
「セナさん、今はボクより年下だよね?」
「それ以前にあんた前世の享年八十二歳じゃん。人間だと娘ってより孫とかひ孫でしょうが」
「フィリス様、この吸血鬼を灰にする許可を」
「却下だ、お前まで何を馬鹿なことを言ってる」
お?お?やるのか?
解体されたとはいえ、四魔神将でのあんたの序列は第四席、対して私は第二席!
格の違いってやつを見せてやろうじゃないの!
「却下だと言っただろうが!なにをファイティングポーズを決め込んでるんだボケ共、いいからさっさと座れ!」
ちっ、命拾いしたな。
「なんだお前ら、何故そうも渋るんだ?一国の頂点だぞ?今じゃ魔王は職業として存在こそしていないものの、世界の王みたいなもんだぞ。やりたくないのか?」
「自分の種族の統治だけで手いっぱいなもので………」
「めんどくさい」
「世界とか別に興味ないしねえ」
「可愛い嫁とある程度の給金があればそれ以上を望む気はないです」
「今年の座右の銘が『現状維持』なので」
「お前たちもうちょっと欲を出さないか?」
そんなことを言われても。
「もうこうなったらくじ引きとかで決めるか」
「国家元首をくじ引きで決めるとか聞いたことないです」
「じゃあどうしろと―――」
「あ、フィリスちゃーん」
微妙な空気が漂う会議室に明るい声が染み渡る。
「………リンカ、今会議中なんだが」
「え?ああ、フィリスちゃんが魔王辞めるって話?」
「そうだよ。どうしたんだ、今日はちゃんと十時までには帰るって言っただろ」
「今日はフィリスちゃんの好きなハンバーグだって伝えに来ただけー」
「え、やったー!………はっ!?」
会場の空気が一気に『新しいおもちゃ見ーつけた』に変わった。
今度いじって遊ぼう。
「リ、リンカ。分かった、ちゃんと約束通りの時間には帰るから、今日は戻れ。な?」
「分かったー。約束だよ?」
はい差し入れ、とお菓子だけ置いて、リンカさんは背を向けて会議室を―――。
「ねえ、フィリスちゃん」
「ん?」
「聞きたいんだけどさ、なんでフィリスちゃんは魔王をやめたいの?」
「そりゃまあ、もう面倒というか、その………」
「リンカさんと少しでも長く過ごしたいらしいですよ」
「おいリーン!?」
「え?照れちゃうなあ………でも」
「………?どうした」
「私は魔王として頑張ってるフィリスちゃんの顔、好きだけどなあ」
魔王はフィリス様が引き続きやることになりました。