【後日談】大は小を兼ねるって貧乳に喧嘩売るようなことわざだよね
お久しぶりです。久しぶりに書きたくなって書いてみました。
「はあ………」
城でフィリス様、ヴィネルさんと軽い話し合いをしていると、珍しく元気のなさそうなフラン様が廊下をとぼとぼと歩いていた。
「なんだフラン、ため息なんかつくな。不幸が移る」
「ねえ、あたしに対してもうちょっと優しさ持ってくれない?」
「お前は優しくするとつけあがるから嫌だ」
相変わらずフラン様には辛辣なフィリス様だった。
この二人本当に親友か?
「で、どうしたんですかフラン?」
「聞いてよヴィネル。魔法実験で久しぶりに失敗しちゃってさあ」
「ほうほう、どんな失敗だ?」
「あたしが失敗したって聞いた瞬間食いついてくんのやめてくんない?」
一転して興味津々になったフィリス様をフラン様は跳ねのけ、一本の小瓶を取り出した。
「なんですかそれ?」
「失敗した薬品。あーあ、ショックだわ。望まない結果が出たことなんてここ六十年くらいなかったのになー」
「フラン様、最初はどんな薬を作ろうと思ってたんですか?」
なんだかんだ、フラン様は世界最高の魔術師だ。
世界の魔法文明の数十年先を行くと言われるほどの頭脳を持つ天才。
魔法以外の部分はアホもいいところなのだが。
「いや、『人を巨大化させる薬』を作ろうと思ってさ」
「なんで作ろうとしたんですかそんなもん」
「え?いやだってほら、巨大化ってロマンじゃん?」
「男の子みたいなことを………」
「巨人族の血とかをいろいろ魔法解析してみたんだけど、どうしてもうまくいかなくてさー。ダメもとでこれ作ってみたんだけど、やっぱり部分的にしか大きくならないんだよね。それも筋肉とか全体がじゃなくて、脂肪だけが膨らんじゃうの」
「何の意味もない薬ではないか」
「女性の敵みたいな薬ですね」
多少の需要は無いかと思ったが、さすがに使えないだろう。
と、思っていたのだが、何故かヴィネルさんだけが目の色を変えた。
「フラン、確認なのですが」
いくら魔族随一の天才でも、これを活用する方法はないだろう。
いや、自然の肥料とかにしたらワンチャン―――。
「この薬、脂肪がつくって言ってましたよね?どこにつくんです?」
「胸」
「つまりこれはラベリングするなら………」
「ただ単に『おっぱいが大きくなる薬』ってとこ―――」
前代未聞稀代空前絶後の良薬を、フィリス様が神速でフラン様の手から奪い取った。
しかしそれを予見していたヴィネルさんがフィリス様の手から薬をかっさらい、勢いよく床にたたきつけようとする。
「させるかあ!」
そこに私がスライディングして薬をキャッチし、一気に後方に下がって小瓶のふたを開けた。
「させるかは、こっちのセリフだ!」
「ぐぎぎぎぎぎ!!」
「ええい、お二人ともその悪魔の薬を手放しなさい!」
「「うるさいこのロリコン!!」」
しかし瞬時に私に追いついたフィリス様が小瓶を掴み、わたしはそれを阻止しようと力を籠める!
無論、小瓶は割れないように!
「………君ら何してんの?」
「フラン、私は今、初めてお前に心から感謝したぞ!こんな素晴らしい薬を生み出してくれるとはさすがは私の部下だ!」
「うん、褒められてるところなんだけどさ、あんた数百年もあたしと一緒にいて今の今まで本気で感謝したことなかったの?」
「フラン様、失敗作なんですからこれは頂いてもいいんですよね、いいんですねわかりましたフィリス様さっさとその手を離してください!」
「あたし何も言ってないんだけど」
『おっぱいを大きくする薬』。
長年追い求め、存在しないことに慟哭し、嫁の豊かな胸で気を紛らわせてきた。
その夢が今、私の目の前に!!
「ええい離せリーン!お前がでかくなったって需要なんかないぞ、きっとヨミはお前のその貧乳を好きな気がする!」
「フィリス様こそ数百年もその地平線のような胸だったんですから慣れているでしょう!?孫に譲る気はないんですか、ロリ巨乳なんて現実に存在していいと思ってるんですか!」
「お前だって半世紀以上生きているだろう、五十歩百歩と言う言葉を知らないのか!」
「フラン、魔法でさっさとあの悪しき薬を破壊しへぶっ!?」
「黙ってろこのロリコンが!」
「自分は豊乳のくせに!」
フィリス様と私の蹴りが、この最高の薬を破壊しようとする悪魔(文字通り)ヴィネルさんの鳩尾を突き、ヴィネルさんは壁に激突して気絶した。
「ぐぎぎ………そうだフィリス様、この薬が作れたということは、フラン様はこれを量産できるのでは?」
「なるほど。そうだな、あまりの魅力に我を忘れてしまった。よしフラン、これもう一本作ってくれ、それで解決だ」
「え、できないよ。失敗作だって言ったじゃん、効果ランダムなんだからたまたまそういう薬が出来るのを待つしかないわけで、それが果たしてどれくらい先になるか」
「それを寄越せリーン!!」
「嫌です!!」
城の窓をぶち割って外に飛び出し、市街地に逃げ込んだ。
「え?あれ、リーン様じゃ?」
「何してんだ?何かから逃げているようだったが」
「待てえええ!それを寄越せえええ!!」
「おわあっ!?フィリス様!?」
「本当に何してんだあの方たち!?」
全速力で逃げるが、わたしとフィリス様のステータスではどちらが勝つか比べるべくもない。
「ハアッ………ハアッ………追いついたぞ、リーン!」
「ゼェ………ゼェ………わ、渡しませんよ」
裏路地に追い込まれ、フィリス様がじりじりと近寄ってくる。
一体どうすれば………!
「ねえ、何してるの?」
考えを巡らせていると、フィリス様の後ろから声がした。
いや、その声は!
「ヨミ!ちょうどいいところに!」
「ぐっ、こんな時に………!」
「え、な、なに?」
「ちょっと私がこの薬飲む間、フィリス様を抑えて!」
「ええ!?」
なんて都合がいい、こんな時に旧魔王軍最強がここに来てくれるとは。
今のヨミは、『魔王』の職権を失ったフィリス様なら手こずるほどの強さだ。これで時間が稼げる。
「あれ?フィリスちゃんだ!おーい!」
「リンカ!ナイスタイミングだ!」
あちらも、自分の嫁が丁度近くにいたようだ。
しかし問題は一切ない。
「なになに、なにしてるの?」
「リンカ、私があの薬をリーンから奪うまで、ヨミの相手をしていてくれ!」
「え?無理無理、私弱いもん」
「じゃあ頼んだぞ!」
「話聞いてる!?」
そう、リンカさんは弱い。
大富豪のスペードの3のような存在だ。
最弱カードだが、最強のジョーカーだけは(ハートを)仕留められる。
だが、準最強の『2』であるヨミには絶対勝てない!
「ふっ、フィリス様、あなたも堕ちましたね。薬を欲するあまりに嫁を無謀な戦いに参加させるとは」
「大丈夫さ、一秒あればお前からその薬を奪えるからな!」
「やれるもんならっ」
「ねえ、ところで何で二人はそんなにバチバチしてるの?」
「この薬を巡ってだ」
「それ、フランちゃんの魔法薬?どんな効果があるの?」
「「『巨乳になる薬』………」」
瞬間。
平均ステータス十万を超える私すら反応できない、有り得ない速度で。
リンカさんが、幸せの薬の小瓶を私の手から叩き落した。
「「ああああああああああ!?」」
小瓶は見るも無残に砕け散り、薬は排水溝の中を流れていく。
「おまっ………お前、リンカっ、何をするんだあ!!」
「え?だってフィリスちゃんが巨乳になったらさあ」
「わぷっ!?」
「こうやって私のおっぱいに包めないじゃん。こうしてるときのフィリスちゃんの、幸せだけど悔しい、そんな複雑な感情に苛まれる時の顔がだぁいすきなんだもん。いらないよそんな薬」
「あ、ああ………じゃあ私に譲ってくれればよかったのに………」
「リーン」
フィリス様がリンカさんの胸に飲み込まれていき、私が打ちひしがれていると、ヨミが手を差し伸べてくれた。
ああ、やっぱりこの子は天使―――。
「諦めな。リンカさんがやらなくても、一秒後にボクがやってたから」
「なんで!?」
「だってさ、リーンが巨乳になったら」
ふっ、とヨミは笑い。
「ボクの胸を見て悔しがるリーンがもう見られないじゃん」
「クソおおおお!!巨乳に貧乳の気持ちが分かってたまるかあああ!!」
後日、フラン様の元に必死に『豊胸薬』を再び作るように頼み込んだのだが。
「え、巨大化薬はもう作っちゃったし、興味失せたから嫌だ」
わたしとフィリス様はその場で崩れ落ち、三日ほど仕事を休んだ。
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